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第二話  暗闇の先に

此処はどこだろうか……


真っ暗で何も見えない。音も聞こえない。身体も動かない。

しかし自らの鼓動だけは確かに感じる。

まるで漆黒の闇の中に自分だけが存在しているようだ。

苦痛はない。不安もない。むしろ穏やかな気持ちになる……



私はあの時死んだはずだ。であれば此処は死後の世界というものだろうか?

ユグドラシアでは死者の肉体は大地に還り、魂はマナとなって世界を廻ると云われているが……

わからない。それに今の私は真実を確かめる術を持たない。

それならば考えるだけ無駄というものか……

うむ、ではまた暫しの眠りにつくとしよう。

そして私の意識は再び深い闇に沈んでいった……









「ん……」


あれからどれ程の時間が経ったのか。

閉じた瞳に光を感じて意識を取り戻す。

何か音が聞こえる……話し声? 音声として認識はできるが内容は理解できない。

身体の感覚はある。手足は僅かに動かせるようだ。

現状を確かめるべく、両目を開こうと試みるが、光に慣れていない身体は瞼を動かすことを拒絶する。

早く状況を確認したい。焦る気持ちをなんとか抑えて、自分の瞳が光に順応するまでの時を待つ。



暫くして、ゆっくりと開いた瞳に映ったのは、私を見て微笑む女の顔だった。

人族の女? 年齢は二〇代半ばだろうか。美しい黒髪の女は慈愛に満ちた表情で私に何かを語り掛ける。

しかし私には彼女の言葉が理解できない。

私の知らない言語? いや、しかし魔族も人族も使っている言葉は同じ『ユグドラ語』のはずだ。

事実、先の戦いではアルスを含めた人族との会話は問題なく成立していた。


言葉は理解できないが、少なくとも目の前の女は、私に対して敵意は持っていないように見える。

むしろ好意、いや愛情といってもいい感情を私に向けているようにすら思えた。

そんなことを考えていると、黒髪の女は突然私に向けて両手を伸ばし、その細腕で私を軽々と抱き上げた。


なんだと! 私は平均的な人族よりも上背があり、筋肉質故に相当の重さのはずだ。

それをこんなに軽々と持ち上げるだと? この女とんでもない怪力の持ち主なのか……ん?

よく見ればこの女、私より体が大きい? いや身長が高いとか、そういう次元ではなく、私より数倍の大きさがあるように見受けられる。


まさか巨人族? しかし巨人族は遥か昔に滅んだとされているが、生き残りがいたのか?

仮に巨人族だとして、なぜ私は巨人族のところにいるんだ?

いや、それ以前に私はあの戦いで、死んだのではないのか?


現状の理解が全くできず、混乱状態の私を巨人族(?)の女は胸元に抱き、笑顔で何かを語り掛ける。

せめて言葉が通じれば……そう思い咄嗟に言葉を発しようとしたのだが――


「あー……。 だぁー……」


私の口は思い通りに言葉を紡ぐことができない。

なんだ? どうなっている?

私の混乱状態は加速度的に進行する。


そんな私の耳に今度は男の声が聞こえた。

声のする方を向こうと試みるも、首を上手く動かせない。

身体は満足に動かせず、言葉を発することすら覚束ない。先の戦闘で受けたダメージの影響だろうか。

不自由な自分の身体に苛立ちを覚える。


そんな私の感情などお構いなしに、近づいてきた男は少しぎこちない笑顔を浮かべながら、私を抱きかかえて歩き始めた。

黒髪短髪の男は、女よりも背が高く、外見の若さとは裏腹に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

何の抵抗もできない私はもどかしさを募らせていく。


ここは魔法を使って牽制しておくべきか……

いや、こちらに敵意を向けていない相手を無駄に刺激すべきではない。

その時、違和感を覚えた。

……? 

これは……魔力が枯渇している!?

本来、私の身体を満たしているはずの魔力が全く感じられない。

消耗しているのではない。ゼロなのだ。こんなことは初めての経験だ。

魔力がなければ当然、魔法は使えない。

最大の武器である魔法が使えないという事実に、焦りを覚える。


消費した魔力は時間の経過とともに回復していく。

魔力回復速度には個人差があり、魔王たる私の回復速度は常人のそれを凌駕する。

当然これまでに、私の身体から魔力が枯渇するということは一度もなかった。

目覚めてからこれだけの時間が経過しているにもかかわらず、魔力は全く回復していない。


原因として最初に考えられるのは、私の身体に何らかの異変が起きたということ。

身体を動かせないほどの負傷をしたのであれば、その影響でという可能性もある。

あるいは何らかの方法で魔力を封じられているのかもしれない。


そして、次に考えられる可能性は、……周囲にマナが存在しないということだ。

マナがなければ魔力は回復しない。

マナは不可視のものであるが、その存在を感じることはできる。

私は目を閉じて、マナの存在を感知すべく意識を研ぎ澄ます。


「………」


どれ程集中しても、何度繰り返しても、マナを感知することはできなかった。

ここにはマナが存在しない?

ユグドラシアでは、場所によってマナの濃度に差があることはあっても、マナが存在しない場所は無いとされている。

ではここはユグドラシアではないとでもいうのか?

そんなことがあるはず……


その時、私の目に信じられない光景が飛び込んできた。

窓際まで歩を進めた男の腕の中で、私が見たものは外の世界。

天を衝く塔のような高さの建造物がいくつも立ち並ぶ、ユグドラシアではあり得ない街並みであった。


疑念が確信へと変わっていく。ここはユグドラシアではない……異世界であると。





数日後――


ここはユグドラシアではない。それは認めよう。

しかし、しかしである。

そんなことは些細な事だと思えてしまうほどの事実を私は知ってしまった。

なんと私の身体は赤子になっていた。それも人族の赤子だ。

そして巨人族と思っていた男女がこの私の両親であるようだ。

さすがにこれは信じ難い……


現在の状況を整理すると、『私はユグドラシアで死亡後、異世界にて人族の子供として生まれ変わった』と推測される。しかも前世の記憶を持ったままで。

――悪い夢でも見ているようだ。




しばしの現実逃避の後、これからの方針について考える。

まだ情報不足ではあるが、現時点で生命の危機に瀕しているわけではない。

むしろかなり安全な環境にいるように思われる。

何故このような状況になってしまったのかは不明だが、今は生きることが最優先だ。


前世が魔族であったことを悟られないこと。

周囲に溶け込み、目立たないこと。

身の安全を確保すること。

この世界の情報を集めること。

当面はこれらに気を付けながら過ごすことにしよう。


衝撃的な事実に眩暈を覚えながらも、私はこの世界で生きていくことを決意するのだった。






それから半年ほど経ち――


私はこの世界の言葉を理解できるようになった。まだ喋ることはできないが。

ここは日本という国で、やはり魔法は存在しないようだ。


魔法はないが、この世界の文明レベルは非常に高い。

それを可能としているのが科学技術というものらしい。

この部屋にある家具や調度品も見たことのないものばかりだ。

映像を映し出す黒い石板状のものや、謎の力でゴミを集める掃除道具など不思議なもので溢れている。


「アキト? どこにいるの? 」


隣の部屋から母の声が聞こえた。アキトというのは日本での私の名前だ。

ようやく身体を動かせるようになった私は、情報収集のため家の中を動き回るようになっていた。

まだ二足歩行はできないので、這って歩くことになるのだが……


「アキト、こんなところにいたのね。目を離すとすぐにいなくなるんだから……」


自動で洗濯をしてくれるという、便利な箱型装置の前に座り込んでいた私を見つけた母は、困ったような笑顔で私を見つめる。そして私は母に抱き上げられ、そのままベッドに連れ戻されてしまった。


「生まれたばかりの頃は、全然泣かないからって心配してたのに。ハイハイできるようになったら急に元気になって。困ったものだわ……」


「ははは。いいじゃないか、男の子なんだし。元気過ぎるくらいで丁度いいんだよ」


「そんなこと言って……アキトが大ケガしちゃったらどうするの?」


「大丈夫だよ。アキトは賢い子だからね。なぁ、アキト?」


不安げな顔の母を尻目に、俺を抱き上げて語り掛ける父。


「確かに、アキトは賢いけど……それに目元はあなたそっくりで、ちょっとドキドキしちゃうわ」


「いやいや、口元はお前に似てるよ。将来は笑顔の似合う好青年になるな」


「そのうち可愛い彼女を連れて来るわ。あらあら、どうしましょう……」


「結婚式はどこでやるかなぁ? あ、いかん。挨拶の時、泣いてしまいそうだ……」


妄想の世界に旅立っていく父と母。

これが親バカというやつか。初めて見るが、なかなかに面白いものだ……


心配性の母と、楽観的な父。私としてはもう少し自由に行動させてほしいところだ。

情報収集と称しているが、実際のところは好奇心といった方が適切かもしれない。

ユグドラシアとは全く違うこの世界に私は興味津々だ。

異世界に来たという驚きも、人族として生きていくことへの不安も、今では過去のものだ。

私はこの世界をもっと知りたいし、触れてみたい。


まだ始まったばかりの新しい人生に、私は小さな希望を抱き始めていた。 


しばらくは日本での生活を描くことになります。

異世界編は第八話からです。

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