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今日は学校のプールが清掃の為お休みなので、宗次はラジオ体操が終わると、すぐに廃屋の基地へ向かった。
台風は今朝のテレビの天気予報で、日本を大きく反れ、進路を変えた。
宗次の心配は杞憂に終わった。
台風一過の雲一つない青空、少しだけ涼しさを感じる。
路地脇にあるプランターの植物の葉や茎には、雨滴をのせ水々しい。
宗次はその世界を走る。
多量に雨水を吸い込んだ竹林に足をとられ、水が靴にしみ込んでくる。
視界に廃屋が見えると、陽光がより強く夏の日差しとなり、それまでの涼を一気に奪い去る。
秘密基地からは、湿り気とカビの独特な匂いがムンとたちこめていた。
宗次は、基地の中へ入る。
すると、奥の方でガタンという物音がした。
「誰かいるのか?」
彼は物音のした方に呼びかけるが返事はない。
そっと先へと進む。
外から、女の子が「おーい」と呼ぶ声がした。
「・・・・・・」
宗次はその声を無視し、廃屋の奥へと歩みを進める。
昨日、夏希、猛と喧嘩別れの原因の場所となった部屋の手前へ来ると、ドスッと人が転ぶ音がした。
(・・・ここに誰かいるぞ)
宗次は確信すると、秘密基地メンバーではない誰かがいるのかもとも思い、緊張する。
ゆっくりと忍び足で歩き、その部屋を覗き見た。
「実・・・お前」
部屋にいたのは、実で手に握り締められていたのは、あの雑誌だった。
「こ・・・こ、これは・・・その」
と、実はしどろもどろになりながら、懸命に弁明しようとする。
「まぁ、いいや」
と、宗次は雨漏れした床をポロ雑巾で拭い、その場に座った。
「男だもんな」
宗次は優しい口調で言う。
「・・・そのう」
実は恐縮する。
「興味があって当然だ」
宗次は一人頷き、納得する。
「・・・・・・」
「そうだ。ちょっと、俺にも見せて」
宗次は実の手から、エロ雑誌を取ると、パラパラとページをめくった。
次の瞬間、
【初めに戻る】
「きゃっ、いや、不潔!」
と、廃屋の一室で叫び声があがった。
声の主は鹿島綾子であった。
外で聞こえた「おーい」と呼ぶ声は彼女だったのだ。
「なんで、お前がこんなところにいるんだよ」
宗次は突然の綾子襲来に驚いた。
「とんでもないスケベ男ねっ、この変態!いたいけな実君にこんな変態雑誌を見せて」
罵る綾子に、
「なんでいるんだよ!」
宗次は声を荒げた。
「・・・・・・」
恐縮する実。
「夏希君の後ろをつけてきたのよ。また、あなた達が悪さをしないかってね。そしたら案の定、実君を悪の道に連れ込もうとしていたわ」
綾子は宗次を威嚇し睨んだ。
「なんだ。それ!」
負けじと、宗次も睨み返す。
二人が敵対心をむき出しにしていると、夏希と猛がやって来る。
「げっ!鹿島綾子」
猛は彼女の顔を見るなり絶句した。
「なによ、三バカトリオ!ついに揃ったわね」
綾子は、宗次の後に夏希、猛と順番に睨んだ。
(どういうことだよ)
夏希は宗次に口を動かしながら尋ねる。
(知るかよ)
と、宗次は返した。
「そこ、何やってるの!」
綾子は視線で二人を黙殺する。
それから、
「はぁー」
と、深い溜息をつき、急に優しい表情をつくって、ゆっくりと実の元へ歩いた。
「大丈夫だった実君。怖かったでしょう」
綾子は実に静かに落ち着いて言う。
実は恥ずかしいやら何やらで、身体を小刻みに震わしながら泣いていた。
彼女は、ますます勘違いし、
「もう、私が来たから大丈夫、あの変態男達を懲らしめてやるからね」
綾子は実の肩をぽんと叩く。
「・・・・・・」
宗次は言葉も出ない。
「えっぐ・・えっぐ、ち・・・ち・・・ちが」
実は懸命に言おうとするが、涙声で言葉が声にならない。
綾子は実の姿に大げさに首を振りって、
「何も言わないで、分かっているわ。さっ、一刻も早く悪の巣窟から逃げましょう」
と、実の手をとった。
「悪の巣窟だって」
夏希は呟いた。
「なぁ」
と、猛は頷く。
「さっ、行きましょう」
綾子は強引に実を引っ張ろうとするが、彼は踏ん張って抵抗した。
「・・・どうしたの?」
綾子は両手で実の左手を掴み、ぐいっと引っ張った。
「ち、ち・・・ちが・・・」
実は力を入れて踏ん張る。
「さっ、帰ろう!」
綾子は語気を強め、強引に実を引っ張ろうとする。
「違うんだ!」
実は叫ぶと、綾子の手を振り払った。
【ここまで】
「・・・何?」
突然の事に一瞬、キョトンとなった綾子に、
「あの本は僕が見ていたんだ!」
実はとうとう大きな声で叫んだ。
「何?」
綾子は目をぱちくりさせた。
「そういうことだってよ」
夏希は笑いながら綾子に言った。
「・・・・・・」
長い沈黙の後、
「・・・何、何、何よ!何よーっ!どいつもこいつも!!」
綾子は地団駄を踏んで四人を睨んだ。
そして、
「この変態ども!覚えておきなさい!」
という捨て台詞を残し、綾子は足早に部屋から遁走した。
「宗次の言う通り台風が来たな」
猛はニヤリと笑い、エロ雑誌を拾い上げた。
「そういうこと」
夏希は実に向かって笑った。
「へへ、みんな、御免」
実の情けないうわずった声が発せられると、皆はどっと笑った。
その笑いの衝撃で、ミシッと部屋が軋み、三人は慌てて声を潜めた。
「じゃ、とりあえず。こいつは封印だな」
宗次は部屋の窓から思いっきりエロ雑誌を投げ捨てた。
「ま、俺たちの基地建設には邪魔だな」
と、夏希。
「残念だけど・・・な」
猛はエロ本が飛んでいった先の竹林を名残惜しそうに見つめる。
「うん」
実は切実に頷いた。
「さっ、俺たちの秘密基地建設の続きだ!」
宗次は高々と拳を上げた。
夏希、猛、実も拳を上げ、
「おう!」
と叫んだ。
四人は自分達の持ち場へ行き、汗だくになりながら作業をはじめた。
この時でしか、体験出来ない今を求めて・・・。
完
2001.09.09→2020.08.12.
お読みいただき、ありがとうございました。




