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「これからはマリアベルと名前で呼んでいただけませんか?」


頬を染め小首をかしげて上目遣いでこちらを見てくるなんて、俺をどうしたいのだろう。

分かっててやっているのだとしたら、凄い手練手管の使い手かもしれない。計算してやってるとしたらきっと彼女には勝てそうにない。

いや、これが無意識だとしても凄い。


7歳も下の女性に振り回されるのは少々癪だけど、彼女にされるならそれも悪くないと思えるから不思議だ。


「……マリアベル」

「ふふふ」


頬を染めて嬉しそうに笑う様子は可愛いが、自分だけが名前を呼ぶのはおかしいのではないかと気付く。


(そもそも、彼女が呼ぶ俺の呼び名は家名ですらない。爵位ってどうなんだ。妻になるのに)


そう思うと、自分だけが名前を呼び捨てるのがますます腑に落ちない。


同じように名前を呼ぶように言ったら、この可愛い人はどんな反応をするのだろうか。

想像しただけで頬が緩むのを感じる。


「マリアベルも、俺の事を辺境伯様と呼ぶのはやめてもらおうか」

「……!!あっあの……」

「俺の名前は分かるな?」

「はい。存じております」

「じゃあ名前で呼べるな?」

「でも、あのまだ「俺だけ名前で呼ぶのか?夫婦になるのに?」

「……!!!」


顔を真っ赤にして口をハクハクとさせる様子があまりに可愛くて、笑みが漏れた。

ついに顔を手で覆って俯いてしまったマリアベルの頭を思わず撫でる。


「フッ……マリアベルは可愛いな」

「なっなっ……!なんで子供扱いですか!?」

「ん?なぜそうなる?」

「だ、だって頭を」

「成人しているだろ?それにもうすぐ妻になる人を子供だなんて思っていない」


そう伝えると、彼女は今度はテーブルに突っ伏してしまった。


フレアが「お嬢様、流石にはしたないですよ」と注意しているが、今はこの可愛い様子を見せてくれるのは正解だろう。


さらりと流れた髪の毛の隙間から真っ赤になった耳が見えている。

少しいじめ過ぎただろうか。


「可愛い婚約者の顔が見えなくなってしまったな」

「もぉ!揶揄うのはおやめください!」

「マリアベルが名前を呼んだらやめる」

「……ライオネル様」


それはぎりぎり聞き取れるくらいに小さな声だった。


(自分の名前を呼ばれるだけで嬉しく感じるとは、不思議だ)



子供扱いと言われて、そういえば彼女が成人を迎えたのは最近ではなかったかと思い、聞いてみる。

確かゴタゴタしていただろう期間に誕生日を迎えていたはずだと思い出していたら、こちらに向かう移動の最中に成人を迎えたと言われた。


公爵令嬢として、王太子殿下の婚約者候補として、華々しく祝われるはずだっただろう成人を、馬車の中で侍女と2人で迎えることになるなんて。

当人でなくてもやるせなさを感じる。

改めて成人の祝いをしなければいけないと強く思った。



≡≡≡≡≡



「お嬢様!はしたないですよ!」


街から戻った私は、ベッドに伏して手足をバタバタさせた。

フレアに怒られたが、でも仕方がないと思う。


「だって!フレアも見たでしょう?ライオネル様の笑顔」

「えぇ。あんな風に笑う方なのですね」

「大人の男性〜って感じで、優しく包み込む様な、それでいてそこはかとなく色気も感じる笑顔を、目の前で見たのよ?帰ってくるまで耐えたんだから、褒めてくれてもいいと思う位よ」

(お嬢様が思う程は耐えられていなかったと思いますけどね)



今までの常の無表情が嘘のように行きの馬車の中で見た優しい笑顔も、レストランでの声を出して笑う姿も、私を揶揄う時のちょっと意地悪そうな笑顔も、どれも初めて見る表情だったのだから。

あの騒ぎの時に、真っ先に私を背に隠して守ってくれようとしたのも格好良かった。


それに、あのハスキーで色気のある声でマリアベルって名前を呼ばれたり「可愛いな」って…………

思い出しただけで、手足をバタバタさせてこの高ぶる感情を逃がさなければ、息が苦しくて死んでしまうかもしれない。


けれど、ふと思う。

どうしてあんなに素敵な人がこれまで独身だったのだろう。

確かに、最初は無表情で一見すると怖そうではあるけれど、少し話せばそうでないことくらいすぐに気が付くはずだ。


婚約者はいなかったのだろうか?

立場的にも年齢的に考えても婚約者や恋人がいたことがあってもおかしくない。

離れ離れにならなければいけない事情でもあったのだろうか?


そう思うと、高揚していた気持ちが急速に落ち着いてきてしまったので、あまり考えない方が良い気がして意識して考えるのをやめた。


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