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夕食は嬉しいことに本当に焼き肉だった。
宗次満面の笑みの横で、会社から帰宅した父が鉄板奉行となって、彼の動きをじっと観察している。
「お肉いっただきっ!」
真っ先にお肉目掛けて箸を繰り出すと、
「待て、待て、待て!まだ焼けておらぬ」
「えーっ」
宗次は不満で頬を膨らます。
「あいや、しばらく、あっ、しばらく、しばらくーぅぅぅ」
父は歌舞伎調に言うと、首を一回転させ、大見得を切った。
「じゃ、焼けるまでの間、サービスよ」
母は陽炎お銀ばりに、チラリと生足を見せた。
「なんとも、よき眺めよ。絶景かな。さすがは越後屋」
父、今度は悪代官となる。
宗次はそんな二人の世界観を無視し、眼前の鉄板の肉に全神経を集中させた。
お肉の焼けるいい匂いが、部屋に充満する。
母は換気扇をまわしに台所へ向かう。
「お父さん、焦げちゃうよ」
「あいや、待たれぇぇい、宗次殿、殿中でござるぞ」
今度は忠臣蔵に変わる。
「よっ、日本一!」
母の掛け声がかかる。
宗次はいい加減うんざりして、父の制止を振り切って、とうとう肉を食べた。
「おのれれれぇい、このバカ息子、早いんじゃ」
父は椅子から立ち上がると、剣を振るう真似をし、取って返す刀で燕返しのポーズをとった。
巌流島の小次郎だ。
「おのれっ、宗次、宗次はまだかー!」
肉をがっつく宗次の耳元で父は叫ぶ。
どさくさに紛れて母も肉にありついていた。
「なっ、なんということだ」
父はその場に崩れ落ちる。
宗次は得意満面で、
「父上、破れたり!」
宗次は高級和牛肉の入っていた豪華な空のトレイを見せた。
口の中には、もごもごとお肉が入っていた。
「む、無念」
父は床を叩いて悔しがった。
悲しむ父の背中ごしに母はポンポンと肩を叩く。
「あなた、お肉あるよ」
と一切れのお肉を見せた。
「おお、おおお!」
父の顔に生気が戻った。
母はニッと笑うと、
「静まれ!静まれーぃぃ!頭が高い!控えおろう。ここにおわすのは先の肉将軍!天下の米沢の和牛肉々様なるぞ!者ども頭が高いひかえおろう」
父は肉に平伏した。
「勝手にしやがれ」
宗次はわき目もふらず、一気に焼き肉を食べてしまう。
部屋に戻ると、布団に横たわった。
風呂も入っていないのに、途端に眠気が襲ってくる。
ぼんやりとエロ雑誌のことを思い出し、家の親もあんなことするのかな、しそうだなと考えてしまう。
頭を振り、夏希、猛、実の顔を思い浮かべる。
「明日・・・なんとか・・・なるか・・・」
宗次は呟いたと同時に寝息をたてはじめた。




