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4

 夕食は嬉しいことに本当に焼き肉だった。

 宗次満面の笑みの横で、会社から帰宅した父が鉄板奉行となって、彼の動きをじっと観察している。


「お肉いっただきっ!」


 真っ先にお肉目掛けて箸を繰り出すと、


「待て、待て、待て!まだ焼けておらぬ」


「えーっ」


 宗次は不満で頬を膨らます。


「あいや、しばらく、あっ、しばらく、しばらくーぅぅぅ」


 父は歌舞伎調に言うと、首を一回転させ、大見得を切った。


「じゃ、焼けるまでの間、サービスよ」


 母は陽炎お銀ばりに、チラリと生足を見せた。


「なんとも、よき眺めよ。絶景かな。さすがは越後屋」


 父、今度は悪代官となる。

 宗次はそんな二人の世界観を無視し、眼前の鉄板の肉に全神経を集中させた。

 お肉の焼けるいい匂いが、部屋に充満する。

 母は換気扇をまわしに台所へ向かう。


「お父さん、焦げちゃうよ」


「あいや、待たれぇぇい、宗次殿、殿中でござるぞ」


 今度は忠臣蔵に変わる。


「よっ、日本一!」


 母の掛け声がかかる。

 宗次はいい加減うんざりして、父の制止を振り切って、とうとう肉を食べた。


「おのれれれぇい、このバカ息子、早いんじゃ」


 父は椅子から立ち上がると、剣を振るう真似をし、取って返す刀で燕返しのポーズをとった。

 巌流島の小次郎だ。


「おのれっ、宗次、宗次はまだかー!」


 肉をがっつく宗次の耳元で父は叫ぶ。

 どさくさに紛れて母も肉にありついていた。


「なっ、なんということだ」


 父はその場に崩れ落ちる。

 宗次は得意満面で、


「父上、破れたり!」


 宗次は高級和牛肉の入っていた豪華な空のトレイを見せた。

 口の中には、もごもごとお肉が入っていた。


「む、無念」


 父は床を叩いて悔しがった。

 悲しむ父の背中ごしに母はポンポンと肩を叩く。


「あなた、お肉あるよ」


 と一切れのお肉を見せた。


「おお、おおお!」


 父の顔に生気が戻った。

 母はニッと笑うと、


「静まれ!静まれーぃぃ!頭が高い!控えおろう。ここにおわすのは先の肉将軍!天下の米沢の和牛肉々様なるぞ!者ども頭が高いひかえおろう」


 父は肉に平伏した。


「勝手にしやがれ」


 宗次はわき目もふらず、一気に焼き肉を食べてしまう。



 部屋に戻ると、布団に横たわった。

 風呂も入っていないのに、途端に眠気が襲ってくる。

 ぼんやりとエロ雑誌のことを思い出し、家の親もあんなことするのかな、しそうだなと考えてしまう。

 頭を振り、夏希、猛、実の顔を思い浮かべる。


「明日・・・なんとか・・・なるか・・・」


 宗次は呟いたと同時に寝息をたてはじめた。



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