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第五話  夏休み、揺れる心

さらに月日は流れ――


楽しく充実した日々の中、俺は自分が異世界からの転生者だということを忘れ始めていた。

そして迎えた高校三年生の夏、俺の人生を大きく揺るがす事件が起きる――




夏休み前最後の授業を終え、俺は解放感を感じながら自宅までの道を歩いていた。

隣を歩く少女は、目を細めて大きく伸びをしながら、俺に視線を送る。


「うーん。明日から夏休みだねー」


「俺たち受験生だし、夏休みっていっても、嬉しさ半減だよな」


「それでも夏休みって言葉には心躍るよ」


高校生になって、少し大人っぽくなったキョウコは、いつものように無邪気な顔で笑った。

仮にも受験生たる俺たちに夏休みを楽しむ余裕はあまり無いのだが、キョウコの気持ちもよくわかる。


俺たちは同じ大学を受験する予定だが、今のキョウコの成績では合格できるかは微妙なところ。

あんなに勉強嫌いだった彼女が、勉強漬けの毎日を過ごすようになるなんて誰が想像しただろうか。


思えば高校受験の時も同じような状況だった。

正直、入学は難しいと思われた高校を受験すると決め、猛勉強の末に入試を突破したのである。

どうしてそんなに頑張れるのか、疑問に思った俺はキョウコに尋ねたことがある。

すると彼女は、ちょっと不思議そうな顔をして


「アキトくんと同じ学校に行くためだよ」


と答えた。まるで、『そんなの当然でしょ?』といった感じで。

いや、そんな理由で? と思ったけれど、俺は何も言えなかった。





数分後、キョウコの家に到着した。

別れの挨拶をして、歩き始めた俺をキョウコが呼び止める。


「前回の模試の結果、今週には届くよね?」


「ああ、そうだな」


彼女が言っているのは先日受けた全統模試のことだ。

その結果が数日後には届くことになっている。


「あのさ、もし、今回の成績が合格ラインをクリアしてたら……」


キョウコは少し言いよどんでから、上目遣いで言った。


「なにかご褒美が欲しいなぁ……」


キョウコがこんな事を言うなんて珍しいな。

予想外の言葉を聞いて少し驚いたけれど、特に断る理由もない。


「何か欲しいものがあるのか?」


俺の質問に、キョウコは何故か恥ずかしそうに答える。


「あのね、海に……行きたいの」


海?夏休みの海水浴なんて毎年恒例の行事だ。

去年も友人たちと数回、家族揃って一回行っている。

こんな頼み方しなくてもいい気がするけれど……


「海なら毎年行ってるじゃないか。あ、受験生が海に遊びに行くのは気が引けるってことか?たまには息抜きしたっていいと思うけど……」


訝し気な顔で話す俺に、キョウコは消え入りそうな声で言った。


「そうじゃなくて……あの……」


ためらうように一度下を向いてから、意を決したように俺の瞳を真っすぐ見つめて言葉を続ける。


「……ふ、二人で海に行きたい、な……」


その顔は真っ赤に染まっていた。


「二人だけで?」


「……駄目……かな?」


そういえば二人だけで海に行ったことはないな。

買い物とか映画なんかは行ってるけど。

俺たちも高校生だし、さすがに心配性の母さんでも反対はしないだろう。


「いいよ。行こう」


「絶対だよ!約束だからね!」


俺の返事を聞いた瞬間、キョウコは弾けるような笑顔で詰め寄ってきた。


「だけど模試の結果は大丈夫なのか?」


「そ、それは……分からないけど……」


なんだ、自信があるから提案してきたんじゃないのか。

キョウコらしいな……


「じゃ、結果分かったら連絡して。日時と場所はその時に決めよう」


「うん!」


まるでシッポを振って喜ぶ子犬のようなキョウコを見ていると、こっちまで笑顔になってしまう。

模試の結果なんか関係なく、海くらいいつでも付き合うのに……

もし合格ラインに届いてなかったら、プールにでも誘うかな。

そんなことを考えながら、自宅までの道をゆっくりと歩いた。




三日後、キョウコから連絡があり、俺たちは二人で海に行くことになった。

一週間後の朝、駅前のバス停で待ち合わせ。

場所は少し遠くにある海水浴場だ。

初めていく場所だが、彼女がどうして行きたいということで決定した。

キョウコは電話越しでもわかるほどソワソワしていた。




そして、海水浴の前日。

遅めの朝食を済ませた俺は明日の準備をしていた。

といっても水着とタオルと財布だけあればいいのか?

昼食はキョウコが弁当を作るって張り切ってたしな。

もう一度、場所の確認だけしておくか――

そう思って立ち上がったところで、一階から母さんの声がした。


「アキトー。タクミ君が来てるわよー」


タクミが家に来るのも久しぶりだな。

俺は急いで一階へ向かう。


「タクミ、元気そうだな。久しぶりにゲームでもしようぜ」


「いいのか?受験生はお勉強で忙しいんじゃないか?」


タクミは真っ黒に日焼けした顔で皮肉っぽく笑う。

家業を継ぐことになっているタクミは夏休みを満喫しているようだ。


「受験生だからって勉強ばかりしてるわけないだろ」


「いやいや。アキトなら四六時中勉強してても不思議じゃないね」


そんな会話を交わしながら、俺の部屋へ向かう。

タクミは早朝から釣りに行ってきたようで、釣った魚を持ってきてくれた。


「魚、ありがとな。母さんも喜んでたよ」


「珍しく大漁だったからな。受験終わったらまた一緒に……ん?なんだ、出かける予定だったのか?」


ベッドに置かれた荷物を見て、タクミが言った。

今から遊びに行くところだと思ったのだろう。


「ああ、これか。明日の準備だよ。キョウコと海に行くんだ」


「ほほぅ。余裕じゃないか受験生。遊びに行くなら俺も呼んでくれよ。受験生相手だとこっちからは誘いにくいんだよ」


最近あまり遊びに来ないのは、タクミなりに気を使ってのことらしい。

普段はいい加減なところもあるが、そういう気配りはできる奴だ。

本来ならタクミも誘うのだが、今回はキョウコと二人でという約束だからな。


「悪いな、タクミ。明日はキョウコと二人で海に行くことになってるんだ。お前とはまた後日……」


「なにっ!キョウコちゃんと二人きりで海に行くだと!?」


俺の言葉を最後まで聞くことなくタクミが声を上げた。


「お前たち、いつの間にそんな関係に……高校最後の夏休みに『ひと夏の思い出』をつくるのか。……くそっ!このリア充め!」


タクミは割と本気で悔しそうだ。

二人で海に行くぐらいで何を大げさな。

そんなに騒ぐことでもないだろうに……


「受験勉強の息抜きに遊びに行くだけだよ。そんなに特別なことでもないだろ?」


「……アキト。キョウコちゃんがどんだけモテるか知らないのか?彼女と二人きりで海デートなんて、お前の学校の男共が聞いたら泣いて悔しがるぞ」


キョウコが男女問わず人気があるのは知っている。

その容姿は身びいき分を差し引いても、美少女と形容して差し支えない。

性格もいいし、客観的に見てモテない理由がない。

しかし俺にとってキョウコは家族みたいなものだ。

特別な存在ではあるが、恋愛対象として見たことはない。


「そんなこと言われてもなー。キョウコは身内のようなものだし……」


俺の言葉を聞いたタクミは大きくため息をした後、珍しく真剣な顔で話し始めた。


「二人が兄妹のように育ってきたことは俺も知ってる。アキトがキョウコちゃんを家族のように大切にしてることも分かってる。でも、ずっと今の関係を続けられると思ってるのか?五年後も?十年後も?」


「…………」


俺は無言でタクミの言葉を聞いた。


「例えば、二人が別々の大学に進学したとする。キョウコちゃんには多くの男が寄ってくるだろう。今まではアキトが一緒にいたから近づいてこなかった連中もいたはずだ。そんな男達の誰かがキョウコちゃんのハートを射止めて、付き合うことになったら……お前はどう思う?素直におめでとうって言えるのか?」


タクミの言葉は、俺の胸の奥深くに突き刺さった。

キョウコが手の届かないところに行ってしまう……

そんなこと考えたことなかった。いや、違う。考えないようにしてたんだ。

いつまでも一緒にいられるわけじゃない。

ずっと一緒にいたいのであれば――


暫しの静寂の後、黙り込んでしまった俺を見かねたタクミが静かに口を開いた。


「まぁ、なんだ。いきなり変なこと言って悪かったな。受験生が恋とか愛とか語ってる場合じゃないよな。俺としてはお前たちの関係に、これ以上口出しするつもりはないよ」


小さく息を吐いてからタクミは続ける。


「でもさ、後悔のない選択をしろよ、アキト。俺はお前にもキョウコちゃんにも笑ってて欲しいんだ」


「ああ。ありがとう、タクミ……」


「はは。俺らしくないことを長々と語っちまったな。さて、少しゲームでもしようか」


タクミは照れたように笑いながら頭を掻いた。


それからしばらくゲームをして、タクミは帰っていった。

部屋の外に目をやると、空は雲一つない快晴。蝉の声がやけに鬱陶しい。

俺はタクミの言葉を思い出して、モヤモヤした気持ちでベッドに突っ伏した。


「俺はどうしたいんだろう……」


小さくつぶやいて、そのまま目を閉じた。




その日の夜は連日の熱帯夜のせいで、なかなか寝付けなかった。


誤字報告ありがとうございます。

修正いたしました。

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