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宗次が家に着くと、同時に雨は見事に晴れ上がった。
彼の部屋の窓からは、再び広がった青空に、大きな虹のアーチがかかっていた。
「・・・どうしたものかな」
宗次は虹を横目で見ながら、ぼそりと呟き机に左腕で頬杖をつくと、右手の人差し指と中指でトントントンと机を叩き音を出す。
一旦、指を机から離すと、再び下校時に流れる「家路」のリズムを指先で強く叩いた。
しばらくすると、そのリズムに合わせて高音域の鼻歌が部屋向こうから聞こえだす。
その声は次第に大きくなって来る。
母が近づいてきたのだ。ノックもせずに扉を開けると、
「チャラーラー、チャラーラー」
と軽やかに踊り出した。
「明日、考えよ」
宗次はすくっと立ち上がると、母の存在を無視して外に出ようとする。
母は二回転ターンをすると、
「どうした悩める少年よ。母にすべてを打ち明けてごらん」
と言ったと同時に、ぴたっと宗次の目の前で止まり、片膝をつき右手で差し出してポーズを決める。
「・・・・・・」
宗次はそんな母を憐れむような表情をつくり、目を閉じるとドアを開けた。
「ちょっと、待ちなさい!マイサン、私の太陽、実はホントに今日は焼き肉なのよー」
舞台女優のようなハリのある大きな声で、語尾を必要以上に延ばした。
宗次は母を振り返ると、
「マジ?昨日みたいにウソじゃないよね」
期待半分、疑い半分の宗次は奇妙な表情を見せる。
「ほんとに、本当よー!」
母はブロードウェイ女優ばりに両手を大きく広げた。
「俺、うれしいぜーぇぃぃ」
宗次も負けずに、父が好きなハウンドドッグの大友康平の真似をした。
「じゃあ、ついでに悩みを打ち明けてごらん!」
と、今度はディズニー風のミュージカルみたいに節をつけて歌うように言った。
「それはいい」
宗次はとたんに冷め、部屋を出て行った。
パタンと扉が閉まると、
「・・・・・・」
部屋が静まり返る。
一人佇む母の、
「つれないのねー」
コブシを利かせた演歌調の歌声が、台所の冷蔵庫を開けて牛乳を飲む宗次の耳に聞こえた。




