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第四話  タコ焼きと小学生

月日は流れ、俺は十歳になった。



日本での生活にもすっかり慣れた俺は、小学生としての生活を満喫中だ。

いつからか日課となったラジオ体操の後、家族三人で朝食をとる。


「それじゃあ、いってきます」


「「いってらっしゃい」」


先に家を出る父さんを見送ってから、二階の自室へ戻り、登校の準備をする。

暫くしてリビングへ戻ると、そこには当然のようにキョウコがいた。

いつものように椅子に座ってテレビを見ている。

俺に気付いたキョウコが、その大きな瞳をこちらに向けた。


「おはよう! アキトくん」


「おはよう。いつも待たせて悪いな……」


今日も朝から元気いっぱいのキョウコ。

小学生になってからというもの彼女は毎朝、我が家まで俺を迎えに来ていた。

見事な皆勤賞である。


しばらくの間、二人で他愛のない話をしていたら、背後から母さんの声がした。


「二人とも、そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうわよ?」


「え? もうそんな時間?……それじゃ、行こうか」


いかんな。つい時間のことを忘れていたようだ。

俺たちは立ち上がり玄関へ向かう。


「そうだ。今日はタクミの家に遊びに行くから、帰るの遅くなるよ」


見送りに来た母さんにそう告げて家を出る。


「わかったわ。あまり遅くならないようにね」


「うん。いってきます」


「いってきまーす! 」


頭の上で大きく手を振るキョウコ。

笑顔で小さく手を振る母さんに見送られ、俺たちは通学路を歩き始めた。



朝の清々しい空気を感じながら、銀杏並木を歩く。

まるで深黄色の絨毯を敷きつめたようなその道は、朝日を浴びて美しく輝いていた。

時折、クルリと身体を回転させながら踊るように歩くキョウコ。


「そんなことしてたら、危ないぞ」


「大丈夫だよー」


キョウコは俺の言葉に笑顔で答える。


「そういえば、今日タクミくんの家に遊びに行くんだよね。わたしも行っていいかな?」


「ん? いいんじゃないかな。後でタクミに話しておくよ」


「やった! タクミくんの家に行くの、久しぶりだなぁ」


タクミは俺たちのクラスメイトで小学校入学時からの付き合いだ。

人懐っこい性格で誰とでも仲良くなれるタイプの少年だが、年齢の割に大人っぽいところがある。

俺たちは相性がいいようで、一緒に遊ぶことが多い。

キョウコを除けば、最も親しい友人と呼べる存在だ。


懸念していた通り、俺の身体能力が同級生より高いという状態は今も続いている。

具体的に言えば、現在一〇歳である俺の身体能力は中学生並みだ。

当然、同級生とスポーツをする場合には手加減をする必要がある。

この世界のスポーツはとても面白い。面白いのだが、全力を出せないとなるとその魅力は半減する。

結果として、俺は外で運動するよりも、屋内で時間を過ごす時間が多くなってしまった。

最初は読書ばかりしていたが、タクミと遊ぶようになってからは漫画や家庭用ゲーム機に興じる時間が増えた。

まったく、この世界の娯楽はレベルが高い。


漫画やゲームでは、ファンタジーと呼ばれるジャンルで魔法の存在が描かれている。

前世で魔法を使っていた俺としては、なんとも妙な感覚である。


それから魔王の存在も欠かせないものだ。

RPGのラスボス等として登場する魔王は、残虐で極悪非道、悪の化身という設定であることが多い。

人型から姿を変えて、異形の怪物になることも珍しくない。

念のため言っておくが、前世の俺は変身もしないし、殺戮を愉しんだこともない。


そもそもユグドラシアの魔族と人族の違いは、次の三点だけだ。


一つは、魔力が高く魔法の扱いに長けていること。

人族の優秀な魔導士と、魔族の平凡な魔導士がほぼ同レベルといったところだろうか。


それから、肌が青白いこと。

これには個人差があって、中には人族と見分けがつかない者も存在する。当然、角や牙はない。


そして、瘴気に対して耐性を持つことだ。

そうでなければ瘴気で満ちた魔大陸で生きることはできない。


俺から見れば魔族と人族の違いなんて、大したことではないと感じるのだが、人族からすればそうではないらしい。

だからこそ、二つの種族は長きにわたり争い続けているのだろう。

残念なことに、ユグドラシアよりも平和で豊かなこの世界でも人種差別は存在する。

自分と異なる者を畏怖したり、排斥しようとする行為は人間の性なのだろうか……





その日の放課後、俺とキョウコとタクミは三人一緒に学校を出た。

向かう先はタクミの自宅である。


「今日のテストどうだった?」


「……全然ダメだったよぅ。また、お母さんに怒られちゃう……」


タクミの問いかけに、キョウコは弱々しく返事をした。


「あはは。大丈夫だよ、キョウコちゃん! 俺もサッパリ出来なかったからね」


「それフォローになってないよ、タクミくん……」


「え? でもさ、赤信号もみんなで渡れば怖くないとか、悲しみも二人で分け合えば半分とか言わない? 」


「赤信号よりお母さんが怖いよ……」


漫才でもしている様な二人を微笑ましく眺めていると、キョウコは恨めしそうな視線を俺に向けた。


「もとはといえば、アキトくんが悪いんだよ! 」


「なんで俺なんだよ……」


「アキトくんがいつもテストでいい点ばかり取るから、お母さんが『キョウコもアキトくんを見習ってしっかり勉強しなさい』っていうんだよ!? だからアキトくんのせいなんだよー」


「そうだぞアキト。抜け駆けなんてズルいぞ」


頭を抱えながら理不尽なことを宣うキョウコと、楽しそうに悪ノリするタクミ。


「お前ら、俺にそんなこと言ってもいいのか? もう宿題みせてやんないぞ?」


「……そ、それは困るよ……ゴメンナサイ」


「くっ、脅迫なんて男らしくないぞアキト!……ゴメンナサイ」


「はっはっは。頭が高いぞお前たち! もっと俺を敬うがいい!」


せっかくだから俺も悪ノリしてみた。


俺にしてみれば、この世界の知識を得ることは知的好奇心を満たすためのものであって、勉強というより趣味や娯楽に近い感覚なのだが、普通の子供ではそういう訳にはいかないのだろう。

まあ、無理に勉強しろとは言わないけれど、せめて宿題くらいはやろうな……





「そういえばさ、新しいタコ焼き屋ができたの知ってる?」


しばらくわいわい騒ぎながら歩いていると、商店街の入り口でタクミが立ち止まり話題を変えた。


「あ、知ってる。昨日クラスの子が話してたよ」


「俺は初耳だ。この商店街にできたのか?」


この手の情報に疎い俺とは違い、さすがにキョウコは知っているようだ。


「商店街の奥の方って聞いたけど……今から行ってみない?」


そう言ってタクミは悪戯っぽく笑う。


「えー、学校の帰りに買い食いしちゃいけないんだよ。先生に怒られるよ?」


抗議の声を上げるキョウコ。しかしその瞳はキラキラ輝いていた。

タコ焼き、食べたいんだな……


「行ってみようぜ。赤信号に比べたら先生なんて怖くないさ」


「お、アキト! いいこと言うじゃないか。それじゃ、みんなで行ってみよー」


俺の同意を得て、完全にタコ焼きモードになったタクミは、右手を突き上げて声を上げた。


「えっ!? ホントにいくの?」


キョウコは困ったような、嬉しいような、なんとも微妙な表情を見せる。


「あれ? キョウコちゃんは行かないの?」


ちょっと大袈裟に驚いたふりをするタクミ。

俺もそれに便乗する。


「そうか。無理強いも良くないし、二人で行くか……」


タクミの肩に手を乗せて、商店街の入り口へと歩き始める。


「あっ! 待って! 待ってよー わたしも行くよー」


泣き出しそうな顔で追いかけてくるキョウコを、俺たちは笑顔で迎える。

そして三人の小学生は商店街の中を進んでいくのだった。



それから五分程で目的のタコ焼き店に到着したのだが、そこでタクミの口から驚愕の言葉が飛び出した。


「あ……俺、財布持ってなかった……」


何言ってんだコイツ。お前がタコ焼きって言い出したんだろ……

俺は小さくため息をつく。

すると今度は、可愛らしい財布を取り出して中身をのぞき込んでいたキョウコが


「……わたし、一〇〇円しかない……」


「「…………」」


キョウコ、お前もか……


もう一度ため息をついてから、俺は財布を取り出して、うつむき加減の二人に声を掛けた。


「お金なら持ってるよ。買ってくるから、ちょっと待ってて」


パッと顔を上げて、目を輝かせる小学生二人。

二人から向けられる期待の眼差しを背中に感じつつ、俺は八個入のタコ焼きを一船購入した。



商店街のベンチに座って三人仲良くタコ焼きを食べる。

芳しい香りが周囲に漂い、食欲をそそる。

みんなで大きなタコ焼きをハフハフいいながら夢中で食べた。

口の中を火傷しそうだったけれど、そこには笑顔が溢れていた。



いつもの日常、何気ない会話、こんな小さなことが楽しいなんて、かつての俺は知らなかった。

戦争もない、魔物もいない平和な世界で、大切な人たちと過ごす日々。

これが幸せってものなのだろうか。

戦うためだけに生きていたあの頃には決して得られなかったものだ。


いつの日かユグドラシアにも平和な時代が訪れるのだろうか。

俺はタコ焼きを頬張りながら、久しぶりにかつての故郷に思いを馳せていた。



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