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第六話  海は遥か遠く

カーテンの隙間から漏れる朝日を浴びて目を覚ます。

予想はしていたが、昨夜はあまり眠れなかった。

これから海水浴だというのに睡眠不足は如何なものか……

とはいえこれも自業自得。

若干、タイミングは悪かったが、タクミには感謝している。


キョウコのことは大切に想っている――

でもそれは恋愛感情じゃない――

そのくせ他の誰かにキョウコを奪われたくない――

まったく、自分勝手な話だ。


大きくため息をついてから、ベッドから起き上がる。

カーテンを開けると、そこには抜けるような青空。

今日も暑くなりそうだ。


今の環境がとても居心地がいいから……ずっと今が続けばいいのに。

無意識のうちにそう思いながら今まで過ごしてきた。

でも、今が永遠に続くことはない。


高校卒業は大きな節目だ。

キョウコとの関係を真剣に考えるには丁度いい機会だろう。

とはいえ、今は受験に集中しないとな……

キョウコが合格して、俺が不合格なんて笑い話にもならない。


まだ眠気の残る眼をこすりながら一階へ向かう。

冷たい水で顔を洗うと、頭が軽くなって、気持ちもスッキリしてきた。

昨日からいろいろ考えてきたけれど、今日は『海デート』を楽しもう。

冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してコップに注いでいると母さんがやってきた。


「おはよう、アキト。早く起きたのね。もしかして、キョウコちゃんと海に行くのが楽しみで眠れなかったの?」


いやいや、遠足前の小学生かよ……


「おはよう。のどが渇いたから起きただけだよ」


朝っぱらから楽しそうな母さんに返事をして、コップの中身を一気に飲み干す。


「今日は海に行くんだから、朝ごはん、しっかり食べていきなさいね」


正直、あまり食欲はないけれど、栄養は摂取しておかないとな。

泳ぎは得意だし、体力も人並みにはあるが、運動不足であることは否めない。

泳いでる最中にへばったり、熱中症になっては困る。


「父さんが起きたら、一緒に食べるよ」


「わかったわ」


そう言って母さんはキッチンへ向かった。

それじゃ、新聞でも取りに行くかな……

朝食までの間、時間をつぶすために玄関先の郵便受けに向かう。

まだ早朝ということで、外の空気はひんやりとして心地良い。

朝日を浴びていると、少しずつ活力が湧いてくるようだ。

……よし、調子よくなってきた。

軽く柔軟体操をしてから、新聞を手に取る。

身体は軽いし、頭もスッキリしている。これでいつも通りだ。

俺は軽い足取りで家の中に戻った。



朝食を食べ終わってから約一時間後、荷物を持って玄関へ。


「母さん、行ってくるよ」


リビングにいる母に声をかける。


「あら、もう行くの? 少し早いんじゃない?」


玄関までやってきた母さんは不思議そうに言った。

待ち合わせをした場合、キョウコは必ず早めに来ている。

だから少し早めに出るくらいで丁度いい。


「キョウコを一人で待たせるより、俺が待つ方がいいだろ?」


「そっか、キョウコちゃんを家まで迎えに行くんじゃないのね。どこで待ち合わせ?」


「駅前のバス停」


「うんうん。女の子を待たせちゃいけないわ。早く行きなさい」


俺の答えに母さんは納得したような顔をして、ニッコリと微笑んだ。


「今日も暑くなりそうだから、気を付けるのよ」


「ああ、わかってる」


ひらひらと手を振る母さんに、片手をあげて応えてから、俺は家を出た。




バス停までの道をのんびり歩く。

早朝に比べると日が高くなり、気温も上がってきた。

日陰を歩かないと、うっすらと汗をかいてしまう。

そういえば、飲み物忘れてきたな。後で買うか……なんて考えながら交差点に差し掛かった時、見慣れた人物とバッタリ遭遇した。


「「あ……」」


お互い、「ここで会っちゃったか」という顔をして見つめ合う。

白いワンピースに麦わら帽子を被ったその少女は、俺の待ち合わせ相手、キョウコだった。


「おはよう、アキトくん。途中で会っちゃったね……」


キョウコは帽子を触りながら、はにかんだような笑顔を見せる。


「おはよう。図ったようなタイミグだな」


まさかここで出会ってしまうとは予想してなかったので、少し驚いた。

昨日からキョウコのことばかり考えていたから、意識してしまうかと思っていたけれど、意外と落ち着いている自分に安堵する。


「キョウコ、荷物持つよ」


「うん。ありがとう」


彼女が手に提げていた鞄を受け取り歩き始める。


「今日はいい天気で良かったね。海水浴日和だよ」


「そうだな。暑くなりそうだけど、雨が降るよりはいいよな」


「わたし、てるてる坊主作っちゃったよ。あはは、何年ぶりかな」


普段と同じ何気ない会話が、今日は少しだけ色鮮やかに感じる。

そのまま二人並んでバス停までの道を歩いた。





バス停について十数分後、俺たちが乗るバスが到着した。

車内は程よくエアコンが効いていて、火照った体に心地良い。

俺たちは後方の座席に腰を下ろす。

思っていたより乗客は少なく、座席は半分ほどが空席だった。


「あれ?あまり人が乗ってないね」


キョウコも同じことを考えていたようだ。


「これから増えていくんじゃないかな。海までまだ遠いからな」


「そうだね。一時間くらいかかるんだよね」


「ああ。バスの中は涼しくて快適だから、途中で寝ちゃいそうだ」


「あはは。寝過ごさないように気を付けないとね」


キョウコはどうだか知らないが、俺はバッチリ睡眠不足である。

一度寝てしまったら、なかなか起きないかもしれない。

まあ、二人そろって寝過ごしたっていうのも後々の笑い話というか、いい思い出になるかもしれないが。


「そうそう、今日のお弁当は、お母さんと一緒に作ったんだよ。自信作だから楽しみにしててね」


そう言ってキョウコは目を細めた。

最近、料理の腕がかなり上がったキョウコだが、まだユウコさんには及ばないようだ。

母さんとユウコさんが仲良くなったのは、料理という共通の趣味があったことが理由の一つらしい。

学生の頃は、よく一緒に料理をしていたそうだ。

キョウコとは年季が違う。


「それは楽しみだ。しっかり泳いで腹を減らさないといけないな」


「うんうん。たくさんあるから残さず食べてね」


そういえば、キョウコの鞄は予想以上に重かった。

かなり気合を入れて大容量の弁当を作ったんじゃないだろうか。

全部食べ切れるか不安だ……



バスは郊外を抜け、山沿いの道を進む。窓から外を見ると遠くに海が見える。

俺たちは外の景色を眺めながら、他愛のない話をして時間を過ごした。

ゆっくりと時が過ぎる中、突然俺の肩に何かが触れた。


「ん?」


ふと見れば、キョウコが俺にもたれ掛かって目を閉じていた。

微かに寝息も聞こえる。

これは熟睡だな……

考えてみれば、キョウコの寝顔を見るのも久しぶりかな。

幸せそうに眠る彼女の横顔を見ていると、頬が緩んでしまう。

なんだか、俺も眠くなってきたな……

スマホで時間を確認すると、海に到着するまであと三〇分以上かかる。

一人で起きていても退屈だし、少し寝るか。

念のため、スマホのアラームをセットしてから俺は目を閉じた。

睡眠不足の俺は、車内の快適な環境に誘われ、静かに眠りに落ちていく。

キョウコの体温を感じながら、沈むように深い眠りへと――




とても心地良い眠りだった。こんな穏やかな気持ちになったのは久方ぶりだ。

そんな俺の幸せな時間は、突如として終わりを告げた。

心臓がドクンと大きく脈打つと、急に鼓動が早くなる。呼吸が乱れ、少し悪寒もする。

なんだ……これは?

隣にいるキョウコは、気持ちよさそうに眠っている。

周囲を見渡しても、特におかしな様子はない。

さっきまでは、あんなに幸せな気分だったのに、一瞬にして世界が変わってしまったかのようだ。

バスに酔ったというレベルの症状じゃない。何か重篤な病気だろうか?

そう思った次の瞬間だった。

けたたましいブレーキ音と衝突音。そして激烈に身体を圧迫されたかと思うと、全身を貫くような衝撃を受け、俺は意識を失った――








目を開くと、そこには見知らぬ天井があった。

身体が思うように動かない。

あれ? この感覚は以前どこかで……


俺は何をしてたんだっけ?

……ああ、そうだ。バスに乗っていて、体調が悪くなって、大きな衝撃を――


もしかして、俺は()()死んだのか?

そして、また転生? ……はは。そんな馬鹿な話あってたまるか。


静かに瞳を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。

眠っていた脳細胞が、徐々に目覚めていく。

霞がかったような頭の中が、少しずつクリアになっていくような感覚――


あの時の音と衝撃、あれはきっと乗っていたバスが事故にあったのだろう。

ということは、ここは病院? 俺は怪我をして入院中ということか?


――!!!

そんな事はどうでもいい! キョウコは? キョウコは無事なのか?

身体中に走る激痛を完全に無視して、俺はベッドから強引に起き上がる。

しかし、思い通りに動かない身体は、無様に床へと落下した。

痛みなんて気にならない。自由に動かない自分の身体に苛立ちを覚える。


俺がベッドから落ちた音を聞きつけて、誰かが慌てて部屋に入ってきた。


「アキト! 目が覚めたのね。どうして床に……どこか痛むところは――」


部屋に入るなり、俺のところに駆け寄ってきた母さんの言葉を遮るように、その両肩を強く掴んだ。

そして、呼吸が乱れ、苦しいことすら忘れて叫んだ。


「母さん! キョウコは! キョウコはどこだ!?」


俺の言葉を聞いた母さんは、大きく目を見開いた後、静かに俯いた。

両手には無意識に力が入り、母さんの肩を締め付ける。


数秒の沈黙の後、母さんはゆっくりと顔を上げて、俺の目を真っすぐに見つめた。

その瞳から大粒の涙を流し、重い口を開く……


「……アキト。キョウコちゃんは……亡くなったわ……」



その言葉を聞いた瞬間、俺の世界は色を失った――






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