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2話

 ダンジョンは魔物のための檻だと言うのはあらゆる研究者の共通見解だが、同時に展示室でもあると主張する者も少なくない。

 神の失敗作は生物に限らず、道具や鉱石の類にも存在する。そういうものはダンジョン内の宝物庫と呼ばれる決まったスペースに並べられており、なおかつそれをダンジョン内から持ち出すと一定の期間をおいて再配置されるのである。

 ライのような探索者の収入源は、主に魔具と呼ばれるそれら非生物の失敗作たちだ。

 魔物の死体も金に変わることはあるが、労力を考えれば効率は悪い。

 ストレイシープから角と肝臓を回収したライ達は、以後接敵することもなく無事に宝物庫にたどり着いていた。


「も、もう無理ですぅ」


 宝物庫に魔物は入ってこない。それを知っているエミーリアは気が抜けてしまったらしく、入ってすぐに座り込んでしまった。

「使えねえな」とぼやくブラスをライが諌めると、ブラスはますます不機嫌そうに舌打ちをした。


「一番役に立ってねえやつが言えたことかよ」


 ライはその言葉を肩をすくめて受け流す。斥候としては見せ場がないし、先程の対ストレイシープ戦での戦功もナイフ投げ(効果無し)、首に攻撃(効果無し)、逃げる直前に追撃(失敗)と惨憺たるものだ。反論はできない。


「喧嘩はいいから、売れそうなものを回収して」


 フランカに叱責されたブラスが渋々と言った様子で魔具に手を伸ばし、ライはそれを見て離れた場所に向かった。

 展示室とはいうものの台の上にきれいに並べられているわけではなく、魔具は基本的に床にぶちまけられている。サイズが大きい展示品が台の代わりになったり、箱型のものに詰め込まれていることもあるが、少なくともライが選んだ場所にそのようなものはない。床に直接座り込んで、そこらに転がっている小物に手を伸ばした。

 ブラスがライをよく思っていないのは、今に始まったことではなかった。

 理由は聞いていないが、おおかた想像がつく。ブラスとしては、物語に出てくる英雄のようになりたいのだろう。仲間たちを意気揚々と先導し、あらゆる人に讃えられるような。それが実際には背後からの奇襲に備えるために最後尾を歩かされ、しかも帰りは大抵収穫品を背負うことになる。

 一方でライは先頭を歩き、黒髪黒目が理由である街に帰れば目立つ存在でもある。

 だからと言って、ブラスが不当な扱いを受けているなどという事実はない。殿も荷運びも重要な役割で、ブラス以外にはできないからこそ任されていることだ。ライがこなす斥候の仕事は、ブラスが憧れるような華のあるものではないし、目立つだけで好かれているわけでもない。

 でも、気に食わない。

 そこまで来ると、理屈が介入する余地はない。説得しても無駄だ──と気づいてからは極力取り合わないようにしている。それはそれでブラスの神経を逆撫でしているようだが。


「ライさん」


 名前を呼ばれて振り返ると、若干ふらついているエミーリアが涙目でそこにいた。


「どうした?」

「ブラスさんが睨んでくるので逃げてきました……」


 ブラスはリーダーだと言うのに全く慕われていないが、慕われようともしないのはいかがなものか。薄っすらとチームの先行きに不安を覚えていると、エミーリアはぺこりと頭を下げた。


「あの、すいませんでした。顔吹っ飛ばしちゃって」

「別にいい。あと僕の顔は吹っ飛んでない」

「ああ、うう、そうですね。火傷とかしてませんか」


 ライは自分の顔を触ってみたが、痛みはなく引きつるような感じもしない。


「大丈夫だ」

「そう、ですか。魔法で治したりもできますけど……」

「いや、本気でなんともないから。魔法使うのも無制限ってわけじゃないんだろ、温存しとけ」

「あっ、はい。そうします」


 エミーリアが頷くのを見たライは、再び魔具の選別に取りかかった。

 種類、売値ともに様々だが、ある程度以上の額で売れるものを覚えているライの手付きには迷いがない。その手元を経験の浅いエミーリアは興味深そうに覗き込むが、こればかりは覚える以外に手早く済ませる方法がなかった。

 とは言え、膨大な数の魔具を常に全て覚えていられるわけではない。たまには見覚えのないものと遭遇することもあるし、ド忘れしてしまうこともある。

 その『たまに』に運悪く引っかかってしまったらしいフランカが、少し離れたところからライを呼んだ。

「モテ期かな」と冗談めかして呟きながら立ち上がる。


「ちょっと呼ばれたから行ってくる。危ないものもあるから、よく分からないなら触るなよ」

「ひゃっ、はい!」

「……触るなよ?」


 既に手を伸ばしかけていたエミーリアが飛び上がりながら返事をする。もう一度念を押してからフランカの元へ向かうと、フランカは細長い筒状のものを指差していた。


「煙管だな」

「キセル?」

「僕の故郷で使われてた……まあ、パイプみたいなもんだ。煙草を吸うのに使う」

「そう。まあそれはいいんだけど」


 確かに、どうでもいいことだった。失敗作としてここにある以上、形が同じでも何かしら違う点が確実にある。それが分からないことには、値がつくかどうか以前に触れて良いものかどうかも判別できない。

 煙管の形をした展示品はライの知識にもないものだった。もう少し詳しく観察しようと覗き込むと、フランカがライの胸を押し返した。


「そこ、転移結晶があるわ」


 転移結晶とは、その名の通り割ることで違う場所に転移できる手のひら大の結晶だ。行き先を指定できないので売り物にはならないが、初心者が見た目に惑わされて持って帰ってしまうことは少なくない。

 うっかり割ってしまえばどこに飛ばされるやら分かったものではない危険物だ。慌てて一歩下がったライは、フランカに位置を譲ってもらい、間近で煙管を見つめる。

 吸い口と雁首はただの鉄に見えるし、その間の羅宇も竹以外の何かというわけではないようだ。いくら眺めても、なんの変哲もない煙管にしか見えなかった。強いて分かったことを挙げるなら、金属の火皿が歪んでいないので新品もしくは新品同様であることだが、わざわざダンジョンで拾った煙管で一服してその場に戻す輩が存在することを考慮しなければ未使用なのは当たり前だ。


「フランカ」

「なにか分かったの?」

「離れてろ」


 質問に対する答えの代わりにそう言うと、フランカは顔色を変えてライの腕を掴んだ。その一言だけで、ライがその煙管に触れてみるつもりだと察したらしい。


「危険よ。爆発するかも」

「だから離れてろって」

「命を引き換えにする価値があるとは思えないわ」

「死にはしないだろ」

「言い切れないからやめろと言っているの」


 展示品は元来失敗作だ。とは言えそれは神の基準であり、人間の判断とは食い違うものも少なくない──が、決して全てがそうというわけではない。

 ライの経験から言えば、使えるものは約三割。他の七割は金に換えられないが、そのうち九割までは、煽いでも風が起きない扇やいかなる手段を駆使しても底の穴が塞げないティーカップなど純粋に用途がないもので、危険物は一割に留まる。


「要は七パーセントを引かなければいいんだろ。楽勝だ」

「それはギャンブルで身を滅ぼす人間の考えよ。今後のためにもここで捨てておくべきだわ」


 ライは分の良い賭けだと思っているが、フランカは頑として譲らない。両者とも熱くなるような性格ではないため口論にまで発展することはないが、その分理屈のぶつけ合いが長引いていた。

 聞きつけたエミーリアが寄ってきていたが、「あの……その……喧嘩は……あの……」と呟いてはみるものの結局口を挟めず、傍でおろおろと慌てているだけだった。


 そのエミーリアが、突然短い悲鳴をあげる。

 至近距離で言い合いをする二人の上に、すっと影が伸びた。

 いつの間にか、ブラスがすぐ傍に立っていた。無言で二人の間に足を付き入れ、腰を曲げて緩やかな動作で煙管に手を伸ばす。


「ブラス」


 言い合いの時の強い語調のままフランカが咎めるが、阻もうとする手すら意に介さずブラスは煙管を指で摘んだ。

 爆発はしない。何も起きない。

 ライは少し得意気な顔をフランカに向ける──普段ならそうしていただろうが、今はブラスの動きが不穏に思えて仕方なかった。

 煙管を放り投げながら、吐き捨てるようにブラスの名前を口にする。

 この部屋の明かりは、入り口から僅かに射し込む日光と天井から吊るされたシャンデリアだけだ。そのどちらも遮ってライを見下ろすブラスの顔は逆光で黒く染まり、なんの感情も見いだせない。


「お前とはここでお別れだ」


 鼓膜を揺らし脳に届いたその音を、言葉として理解するには少し時間がかかった。聞き返すことすらできず呆気に取られるライをよそに、フランカが立ち上がって声を張り上げた。


「それはまた後で話をしましょうと言ったはずよ。冷静に考えてとも言ったわ」

「冷静に」


 復唱。聞き返すでもなく嘲るでもなく、ただ冷淡にブラスが言った。


「俺は冷静だ。その上で、何度考えようが同じ結論を出すさ。リーダーであるこの俺がな。お前に口を挟まれる筋合いはない」

「……私達は協会からの斡旋で行動を共にしているわ。協会への義理立てのために解散はできない。これも前に言ったわね」

「それをどうにかするのはお前の仕事だ」


 滅茶苦茶だ。最早完全に、理屈が介入する余地はない──元からなかったのだろう、ブラスがライに憎悪を抱いた時から。

 ここからどんな展開に行き着くかはまだ分からないが、こうなることは決まっていた。そんな感覚に襲われたライは、呆然と二人を見つめていた。


「私がそんなことに協力すると思うの」

「俺に逆らうつもりか? 誰のおかげで今生きてると思ってんだ」

「ダムデイ卿。あなたの父親よ。断じてあなたじゃない」

「黙れッ!」


 ブラスの恫喝に、エミーリアが「ひぃっ」と悲鳴をあげる。ライのすぐ後ろで。

 それをきっかけに、ライは我を取り戻した。

 この四人組で、元から一緒にいたのはブラスとフランカだった。ブラスが横柄な態度を取ることは多々あって、それでもフランカがブラスから離れる気配がないのは不思議だったが、何やら複雑な事情があるらしい。

 それはライの与り知らぬことだ。義理があるなら果たすべき。恩を受けたなら返すべき。それくらいしか言うべき言葉を持たない。

 だが──


「あいつは死んだ! 俺の手助けをしろとお前に言い残してッ! そうだろフランカ──お前は俺のモノだッ!」


 ブラスが拳を振り上げる。

 その腕を、後ろからライが掴む。


「人情笠に着んのはタチが悪いぞ、ブラス……!」

「てめえは口出すんじゃねえよ、ライッ!」


 ライを振り払おうと、ブラスが掴まれた腕を振り回す。力比べは分が悪いと知っているライすぐに手を離し、開いた胴に蹴りを入れる。鉄板が仕込まれた爪先と鎧がぶつかり、鈍い音が響いた。

 臓腑に衝撃が響いたらしいブラスは左腕を回して腹を庇う。悪手だ。それではライの利き足の蹴りに対応できない。

 前に踏み込む。ブラスの右手が伸びてくるが、予想通り。前腕を内側から殴るように払い、無防備な頭に回し蹴りを叩き込む。

 安全な場所で、ブラスは兜を脱いでいる。昏倒してもおかしくない。

 だと言うのに、ブラスは倒れる直前で踏みとどまった。

 意識の混濁に内臓の痛みも呑まれたのか、ガードを捨て両手を広げて突っ込んでくる。

 受け止めるのは不可能だ。受け流すにも重量が過ぎる。

 狭るブラスの巨躯を前にたじろいだライは、ほとんど勘で振りあげられたブラスの腕をすり抜けた。

 ライを見失ったブラスの背中に向けて助走を付け、魔物に繰り出したのと同じように飛び蹴りを放つ。着地したライの前でブラスが両手を床に付いた。


「クッ……ソがぁぁッ……!」


 口汚く叫びながら緩慢な動作で立ち上がったブラスは、その場で拳を振り上げる。

 手が届く間合いではない。立ち止まって隙を待つライに向かってブラスが腕を振り──何かがその拳から放たれた。

 煙管だ。先程ブラスが放り投げたものが、たまたま倒れ込んだ先にあったらしい。

 予想外の投擲に対する驚きが、苦し紛れだと察した油断に変わる。

 その一瞬でライの目と鼻の先に迫った煙管は、煙草を詰める火皿が赤熱していた。


「ぐあぁぁっ!」


 瞼を灼かれたライが悲鳴をあげ、反射的に腕で顔の前を払った。きつく閉じられた瞼はライの意思に応えず明かりを奪う。

 がちゃり、と。

 暗闇の中で、すぐ傍に鎧の足音が聞こえた。

 次いで身体の芯だけに直接響くような衝撃、一瞬遅れて激痛。

 ようやく開いたライの目に写ったのは、先端が自分の身体に埋まった長剣だった。

 一拍置いて引き抜かれた部分が、血に染まっていた。どこからか聞こえる悲鳴がやけに遠い。破れた腹から、血に混じって感覚が流れ出ていくような気がした。

 よろめいて、後ろに倒れ込む。息が深く吸えない。

 身動きを取れないでいるライの視界に、ぬるりと影が立ち昇る。

 ブラスが再び全ての光を遮ってそこにいた。

 剣が振りあげられる。刃に光が伝う。

 必死に身をよじるライの耳にフランカの声が届いたが、頭の中で拡散して意味をなさない。

 転がったライの肘の下で、ぱきんと音がする。

 同時に凶刃が振り下ろされ──勢いよく空を切った。

 そこには既にライの姿はなく、砕けた転移結晶だけが残っていた。

今回のあらすじ:死

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