第10話:森を知る必要アリ
【遭難六十日目――朝】
「――うん、動く――動くよ……! なら、歩くには問題ないよね」
「ギチギチ、ギチギチ?」
「逃げないよ」
本当に、歩けるんだ。
まだ身体は軋むけど。
痛みも大分和らいで。
多分、フィアのくれる蜜のおかげで、疲労の回復も早いんだ。
欲を言えば、杖が欲しくて。
時々膝が笑うけど。
それでも、日常を送るには問題ないくらい――走ったりさえしなければ大丈夫だ。
「やったよ、カミラ!」
「ギチギチ」
「じゃあ、ご褒美に甘えさせてくれても――っぷぇ」
ペイっ―――っと転がさせる。
これは、拒否の合図だ。
本当に、僕の扱いが上手くて。
ここぞという時だけ、優しく乗っかってくれたり、前脚で撫でてくれるんだよね。
これが、アリとミツ。
アメとムチじゃないよ。
僕、鞭は嫌だから。
でも、ミツっていうのも、今の時世は凄く危ないって言うよね。
多分、密着は危ないから。
僕を近づけない事でソーシャルディスタンスを保とうとしているんだよ。
「ははん? さては、ツンデ―――あばばばばばっ」
旦那様をコロコロするなんて。
これが倦怠期なのかな。
蜜月どころか、甘い蜜すら彼女から貰った覚え殆どないけど。
「……良いモン。僕は、フィアがモチモチさせてくれるから」
「―――キュウ……?」
しょうがないから、そこらを転がっていたまん丸を拾い上げ。
困惑に鳴くそれを撫でまわす。
モチモチ、プニプニと。
柔らかな産毛さんたち。
最高の触り心地。
しかも、心が広くて。
ずっと撫でてても、不意に投げても怒ったりしないから、とってもいい子なんだ。
……良心が痛むから偶にしか投げないけど。
「でも、僕が動けるようになったからには、今迄のままじゃ置かないよ」
「「ギチギチ」」
そう、前々から予定していたんだ。
周辺の様子を確認したいって。
その為にカミラと交渉もして。
僕一人はダメだけど。
アインかヴァイ、どちらかを監視役として連れて行くならオーケーって言われたんだよね。
「じゃあ、ヴァイ。早速探検隊、出動だ!」
「ギチ」
「ギチギチ……?」
「アインは、ほら。融通利かな――あ、シュコンは止めて? ……えーと、ほら。いざという時に、カミラの護衛は強い方が良いでしょ?」
鋭い針を出し入れする第一子。
反抗期の子共へと、僕は必死に言葉を尽くして。
ようやく、出発だ!
あわよくば、ヴァイを説得して自由の身だ!!
……………。
……………。
「―――――あ――無理。死んじゃうぅぅ」
「……………」
「そんな目で見ないでよぉ」
何で、準備も無くヴァイに付いてきちゃったんだろ。
完全に自分を過信してたよ。
マイホームからほんの数十メートル。
恐らく、あと少しで百メートル。
その程度の距離なのに。
僕的には、シャトルランだとか、マラソン大会を続けて行ったみたいな感覚だ。
「見るからに大森林だし……全然人の痕跡もないし……どうするのコレ」
「ギチッ――ギチッ……?」
「いや、いいよ」
「ギチッ――ギチッ」
「いいって。そんなにカチカチされても、引き摺られる方が嫌だもん」
背中が痛くなるし。
頭とかぶつけるし。
それに―――此処だって。
ほんの少し離れた所だって、充分に大きな価値があるんだよ。
「木材とかあれば、色々出来るかもしれないし。後は、水分絞った後の蔓が紐として使えるよね」
今も、水を搾った蔓は乾かして保存しているけど。
まだまだ備蓄が欲しいんだ。
ナイフとか、釘とか。
贅沢だけど欲しいな。
いや……決して贅沢じゃないよ。
だって、存在しているという事は、作れるという事なんだから。
「ないなら、作ればいい。それが人間だし、千里の道も何とやら……だしね」
「――キュウ、キュウ」
「……フィアは千里も歩けないよ?」
何故か付いて来ようとしたみたいなんだけど。
余りに遅すぎるし、帰りこそは、ヴァイのお世話になって貰おうね?
「で、僕たち以外気配とかないけど?」
「ギチギチ」
「この辺は、カミラの縄張りって他の生物も理解してるのかな」
多分、そうなんだろうね。
日光浴とかしてて、今までに来たのってヴァイだけだったし。
よっぽど切羽詰まってなきゃ。
怖い生物の縄張りには行かないんだ。
「じゃあ、取り敢えずは適当な木を」
ついに、僕も。
獲物を狙う側になったんだ。
よく目を凝らして。
枝へ手を伸ばして。
コレとか細いし。
枝くらいなら、僕にだって―――かっっったっ!!!?
◇
………出だしから色々あったけど。
何とか、成果を挙げて。
巣へと戻っては来たね。
ヴァイは僕達のおもりで時間がつぶれたから。
エサを探しにまた出てっちゃったけど。
「100メートルの往復で何分も掛かるし! 枝が鉄みたいに硬いし! 蔓長すぎるし! 石重いし!」
「「……………?」」
「本当に異世界だよ此処!」
枝以外は僕が原因だけどさ。
体力と筋力が不足なだけだけどさ。
ほんっっと、あの枝硬いんだよ。
なんて樹木?
日本にあんな硬いのないよ多分。
で、それを時間かけて頑張りさえすれば切れるヴァイの顎がヤバいんだよ。
「ノコギリみたいに切った時、戦慄したよね?」
「―――キュウ……」
対面の子に話しかけるけど。
フィアも、お疲れみたいだ。
歩いてただけで。
殆ど何もしてないけど。
それでも、すっごく体力を使ったんだろうね。
もう、次からは僕の頭の上にでも乗っけとこう。
この子、歩く速度がすご―――く遅いんだ。
本当に、フィアって。
どうやって生きてきたの?
「絶対、一人だと他の生物に食べられてる筈だよね? どうやって今日まで生きてきたの?」
「キュウ……」
エサという言葉の例として、辞書に載れるよ。
「アインもそう思うよね?」
「ギチ――ギシ――ギチ」
「………え……?」
今、何か変な音しなかった?
「ギチギチ、ギチ」
「アイン……?」
「ギチギチ」
「……うん、働き過ぎは良くないからね。無理はしちゃダメだよ?」
気になる事は気になるけど。
本人……本人?
アインが特に問題ないという風に前脚振っているし、大丈夫なのかな。
―――うん、良いか。
集まったのは、色々。
ヴァイが小分けにしてくれた枝が沢山。
引っ張ってきた沢山の植物蔓。
あと、硬質な石が幾つか。
蔓は紐に仕えるし。
木材は、皮を剥いで、それぞれが無駄なく使える。
石は、打製石器ってやつだね。
石の質的にも鋭く割れそうだ。
「ギチギチ……?」
「うん。取り敢えず、何か作れないか色々と考えてみようか」