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プロローグ:今晩は目玉焼き




 白亜というべき巨大な建造物の一階。


 広いエントランスは非常に流麗で。


 観葉植物が配された空間には。

 幾つものカウンターがあり。

 待機する顔立ちの良い女性職員達から依頼の話を聞く者、口説く者など。


 彼等は長い列をなしているが。


 それぞれの並ぶ理由は様々だ。


 だが、最も長蛇な列の先端。

 現在受付嬢と話をしている男は、この施設に雇われる存在でも、それを志す青年ですらなかった。



「――はい、はい。ミュルメクス種の鋼殻が10ダルス。シュピンネ種の乾燥脚が3ダルス。天恵蟲(ピュア・ボンビクス)の精製蜜が10ミル……と」

「大分良い値段ですよね?」

「……ははッ。最後がおかしいですねぇ」



 ミュルメクス種とは巨大な蟻に似た種だが。

 その外骨格は、非常に堅牢で。

 非金属製品の最高峰が一つだ。

 

 しかも、傷が全く存在せず。

 何に怯える事もなく安心して脱皮したことが伺えるそれは、最高も最高の品。

 そんな物が計120個も荷馬車へ積まれていた恐怖。



 シュピンネ種はクモ型の巨大な魔物。

 森の賢者と称される存在だが。

 

 乾燥させた脚部は珍味とされ。

 上流階級でも、知るモノぞ知る乾きもの(つまみ)

 素晴らしく丁寧に処理されたこちらも前者と同様に、間違いのない高値が付くだろう。



 ―――そして、問題となるのは。


 

 天恵蟲…ピュア・ボンビクス。

 希少も希少な魔物で。

 最弱級の生命である。

 だが、その魔物が分泌する蜜は天上の甘露と言われ、旧世界の遺跡から極低確率で出土する最高位回復薬――俗に言うエリクサーの主原料だったともされる。



「最後のは、マジでどうやって手に入れてんです?」

「生育ですが、何か?」

「……もうヤダこの人」


 

 多少の誤魔化しもせずに。


 正直に話す男に呆れ果て。


 頭を抱える受付嬢。

 だが、彼女の苦悩ももっともだろう。


 天恵蟲は、人間種や小人種。

 果ては自然と生きる半妖精。

 その全てが生育に失敗してきた繊細な存在であり、唯一可能なのが自然のモノを狩る事。


 だが、希少も希少だ。

 当然に見つける事も出来ず、探そうと思う者すらいない。



 幻といわれる魔物…その生育。



 故に賞賛を送るべきなのだが。

 声高々に賛辞を述べるは不可。

 それが知れ渡った次の瞬間には、彼が生育しているであろう天恵蟲は多くの国や組織の影に狙われ、この目の前の男は命を落とすだろう。


 そうなれば、二度と。


 たった10ミル(ml)の蜜で得られる益は。

 

 これからギルドへ入る莫大な利益は。

 二度と、手の届かない場所へ羽ばたいていってしまうから。



 決して口外はできない。


 故に、こんな公の場でさえ彼女は“消音”の魔術を部分行使する手間をかけているのだ。



「それはそうと。マークさん、今日は随分とご機嫌ですね」

「そう見える?」

「えぇ、とても」



 気分転換…というべきか。


 受付嬢は話しを変えるが。


 実際、気にはなっていた。

 この男が、何時もより機嫌が良いというのは確かなのだろう。後ろの()()()たちから「話が長い」という視線を受けてさえ、飄々としているのだから。



 ―――そう、この場所こそ。



 大陸冒険者ギルド…通称【ユスティア】

 その総本部に当たる施設。

 だが、良く利用する男ですら、名を通称で呼んでいる者を見たことはない。


 大抵は大陸ギルドだとか。


 単にギルドと呼称される。


 F級とE級の下位冒険者。

 D級とC級の中位冒険者。

 B級とA級の上位冒険者。

 そして、大陸広しといえども数える程しか存在しない最上位冒険者。


 その組織には多くの冒険者が所属するが。

 男は冒険者でもなんでもなく、彼女ら公の職員には単なる商人の一人として認識されている。


 男は、上機嫌に手提げ袋を開け。


 中に収められた小箱を取り出す。



「ふふ…これを何と見ますか?」

「――そ…それは!」

「そーれーはー?」 

「ギメール産の最高級チョコレートじゃないですかぁ!!」



 流石は、大陸ギルドの正職員で。


 鑑識眼は確かなモノという訳だ。


 或いは、甘党ゆえの確信か。

 この世界には「すてーたすしすてむ」など存在せず、相手の力量や物体の情報を余さず可視化するような能力も存在しない。


 故に、固有の魔術や。


 魔道具(レリック)でもなければ。

 その看破能力は、本人の経験や実力によるものという訳で。



 女性は、紛れもない実力者だった。



 およそ発揮する場面を間違えているが。



「……はぁ……はぁ……もしかして、私に――」

「あげませんよ?」

「見せただけ!?」

「はい、そうです」

「超絶美女な大人気受付嬢さんへの贈り物じゃないんですかぁ!?」


「お嫁さんへの贈り物です」

「……何と…まぁ。流石、マークさん。外骨格並みの装甲」



 これで、この受付嬢はアイドル。


 紛れもない人気ナンバーワンだ。


 だが、際どいポーズを決めようと。

 男は、鼻で笑い捨てて。

 まるで興味が全くないと言わんばかりに動じない。



「――マークさん。貴方そろそろ冒険者なりません?」

「はは、ご冗談を」

「マジなんすけど」

「僕みたいな商人が冒険者になったら、魔物に餌をあげに行くようなモノですよ」

「……へっ。職員でも良いんすよ?」



 それこそ、悪い冗談ではないか。

 

 冒険者ギルドの正式な職員とは。

 

 漏れなく名の知れた元冒険者で。

 大多数が二つ名のある怪物揃い。

 それになるという事は、一般の冒険者など歯牙にもかけないような豪傑だと言われるようなモノ。


 段々投げやりになってきた女性。


 余程、普段の業務が大変らしい。



「――では、私は帰りますね」

「……ホントに帰っちゃう?」

「はい、帰ります」

「色目使ってこない人と気安く話せるのは稀なんですよ~? もうちょっと粘ってくださいよ」



 彼の後ろに並ぶ屈強な男たちは。


 彼女にぞっこんな冒険者だろう。


 当て馬も槍玉も勘弁と考え。

 男は極めて紳士的に笑みを浮かべると、一礼して言葉を贈る。



「いえ、帰ります。確かに今月分お届けしましたよ?」

「……あい、毎度あり~」



 心労も多い立場だろうが。


 マイペース故に問題なし。


 受付嬢は完全に諦めたか。

 先程とは異なる営業用のスマイルを張り付けると、淡々と業務をこなしていく。




 冒険者ギルドは、平和だった。




  ◇




 言語習得には三年掛かり。


 知識の習得は未だ継続中。


 人生全ては修行というが。

 この世界へ来て既に五年程の歳月しか掛かっていない事を考えれば、良くやっているだろう。


 僕は、真久(まく) (いつき)

 マークと呼ばれているけど。

 西欧人の血が混じっているわけではなく、只の日本人……だった。


 だが、この大陸…世界は。


 此処は、地球ですらなく。


 異世界【アウァロン】で。

 本当なら僕だって極東に座するという魔王の討伐を目指したり、勇者のパーティーに入ったり、奴隷ハーレムとかをすべきだったのかもしれない。


 だが、肝心の始まりで詰み。


 現在はそんな幻想さえない。

 


 だって、僕には―――



 街道を軽く数日馬車で乗り回して。


 入り組んだ森も軽い足取りで抜け。


 多くの足音に見守られながら、優しい光が照らす大穴へと入って行くと。

 熱烈な歓迎を受けつつ、目的の場所へと歩いていく。


 

 そこには、彼女が居る。



「やぁ、カミラ。今回は、随分と良い甘味が……かんみ…が」

「……………」

「――ぁ……ハイ?」

「……………」

「……もしかして、今日も何かの記念b――」

「―――――」



 心当たりがないのだけど。


 本当に何かの祝日らしく。


 彼女はかなーり不機嫌で。

 数日もの間、巣に居なかった僕へ細い視線を向け、静かに糾弾し始めた。



「ねぇ、カミラ。――カミラさん?」

「―――――」

「……済まなかったよ」

「―――――」

「いや、それは」

「――――?」

「分かった、分かった! それで良いけど――変わり身はやっ」



 最早応じるしかないと感じた僕が。

 その言葉に大人しく了承の意を示した途端。


 上機嫌に立ち上がり。


 去って行く()()()()


 後に残るは沢山の卵。

 傍らに積み重なる紙はそれぞれに登録名の案が配されており…膨大な数で。



「………はは……マジか」



 その場にドカリと腰を下ろして。

 もやしのような植物を食みつつ。


 紙面に次々目を通しながら。


 沢山の卵を見て、僕は呟く。

 



「……タンパク質、必要だよね。今夜は目玉焼きが良いかなぁ」

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