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第一話  魔王vs勇者

創世六神と呼ばれる神々の手によって創られた世界、『ユグドラシア』

地上を満たすマナの恩恵により魔力を得た人間たちは、魔法という奇跡の力を手に入れた。


世界の中央に位置する魔大陸。魔族が暮らすその大地は瘴気に侵され、生物が生きていくにはあまりに過酷な土地であった。

そして魔大陸の東西南北に位置する四つの大陸。人族の住むその地は、豊かな自然に恵まれた美しい世界であった。


安住の地を求め人族の世界に侵攻する魔族。

魔族の存在を畏怖し共存を拒む人族。

相容れない二つの種族による争いは次第に激化し、人魔大戦と呼ばれる大きな戦争が繰り返されてきた。

二千年以上にわたり繰り返されてきた人魔大戦。

もはや何度目かすら分からないその戦いは、歴代最強と呼ばれる魔王を擁する魔族が優勢であった。

劣勢を覆すべく、人族は魔族本陣への奇襲作戦を敢行する。精鋭部隊による魔王討伐が目的である。

ここに人魔大戦の行方を左右する戦いが始まった――





高速で移動しながら激しくぶつかり合う二つの人影、強大な魔力を纏った彼らが激突するたび大気が震え、大地に亀裂が走る。

魔族が本陣を置くメネシス島にて、人族と魔族による壮絶な戦いが繰り広げられていた。

炎上する砦、屍となった戦士たち。死地と化したその地にて鎬を削る二人の男。


燃えるような赤い髪、黄金の鎧を身に纏い、輝く聖剣を手にした男は『暁の聖騎士アルス』

人族最強の戦士である。


そして漆黒の髪、青白い肌と深紅の瞳を持つ魔族 『魔王ベルディア』

最強と称される魔族の王は鋭い眼光を相対する男に向ける。


拮抗しているように見える二人の戦いだが、肩で息をしているアルスに対して、呼吸の乱れもなく涼しい表情の魔王。このまま戦い続ければ、アルスが先に力尽きるのは明白であった。


切り札を切るタイミングを計るアルス。

敵に奥の手があると察知していながらも決着を急がない魔王。


それは魔王のプライドか、人族を侮っているが故の愚行か。

否、魔王ベルディアはアルスの戦闘能力に驚嘆していた。

彼との戦いの中で、今までに感じたことのない高揚感を得ていたのである。

それは絶対的な力を持ち、敵を圧倒してきた魔王にとって初めての感覚であった。




*****




この男と戦い始めてどれほどの時が経ったのだろうか……

純粋に戦闘能力を比べれば私が遥かに上回っている。

しかし聖剣を持った戦士は私の攻撃に見事な対応をしてみせる。

致命傷は決して受けず、的確に反撃してくる。

私にとって戦いとは敵を圧倒し、殲滅するだけの作業のようなものであった。

戦闘という行為に感情の昂りを覚える日が来るとは考えたこともなかった……



聖剣による攻撃を魔力で強化した右手で捌き、距離をとる。

そこて私は動きを止めた。

私の動きを警戒したのか、赤髪の男もその場で身構える。


「人族の戦士よ。貴様の名は?」


私の問いに対し、男は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに元の精悍な顔つきとなり叫ぶ。


「我が名はアルス。暁の聖騎士にして、魔王を滅する者だ!」


「アルス。その名、覚えておこう。だが、私を倒す?本当にできると思っているのか?」


暫しの沈黙の後、アルスは答えた。


「無論だ!」


その言葉を発すると同時に、アルスの鎧が眩い光を放ち、聖剣から膨大な魔力が放出される。

ここで奥の手を出してきたか……

あの鎧は魔力を爆発的に上昇させる能力を持つようだが、その効果が尋常ではない。おそらくは相当の代償を払う必要があるだろう。

長時間の使用は不可能と考えられる。

防御に専念し時間を稼いでいれば、奴は力尽きる。

しかし、その必要は……ない!


聖剣を構えたアルスが光のごとき速さで突撃してくる。

速い! 先ほどまでとは別人のような動きだ。

聖剣の間合いに入る刹那、私は魔力を開放して自らを強化する。

そしてアルス渾身の一撃を両手で真正面から受け止めた。

極限の力がぶつかり合い、魔力が火花のように激しく飛び散る。

今までに感じたことのない圧倒的なプレッシャー。足元の大地がその圧力に悲鳴を上げる。

これが暁の聖騎士アルス、全身全霊の攻撃。しかしそれでも私には届かない。


苦悶の表情を浮かべるアルス。その口元から鮮血が流れる。

身体には相当な負荷がかかっているのだろう。


「見事な一撃だアルスよ。しかし貴様では私を倒せない」


私の言葉に対して、アルスは微かに口元を緩めた。


「……悔しいが、俺の聖剣で魔王を倒すことはできないようだ。だが、例え俺がここで倒れるとしても……勝つのは俺たちだ!」


どういう意味だ……人族にアルス以上の戦士がいるとでも?それともこの場に伏兵が?

いや、この私の魔眼から逃れることなど不可能だ。伏兵などいるはずがない。

そう考えながらも、魔眼で周囲の魔力を探る。

やはり誰もない。私の注意を逸らすための小細工か……いや、違う!

後方三〇メートル程のところに僅かに魔力の揺らぎを感知した。

これは隠匿魔法か。アルスとの戦いに集中していたとはいえ、私の魔眼から身を隠すとは……

あの場には相当の使い手が潜んでいるようだ。


伏兵の存在を感知した瞬間、私は右手一本でアルスの攻撃を抑え、左手で後方に潜む敵に向けて魔法を放つ。

隠匿魔法が解除され、そこから二人の人族が姿を現した。


一人は濃緑のローブを身に着け、強大な魔力を放つ魔杖を手にした壮年の男。

私の攻撃を受け鮮血を流しながらも、その碧眼は私を真っすぐに見据えていた。

溢れ出す魔力の強さと質の高さは、男が高位の魔導士であることを誇示しているかのようだ。

隠匿魔法の使い手はあの男か……


さらに濃緑の魔導士の後方には、純白のローブに身を包んだ少女が佇む。

金色の刺繍が施された美しいローブから、彼女が高貴な身であることがうかがえる。

美しい金髪をなびかせながら目を閉じ、何かをつぶやいている様は、まるで神に祈りを捧げているかのようだ。


あれは呪文の詠唱か? 現代魔法に詠唱を必要とするものは少ない。

あるとすれば特殊な魔法か、あるいは封印されし古の魔法……古代魔法。

いずれにしても、最も警戒すべきはあの女か。


少女の持つ神々しい王笏に膨大な魔力が収束していくのを感じながら、私は最優先で倒すべき相手を見据える。

左手に魔力を集め、詠唱中の少女に魔法を放とうとした瞬間、右手で抑えていたアルスの攻撃がその強さをさらに増大させた。


「くっ……!」


ここにきて予想外の攻撃を受け声が漏れる。

まだ余力を残していただと? いや、すでに限界のはずだ。


「貴様、死ぬつもりか?」


「俺の命一つで魔王を討てるのならば、安いものだ!」


聖剣を握りしめた男は満身創痍の身体でありながら、不敵に微笑んだ。

やむを得ん。まずはアルスから……

急遽予定を変更し、目の前の障害を先に排除することを決断した私の身に異変が起きる。

不可視の強烈な力で大地に押さえつけられるような感覚。

身体が軋み、足元に小さなクレーターができる。

これは……重力魔法? しかもその威力は半端なものではない。

背後に目をやると、濃緑の魔導士が片膝を地につけながらも、魔杖を私に向け魔法を行使していた。


アルス捨て身の攻撃と、魔導士からの重力魔法を同時に受けたこの状態では、さすがに身動きが取れない。

本来ならば攻撃に使うはずであった左手も使い、聖剣による攻撃を受け止める。

このままでは不味い。何とかして現状を打破しなくては……


敵の攻撃に耐えながら思考を巡らせ始めてから数秒、打開策を見い出せないまま時間だけが無情にも過ぎていく。


そしてその時が訪れた。金髪の少女は閉じていた瞳を静かに開き最後の言葉を紡ぐ。


「――神の名のもとに、すべてを浄化せよ! ジャッジメント・ホーリークロス!」


少女の言葉に天が応じるかの如く、上空に光り輝く十字架が顕現する。

高密度の魔力が凝縮された光の十字架は、まるで神の裁きのように悠然とそして確実に私のもとに降りそそぐ。


痛みは感じない。恐れもない。

目が眩むような強烈な光の中、自らの身体が消滅していくのを感じる。

どうやら私はここまでのようだ……

最期の時を悟り、そっと目を閉じた。

敗北に対する悔しさも、ここで生涯を終えることへの無念も、今は無い。

これでもう戦わなくてもいい、戦いに明け暮れた日々から解放される。

その事実に安らぎさえも感じていた。


思い返せば、ただ戦うためだけに生きてきた。

もし私が勝ち続けていたとしたら、世界は変わったのだろうか。私は変われたのだろうか。

煌めく世界の中でそんなことを考えていた。


光の中から男の声が聞こえた。


「……魔王! 俺たちの勝ちだ……! 」


その言葉を聞き、微かな笑みを浮かべたところで私の意識は途絶えた。




最強と呼ばれた魔王は、三人の勇者によって討たれたのである。


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