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03

公爵家を出発して1週間、ようやく辺境領へ到着した。

辺境領は王都と同じで、領へと続く街道沿いは高い塀で囲まれていて、領の出入口や塀の上には騎士が配置されていた。辺境領へ入るときには領への来訪の理由を伝えなければならない様で、安全面もしっかりしているようだ。


事前に連絡がいっていたので、特に止められることもなくすんなりと領主邸へと到着した。

領内に入ってからは興味深く街の様子を見ていたけど、領主邸の門をくぐって城砦のような屋敷に近づくにつれてどんどん緊張感が高まってきた。


馬車のドアが開き、春だというのに王都に比べてまだ涼しい風が馬車の中に入ってきた。

その涼しい風と共に、大きな手が差し出される。

ふぅと一息ついて妃教育で身に付けた淑女の微笑みを張り付けてから、差し出された手に手を添えて馬車を降りる。


手を差し出してくれたのは、ダークグレーの短髪に深く透き通る青い瞳を持つすらりと背の高い、精悍でいて綺麗な顔立ちの男性だった。


(この男性が辺境伯様だろうか?でも、貴族男性で短髪は珍しい……)


王太子殿下はじめ王都で見かける男性貴族のほとんどが長髪で、高位貴族が短髪なのは少し意外だった。けれど、それがかえって騎士らしい精悍さを引き立てている。


馬車を降りるためのエスコートをしてくれた男性は無表情でこちらを見降ろしている。

騎士にしては細身に見えるが、一般の人よりも背が高く体格が良い分、間近で無表情で見降ろされると威圧感がある。


ちらりと迎えに並んでいる人たちの様子を窺ったが、騎士服を着ているのはこの方と2人の男性だけで、後は使用人の服を着ている人ばかりだ。


その騎士服の男性2人も使用人に交じって横一列になっているので、やはりこの方がきっとライオネル・ハリストン辺境伯で間違いないだろう。

再び辺境伯様に視線を戻すと、微かに眉間にしわが寄って先程よりも硬い表情になっている。


何か失礼な事をしてしまっただろうか。

早期出立のお伺いの手紙は早々に返事が届いたし歓迎の意を示す内容だったから来てしまったけど、本当は迷惑だったのかもしれない。

王命による結婚を表立って拒絶はできないわけだし、この結婚は本意ではないのだろう。



「ライ!そんな怖い顔してたら泣かれちゃうよ~!」

「っ……ライオネル・ハリストンだ」

「マリアベル・スワロセルでございます」

「今夜は歓迎の晩餐の用意をしているが、長旅で疲れただろう。まずは晩餐までゆっくり休むと良い」


騎士服を着ている男性の内の1人が気安い雰囲気で声を掛けると、ハリストン辺境伯はハッとしたようにほんの僅かに表情を和らげたようだった。

けれど、彼の表情の変化を読み取れるほどまだ親しくはないマリアベルにとっては無表情と言って良いままだった。



それでも、歓迎の晩餐を用意してくれているようだし、体調を気遣う言葉を言ってくれるのだから、表面的には受け入れてくれると考えても良いのかもしれない。

それに、社交界で噂されているような人ではなさそうだった。

本当に噂通りの人物なら、きっと迎えに出てくる事もなさそうだと、部屋へと案内されながら考える。


例え辺境伯様に厭われていたとしても、私にはもう行くところがない。

冷遇されたとしてもここしか居場所が無いのだから、流れに身を任せるしかない。ひとまず深く考えるのはやめた。


案内された部屋は客間だった。

実際に結婚式を挙げるのは私の喪が明けてからの予定だし、政略結婚のため婚約者というよりはお客様扱いなのだろう。


案内された部屋は程よい広さで、茶色を基調とした落ち着いた部屋だった。手前にソファとテーブルのセットがあり、奥には天蓋付きのベッド、サイドボード、文机などがあった。


ソファに座ると、ここまで案内してくれた侍女がお茶を入れてから退出していった。今はフレアと2人きりだ。お茶を一口飲んだ後、部屋の中を見回しながら、ここに着いてからずっと言いたかったことをフレアに言う。


「ねぇ、フレア。どうしよう」

「はい?なにがですか?」

「素敵だった……辺境伯様」

「辺境伯閣下ですか?無表情でしたけど?」

「精悍で整ったお顔立ちも素敵だったけど、なによりお声が特に。ハスキーですっっっごく素敵だったわ。確かに無表情だったけど……」

「あぁ。お嬢様はハスキーなお声が好きだとおっしゃっていましたね。確か王弟殿下の声も好きだとおっしゃっていましたよね」


辺境での暮らしや辺境伯様と上手くやっていけるのかはまだまだ不安があるけれど、実は辺境伯様の声を聴いた途端にその不安を少しだけ忘れてしまう程だった。


(落ち着いた話し方で、少し掠れた低くてでも良く通りそうな、王弟殿下にどことなく似た声で……声が好み過ぎてどうしよう!)


案外元気そうな私の話をニコニコと聞いていたフレアは、私の話が一旦落ち着くと侍女長に挨拶に行って邸内について聞いてくると、出て行った。


部屋で一人になった私はベッドに倒れ込む。宿に泊まりながらだったが7日間もかかる馬車の旅は初めてで結構疲れてしまっていたらしい。

厭われている可能性はまだ捨てきれていないけど、無事に辺境伯領についたことに安堵したようで、ほんの少し休むだけのつもりが次に目覚めた時にはもう晩餐が終わる時間だった。


(最悪!晩餐をすっぽかしてしまったわ!!)


流石にこの時間から行っても晩餐は終わっているし、謝りに行くにもドレスのまま寝てしまったせいでシワになったこのドレスを着替えなければ謝りにも行けない。

どうしたものかと、室内をウロウロしているとフレアが様子を見にやってきた。


「閣下は、休んでいるなら無理に起こさなくていいとおっしゃっていましたよ。怒っている様子ではなかったので、明日にでも謝れば大丈夫ではないでしょうか」

「そう、怒っている様子ではなかったの。でも早くお詫びをしたいからこの後の予定を確認してもらえる?」


少しして戻ってきたフレアに辺境伯様の予定を聞いたところ、夕食の後は大抵執務室で領主としての執務をしてしばらくしてから就寝するということだった。

この時間ならまだ就寝の準備もしていないし、執務室に行っても大丈夫だろうと執事も侍女長も言っていたそうだ。


ドレスを着替えた私は早速辺境伯様の執務室へ向かった。


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