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午前中のプールから帰って来た宗次は、頬杖をつきながら、ぼんやりとソーメンを箸で突っついた。
麺つゆの入ったお椀に、ソーメンをつけて食べていた母は一旦、箸を止めると、
「宗次、ちゃんと食べなさい」
と、目をつりあげた。
「毎日、毎日、ソーメンじゃなぁ・・・たまには、ラーメンでも食べたいよ」
宗次はわざと母親に聞こえるように呟いた。
「インスタントラーメンは身体に良くないのよ。それに夏と言ったら、ソーメンとスイカでしょ」
母の言い分に、宗次は怒りに任せてドンとテーブルを叩いた。
彼女は余裕の表情を見せ、鼻で笑うと、
「別に食べなくってもいいわよ。人間一食くらい抜いたって死なないから・・・ね、宗次」
「・・・う、わかった。食べるよ、食べりゃあいいんでしょ」
圧倒された宗次は姿勢を正すと、口を全開にあけソーメンをこれ見よがしに頬張った。
「私に勝とうだなんて百年、早いわよ」
そう言うと、母はクーラに備え付けた風鈴を遠い目をして見つめた。
続けて、
「あー、すっかり夏ね」
母が浸っているその隙に、一気に大皿を空にし、母の分のソーメンを食べ切ってしまった宗次は、
「ちょっと行ってくる」
と、再び外へ出ようと玄関へ駆けだした。
慌てて母が追ってくる。
「ちょっと宗次、私のソーメンは?」
「湯がけばいいだろ」
宗次は靴を履きながら、後ろに立つ母に言った。
「今日は・・・や・き・に・く・・・なのに、宗次君はいらないんだ・・・そっか、そっか」
母はそう呟いた。
「えっ!」
宗次の目が輝く。
「薄情者の息子には、大好きなインスタントラーメンを食べさせて、お父さんと二人だけで、おいしく食べましょう。うん、それがいいわ。しくしく・・・」
宗次は母の話、途中で反転、台所へダッシュした。
「お母さま、ソーメン湯がきますね」
母は宗次の後姿を見ながら、にやりと笑った。
「くそー、焼き肉がウソだったなんて、すっかり騙された。おかげで遅刻だ」
宗次は独り言を喋りながら、狭い路地を抜け、自称近道の人の敷地内をショートカットし、一目散に走っている。
夏の陽光の照り返しで地面は温まり、上からも下からも蒸し状態になって、彼の全身からは止めどなく汗が流れていた。
宗次は50メートル先にある曲がり角を見つめると、
(よし、あそこの角まで、息をせずに行けたら今日の俺はラッキーだ)
宗次は自分にそう思い込ませると、ぐんぐんスピードをあげて走り、曲がり角へ向かう。
突然、角からお年寄りが乗った自転車が飛び出し、互いにぶつかる寸前で止まった。
びっくりして息を吸い込んでしまう。
宗次は顔をしかめながら、
(いやいや、あれは仕方なかったんだ。今度は10歩であの赤いレンガの家まで行けたらチャラだ)
今度は普通に歩いたら20歩ぐらいかかる距離に、ラッキー設定を変えた。
宗次は大股で一歩、二歩と歩き、最後の10歩目でジャンプして、赤レンガの家の端に到達する。
(よしよし、危ない所だった。今日の俺はラッキー!)
宗次は目標達成の喜びに、軽やかにステップを踏みだし、ガッツポーズをつくった。