表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

1話

第一話は約5000字ありますが、全くと言っていいほどストーリーに関わらないので読み飛ばしていただいて結構です。

 『大聖堂』の暗く長い通路を、ステンドグラスの聖人に見つめられながら四人の男女が進んでいる。武装した四人は明らかに礼拝のためにこの場にいるわけではなく、聖人達は厳しい視線を彼らに注いでいたが、それを気にするような者はいなかった。

 実在した聖人を象ったものではないのだから、いかに信心深くとも恐れる理由はない。そもそもこの『大聖堂』自体、神を讃えるために建てられたものではなかった。聖堂を模した造りをしているためにそう呼ばれてはいるが、実際には全く別の役割を持っている。

 不意に先頭を歩く若い男──ブラスが足を止め、後続を手で制した。薄暗い通路の先に、自分達以外の存在を認めたからだ。明らかに人ではないそれはまだ彼らの存在に気付いていないようだが、正体を見極めるために近づけばそうもいかないだろう。

 先頭の男が暗がりを見通そうと目を細めている内に、最後尾に位置していたライという少年が呟いた。


「ストレイシープだ」


 先を越されたブラスが舌打ちをするが、ライは聞こえないフリをした。

 斥候として訓練を積んだライは人より夜目が効く。そのぶん、日頃から剣を振り回しているブラスのように敵に突っ込んでいったり、受け止めたりと言ったことはできない。

 適材適所、というやつだ。本来味方を導く役目を負う斥候が最後尾にいるのもそれが理由だった。

 『大聖堂』とは、ダンジョンと呼ばれる一種の異空間の一つである。ダンジョンには創造神が今の世を創り上げる過程で産み落とされた、失敗作が収められている。基本的には中のものを外に出さないための牢獄であり、外から入ってくる者を阻む罠は仕掛けられていない。

 故に侵入者にとって脅威となるのは、閉じ込められた失敗作達のうち、主に魔物と呼ばれる生物になる。その痕跡を見つけ出すことは、ダンジョンにおける斥候の最重要任務だ。

 しかし、森のような造りのダンジョンならばともかく、『大聖堂』の大理石の足場の上では足跡などは残らない。枝の折れ口や土壁の擦過痕も。あるとすれば体液や体毛だが、それらは白い大理石の上では非常に目立つから、わざわざ訓練を積んだ斥候が目を光らせるまでもない。真っ直ぐな道が多く、奇襲ができるチャンスもされる危険もほとんどない。

 背後からの気配を早く察知できるに越したことはないからと最後尾に回されていたが、ライは自分の知識や技術が全く活かされないことに少々不満を持っていた。先に敵の正体を見破られた程度で、舌打ちまでされる謂れはない。

 先頭と最後尾が醸し出す険悪な空気に巻き込まれた間の二人は、片方が杖を握りしめて怯えた様子を見せ、もう片方は冷静に弓を構えた。

 杖を持った少女がエミーリア、少女を脱した年頃の弓使いがフランカだ。こちらに気づいていない魔物に遠距離から攻撃するのは、この二人にしかできないことだ。

 弓を構えたままのフランカに視線で促され、エミーリアは杖を暗闇の奥に向けた。ぼそぼそと規則的に何かを呟けば、杖の先端から光が迸る。

 エミーリアが調子を上げて詠唱を締めくくると、光は火球となって発射された。

 魔法、と呼ばれるその業は、ダンジョンが創られる以前に、野に放たれていた魔物に対抗するために創造神から授かったものだと言われている。

 魔物に対して最も有効な攻撃手段なのだが、当然ながら当たらなければダメージを与えることはできない。僅かに弧を描いた火球は、魔物の頭上の壁に吸い込まれていく。


「ああぁっ……!」


 エミーリアが絶望するように呻くと同時に火球が炸裂し、眩い光を放って魔物の姿を照らした。

 魔物の姿は、ライが呟いた名前の通りに巨大な羊の姿をしていた。捻じくれた角が目を完全に覆い隠しているので光には反応しないはずだが、爆発音に驚いたのか首を反らせて叫び出した。濁った鳴き声が大理石に反響する。


「……ふっ……!」


 爆発によって一瞬見えた姿を基準に狙いを定め、僅かに息を吐いてフランカが矢を放つ。一瞬後に硬いものがぶつかる音が響いた。たまたまだろうが、角で防がれたらしい。

 目が見えていないなら、まだ位置までは特定されていないはず。間を置かず二の矢を放ったフランカは、エミーリアに指示を飛ばした。


「エミーリア、もう一度」

「は、ひゃ、ひゃいっ」


 魔法を外して放心していたエミーリアは慌てて詠唱を始め、再び火球を放つ。ミスを重ねるわけにはいかないと言う思いが「てやーっ!」と口から飛び出し、気合いの籠もった火球は無事ストレイシープの頭部を爆破する。


「やった!」

「ボサッとしてんじゃねえ!」


 視覚に劣る生物は、大抵音には敏感だ。ストレイシープはエミーリアの叫びを聞きつけ、既に走り出している。

 ガッツポーズで喜びを表すエミーリアの前にブラスが飛び込んできた。青い紋章が描かれた滑らかな盾に、前に突き出したストレイシープの角が激突する。

 牛に近い体躯での突進を受けたブラスはよろめくが、金属板に角をぶつけた魔物の痛みも相当だったようだ。後ろ足で立ち上がり、身体を捻って反転しようとする。その動きでさらけ出された首と脇腹に、それぞれナイフと矢が突き刺さる。ライとフランカの攻撃だ。

 再び矢をつがえるフランカの後ろからライが駆け出し、横にたわむような進路で射線を空けつつストレイシープに肉薄する。横をすり抜けていった矢を見送って、魔物の首の下をくぐり抜け、すれ違いざまに短刀で首筋を斬りつける。

 刃先が綿のような毛並みの奥を捉えるが、そこにある筋肉が刃がさらに食い込むのを阻んだ。


「硬いな……!」


 ライの呟きに、魔物がぴくりと反応した。向きを調整してから、角で突刺そうとする。ライが床の上を転がるようにそれを躱すと、空振りを察した魔物は腹立たしげに鼻息を吹いた。

 追撃はない。何かを探すように頭を振る仕草を見るに、ライの位置を把握できていないのだろう。

 この魔物、ストレイシープは、捻じくれた角のせいで目が見えていない。ライも知識として知ってはいたが、それを実感するのは初めてだった。今回は一本道の先にいたのでそうもいかなかったが、今まで見かけた時には息を潜めて去るのを待っていたからだ。

 無駄な戦闘を避けるために隠れて様子を伺いながらも、いざ戦うことになってもなんとかなるだろうと思っていたが、どうやら甘く見過ぎていたらしい。

 ダンジョンにいる魔物は、失敗作とはいえ完全に自身の生存を無視した生態を持つものは少ない。この魔物の場合は、盲目を聴力と、それから身体の強靭さで補っているのようだ──とはいえ、刃物が通らないというのはいささか過剰だ。突き刺さっているように見える矢と投げナイフも、恐らく豊かな毛に絡まっているだけ。そのバランスの悪さもまた失敗作たる所以なのだろう。

 そうなると、とライがストレイシープの倒し方を考え始めた時、視界の端に光が写る。

 エミーリアの火球だ。初弾が描いたカーブを思い出して背筋に冷や汗が流れたが、魔法は狙い過たず魔物の身体に吸い込まれていく。爆発が黒い毛並みに覆われた魔物の横腹を彩り、再び濁った悲鳴があがる。

 そこにブラスが突っ込んできて、盾で魔物の頭を殴り、のけぞった首に長剣を叩きつけた。

 短刀が通らないならライは傷を負わせることはできないし、フランカの矢も有効打になるとは考えられない。攻撃はブラスとエミーリアに任せるしかない。

 だからと言って、何もしないわけにもいかない。

 今有効な攻撃手段のうち、より威力が高いのは魔法の方だ。だが命中精度には不安があり、無制限に撃ち続けられるものでもない。当てやすいようにサポートする必要がある。

 ライは走りだし、気を引くために魔物にナイフを投擲しながら叫ぶ。


「こっちだ!」


 盾を構えたブラスを突き飛ばし、ストレイシープはライに向かって後ろ蹴りを放った。幸い距離が開いていたためその攻撃を受けることはなく、再び空振ったストレイシープは怒りを顕に荒い仕草で振り返る。

 それは丁度、エミーリアから見た面積が最も広くなる角度だ。

 放たれた火球が、大半が角で隠された横面に直撃する。流石に狙ったわけではないだろうと思いながら、ライは反射的に腕を顔の前に出した。直後に火球が、魔物が振り返った先にいたライを巻き込む勢いで爆発する。


「あぁあっ!? ごごごごごめんなさぁい!」


 エミーリアが慌てて謝罪を叫ぶ。

 勿論それは魔物の耳にも届いていた。悲鳴じみた声の元に角を向け、突進を開始する。

 腕で炎から顔を庇っていたライはそれに気づくのが遅れ、突き飛ばされたブラスはまだ体勢を立て直せていない。あっさりと二人の間をすり抜けた魔物が、猛然とエミーリアに迫る。


「ひえぇっ!?」


 怯えたエミーリアは逃げられない。

 その首根っこを掴んで、フランカが魔物の進路から引きずり出した。

 二人のすぐ横に魔物の蹄が振り下ろされる。


「ひぇぇ……」

「ちゃんと立って」


 少し進んでから避けられたことに気づいたらしいストレイシープは一度停止し、エミーリアの情けない悲鳴を聞きつけて振り向いた。

 そこにフランカの矢が襲いかかり、額の中心に命中する。エミーリアが放った二度目の火球で、もともと薄い肉をさらに抉られていたために、矢は骨を直接叩いたらしい。衝撃に魔物が怯む。

 その時には既に立ち直っていたブラスが雄叫びとともに再び突撃し、弱々しく振り回される角をかいくぐって喉笛に剣を突き刺した。

 重い剣は硬い肉を貫き、刃に血が伝う。一際大きい悲鳴があがり、十分な手応えを感じたブラスは兜の下でにやりと笑った。

 その油断を突いて、魔物が頭で持ち上げるようにブラスを弾き飛ばす。

 その拍子に長剣はブラスの手を離れ、魔物の首筋に突き刺さったままになる。

 あれでは動脈を傷つけていても出血量が少なく、逃げる余力を残してしまう。それを察したライはすかさずナイフを投擲する。標的はストレイシープではなく、その先の床だ。深手を負い、今まさに逃げようとしていた先での鋭い物音に魔物がびくりと反応して足を止める。

 ナイフを投げるのとほぼ同時に走り出していたライは、瞬く間に魔物の傍にたどり着いていた。極力足音を消しながら走っていたために、魔物がそれに気づいて逃げ出すこともない。

 最後の一歩で踏み切って飛び上がり、刺さったままの長剣の柄を蹴る。

 何度目かの悲鳴。だが、多少ぐらつきながらも剣が抜け落ちることはなかった。飛び蹴りから着地したライの目と鼻の先でストレイシープは走りだし、闇の中へ消えていく。


「追うぞ!」


 剣を奪われたブラスが叫んだ。

 位置の関係で先行したライのすぐ後を身軽なフランカが走り、やや間をおいて重装備のブラスと単純に足が遅いエミーリアが追走する。

 何度か分かれ道があったが、床に滴った血の滴を辿れば迷うことはない。

 しばらく追いかけていると、先頭のライが暗がりの床に何かを見出した。近づいて正体が明らかになったそれは、血に濡れたブラスの剣だ。

 それを放って進もうとしたフランカを、ライが手で制した。フランカには見えていないようだが、ライの目には闇の奥にストレイシープの巨体が薄っすらと見えていた。

 既に移動は止まっている。横たわったまま、それでも逃げようとして、蹄で宙を掻いていた。

 その動きすらなくなるまで、それほど時間はかからなかった。














今回のあらすじ:魔物を倒したけど主人公は活躍できませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ