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第九話  業火の赤鬼

ここがユグドラシア?

確かに、この場に満ちるマナは俺が良く知るユグドラシアものと同じだ。

そもそも他の世界にマナが存在するか否かは知らないけれど。


それにしてもこの丘はマナの濃度が高い。

リーゼが召喚魔法を使う場所としてここを選んだのはそれが理由だろう。

マナが濃いのはこの白い花が原因だろうか。それとも他に……

いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。


前世の俺はユグドラシアの魔族だ。そしてリーゼは人族。

つまり俺たちは敵対する種族同士だったということになる。

隠し事をするのは気が引けるが、俺の素性は黙っていた方がいいだろう。

まあ、「俺の前世は、ユグドラシアの魔王だ!」なんて言っても誰も信じないだろうけどな。


「アキト?」


不思議そうな表情で、俺の顔をのぞき込んでいるリーゼに返事をする。


「ああ、すまない。ボーっとしてた。俺がこの世界の言葉を使える理由だったよな?残念だけど、俺にも分からないよ。召喚魔法の影響とかじゃないのかな……」


「うーん。そんな話、お父さんはしてなかったけどなー」


「召喚魔法は古代の魔法だったんだろ?それなら未知の部分があっても不思議じゃないと思うぞ」


「……そうだね。わたしが魔法の使い方を間違えちゃったのかもしれないしね」


ん?召喚魔法の話をしていたら、疑問が出てきた。

確かリーゼは二〇年前に召喚石が初めて作られたと話していた。

魔王だった俺が死んだのは一八年前。つまり俺が死ぬ二年前には召喚石は完成していたことになる。

しかし、人族が召喚魔法を使ったという話は聞いたことがない。

まだ実戦に投入できるレベルではなかったという可能性もあるが……


「リーゼ。召喚魔法が復活したのは二〇年前だったよな?」


「うん。そうだよ」


「この世界に暦ってあるのか?」


暦があるのは知っている。しかし、魔族と人族では異なる暦を使っていると前世で教わった。


「こよみ?……もちろんあるよ。えっと、今はガリウス暦・九八年の四月だよ」


「ガリウス暦?」


やはり初めて聞く言葉だ。


「わたしたちの世界の年号はね、人魔大戦っていう戦争が終わった時に新しくなるんだよ。前回の人魔大戦が終わったのが九八年前で、魔王を倒して戦争を終わらせた英雄が大賢者ガリウス様。だから今はガリウス暦・九八年ってことだよ」


ちょっと待て。九八年前だと?一体どういうことだ……

ここは俺の知るユグドラシアではないのか?

まさかとは思うが……


「……ちなみに、その魔王の名前は?」


「えーっとね。何だったかな……」


顎に手を当てて記憶を探るリーゼを、俺は固唾を呑んで見守る。

そして数秒後。


「あ、そうだ!ベルディア!魔王ベルディアだよ。すっごく強い魔王で、三人の英雄のうち生き残ったのはガリウス様だけだったんだって」


ベルディアは前世での俺の名だ。

やはりここは俺がかつて魔族として生きた世界だ。


しかし、俺が日本で過ごした時間は一八年。俺が討たれた人魔大戦の終戦は九八年前。

その差は八〇年。ちょっとした誤差というレベルではない。

転生した時、あるいは召喚された時に時間のズレが生じたのか。

それとも地球とユグドラシアでは時間の流れが異なるのか。

いずれにしても検証する手段はない。

ただ一つ言えるのは、仮に俺が日本に帰還できたとしても、そこでまた時間のズレが生まれる可能性が高いということだ。

それ以前に、日本に帰る方法ってあるのか?

リーゼの親父さんを見つけたら俺は御役御免だろうし、ちゃんと確認しておいた方がいいよな。


そう思ってリーゼに声を掛けようとしたとき、かすかに嫌な臭いを感じた。

風に乗って運ばれてきたその臭いを、俺は知っている。

それは前世の記憶。幾度となく経験した戦場の臭いだった。


即座に立ち上がり、あたりを見回す。

暗闇の中、真っ赤に燃え盛る炎と、立ち昇る黒煙が見えた。

あの場所は、リーゼの話にあった村か!


「アキト、いきなりどうしたの?もう、身体は大丈夫なの?」


急に立ち上がった俺に驚いたリーゼが言う。


「リーゼ。村が燃えてる!」


「……え?」


俺の隣に並び立ったリーゼは、思いがけない事態に唖然として立ちすくんだ。


まだ身体は本調子ではないんだが、そんなこと言ってる場合じゃない。

この臭い、燃えているのは建物だけじゃない。おそらく人間も……


「行こう、リーゼ。俺たちにも何かできることがあるはずだ」


「う、うん」


俺の声で我に返ったリーゼと共に、村へ向かって走る。

丘を降りると、ただ踏み均されただけの細い道が見えた。

この道に沿って行けば、村に辿り着くだろう。


長年にわたる運動不足、瀕死の怪我に伴う入院生活、そして魔力酔いによる体調不良。

今の俺は、とてもじゃないが走れる状態ではない。

足が鉛のように重い、息が苦しい、心臓が破裂しそうだ。

だけど泣き言を言ってるわけにはいかない。

ただ必死に歯を食いしばって走る。

今にも泣き出しそうな顔で隣を走る少女を、さらに不安にさせないためにも。


次第に臭いがきつくなる。村までもう少しだ。

今にも倒れそうな身体に鞭打って、さらに走る


――見えた。村だ。


辿り着いたその場所にあったのは、真っ赤に燃える家屋と立ち込める黒煙。

そんなに大きな村ではないが、すでにその半分ほどが猛る炎に包まれていた。


「ひどい……」


リーゼが呟いた。

どうしてこんなことに?これはただの火事とは思えないな。

なんだか嫌な予感がするが……


「先に進んでみよう」


肌に刺さる熱気と、悪臭を纏った煙の中、村の奥へと向かう。

中心部の広場と思しき場所にやってきた俺たちは、予想だにしていなかったモノと遭遇した。


二メートルを軽く超える巨体。鋼のような筋肉と赤黒い肌。

その口からは牙が覗き、額には一本の大きな角が生えていた。


「鬼型の魔物か……」


魔物は野生の獣よりも戦闘能力が高く、凶悪な生物だ。

その中でも鬼型の魔物は凶暴な個体が多く、極めて危険な部類の魔物といえる。


よく見れば、魔物の身体には真新しい傷がいくつも刻まれていた。

特に左目の傷は深く、その視力を奪っているようだ。

戦闘で受けた傷だろうが、周囲には人影はない。


少し離れた場所から魔物を見ていた俺たちは、その場で動きを止めていた。

正直、今の俺が倒せる相手ではないだろう。ここは逃げるべきだが……

しかし、生存者がいるかもしれない。その思いが迷いとなり、決断を遅らせた。


ゆっくりと鬼が振り向き、その右目が俺たちを捉えた。


「……そんな所に生き残りがいたのか」


低く、おぞましい声だった。


「え?喋った?」


リーゼが驚きの声を上げる。


普通の魔物が言葉を発することはない。

しかし稀に『ルヴォイド』と呼ばれる、言語を扱う魔物が存在する。

ルヴォイドは知能も戦闘力も、通常の魔物と比べてはるかに高い。

上位種の魔物と称してもいいだろう。


まさか、ルヴォイドに遭遇することになるとは……

これは迷っている場合じゃない。

俺は咄嗟に思念波でリーゼに呼びかける。


『リーゼ。逃げるぞ!』


『で、でも……まだ村の人が残ってるかも……』


リーゼもルヴォイドの危険性は理解しているが、世話になった村人たちが気がかりなようだ。

なんとか説得しなければ。


『……アキト、わたしが時間を稼ぐから村の人たちを避難させて』


『いや、でも……』


予想だにしなかった彼女の言葉に、俺は言葉を詰まらせる。


『わたしなら大丈夫。お父さんに護身術を教わってるから。簡単にやられたりしないよ』


そう言ってリーゼは魔物に向かってゆっくりと歩を進めた。


「オオッ?嬢ちゃん、もしかしてオレとヤルつもりか?」


魔物は近づいてくるリーゼを舐めるように見てから、ニヤリと笑った。


「いいね、いいね。ココの連中は腰抜けばかりで退屈してたんだ。よく見りゃ美味そうなカラダしてるじゃねぇか。柔らかそうな肉に、上等な魔力。コイツは上玉だ」


下卑た笑みを浮かべて、舌なめずりする魔物に対し、リーゼは鋭い視線を向けて身構えた。


「グヘヘッ、せいぜい愉しませてくれよっ!」


魔物の大きな口から、言葉と同時に燃え盛る火球が吐き出された。

火球は空気を切り裂きリーゼに向かって飛来する。

しかし、リーゼは大きく横に跳んでそれを回避した。

激しい着弾音と共に、地面が真っ黒に焦る。


「やるじゃねぇか。まだまだ、これからだぜ」


さらに五発、連続して火球を吐き出す。

リーゼはその全てを俊敏な動きで躱し続けた。

いい動きだ。彼女の華麗な足捌きに、俺は不覚にも見惚れてしまった。


五つ目の火球を回避して、着地した時だった。

リーゼの首に掛けられた青い宝玉が、月明かりに照らされてキラリと輝いた。


「んん?その首飾りは……」


魔物は召喚石のペンダントを見て声を漏らした。


「お前、もしかして、あの男の娘か?」


「え?」


突然投げかけられた意外な言葉に、リーゼは思わず足を止めた。


「やっぱりそうか。そういえば魔力の匂いもよく似てるぜ」


「お父さんを知ってるの?」


意味ありげに含み笑いをする鬼を、訝しげな顔で見つめるリーゼ。


「ああ。お前と同じ首飾りをした白髪の男。ココに来る途中で出くわしたんだが、どうやらオレを倒すつもりだったらしい。馬鹿なヤツだ。まあ、ニンゲンにしては強かったぜ。この目は奴に潰されたんだ」


そう言いながら自らの左目を指さす。


「しかし、所詮はニンゲンだ。オレに勝てるわけがねぇ。頭を潰して、ハラワタを喰らってやったさ。グヘヘヘヘッ!」


悪魔のように顔を歪めて笑う赤い魔物。


「――お、とう……さん……」


今にも消えてしまいそうなか細い声で呟いたリーゼは、糸が切れた操り人形のように、がっくりと膝をついた。その瞳は絶望に染まっていた。


「親子揃ってオレの贄となれるんだぜ、光栄だろう?グヘヘヘヘッ!」


卑しい笑い声を広場中に轟かせながら、魔物は一歩ずつリーゼに近づいていく。


大切な人を失ったときの絶望感を、俺は知っている。

リーゼは戻ってこない父親を捜すために、貴重な召喚石を迷わず使った。

それは彼女にとって父親が何よりも大切な存在だからだ。

今のリーゼに立ち上がる気力は残っていないだろう。


目の前にいる凄愴な少女が殺される様を、ただ何もせず傍観するのか?

あの時と同じだ。すぐ傍にいるのに俺は何もできなかった。

隣にいた大切な人を守れなかったあの時と同じ……



――いや、違う!

今度は守って見せる。

あんな想いをするくらいなら、死んだ方がマシだ。


刹那、胸の奥深くにあった何かが、音を立てて崩れ落ちたような気がした。

身体が燃えるように熱い。

俺は地面を強く蹴りつけて、リーゼの元へ向かう。


「もう誰も、死なせはしない」


自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。




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