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 この部分がエコなのです(笑)。

 もくもくとした入道雲が青々とした空を覆っている。

 その雲から半分だけギラギラ夏の太陽が顔を覗かせ、幾重もの眩しい陽光線が肉眼でも透き通って降臨しているのが見える。

 観察用の鉢に入った朝顔の花はすっかり萎え、花壇の向日葵たちは今が盛りだと元気に咲き誇っている。


 ミーン、ミーンと鳴く油蝉と、ワシワシ鳴く熊蝉のけたたましい鳴き声が、やかましくて残響が耳に残る。

 校庭では地面が熱され、陽炎がほんやり浮かんで、八月の盛夏を雄弁に語っていた。


 小学校の校庭脇にあるプールでは、子どもたちの元気で賑やかな声が聞こえていた。

 夏休みの真っ盛り、長身ですっかり日焼けした小五の田中宗次は、プールの端から駆けだすと、飛び込み台に飛び乗って、勢いそのままにジャンプする。

 くるっと空中で前転をし、頭から水面に飛び込むと、素早く横に泳ぎ、みんなが着水するスペースを空けてあげる。


 続いて日焼けの具合が少し足らない金崎夏希が飛び込む。

 さらに身長低く、一番に真っ黒に日焼けした江口猛が猛然と腹打ちで水面に激突する。

 着水地点にいて、次々と激しい水飛沫があがる度に、色白の顔を背けるのは、クラス一で勉強の出来る井出実だった。


 実が顔をしかめるのをよそに、三人は飽きることなく同じことを繰り返そうと、プールから上がると、飛び込み台に戻ろうとプールサイドを駆けだす。

 すると、ピッ、ピッ、ピーとつんざく笛の音が周りに響き渡った。

 瞬時に三人の身体が固まる。


 小プールから大プールへとやって来た監視員で、みんなの担任の池田先生だった。

 自慢の筋肉をふるわせ、大声で、


「田中、金崎、江口、プールサイドは走っちゃいかん!」


「はい!」


 三人は、先生の大声に弾かれ返事をする。


「それと、プールにはお前達以外にも、たくさんの友達がいるぞ。飛び込みは考えてからしろよ」


「はい!」


「よし」


 池田先生は頷くと再び小プールへ戻って行った。

 三人は先生が遠くまで行ったのを確認すると、互いに日焼けした顔を見合わせ、ニヤリと笑いプールサイドを早歩きで進み、飛び込み台の前にやって来る。


 宗次が勢いをつけて、飛び込もうとプール端へ振り返った時、正面から肩をドンと押され背中からプールに落とされた。

 宗次がプールから見上げると、色白のすらりとしたクラスメイト鹿島綾子が仁王立ちしていた。


「あなた達、先生から言われたでしょ。危ないから周りをよく見て飛び込みなさいって」


「・・・だって、なぁ」


 宗次はプールから二人を見て、同意を求めた。

 先生がいない時は、多少の事はしてもいい、これはみんなの暗黙の了解なのだ。

 二人も頷いて、宗次に賛成する。


「だろう」


 宗次は大きく頷いた。


「はぁー・・・」


 綾子は、わざと大きな溜息をつくと、


「だから、ガキなのよ」


「・・・・・・」


 三人は言い返せず、言葉を失った。


「とにかく、ルールは守ってよね」


 綾子は彼らに釘を刺すと、手を振る女友達の所へ颯爽と駆けて行った。

 猛は口を尖らせ、彼女を指さしながら、


「あいつも走ってるじゃん」


「・・・なぁ」


 と、宗次。


「ま、人のやってることは、よく見えるってことさ」


 夏希はぼそりと呟いた。


「なんだよ、それ」


 宗次が尋ねる。


「そういうことだよ」


 夏希は空を見上げながらとぼける。

 宗次と猛も夏希に倣い空を見上げたが、なんの変りばえしない夏の青空に、


「・・・・・・」


 三人は無言で顔を見合わせ笑った。



 午前中のプールから帰って来た宗次は、頬杖をつきながら、ぼんやりとソーメンを箸で突っついた。

 麺つゆの入ったお椀に、ソーメンをつけて食べていた母は一旦、箸を止めると、


「宗次、ちゃんと食べなさい」


 と、目をつりあげた。


「毎日、毎日、ソーメンじゃなぁ・・・たまには、ラーメンでも食べたいよ」


 宗次はわざと母親に聞こえるように呟いた。


「インスタントラーメンは身体に良くないのよ。それに夏と言ったら、ソーメンとスイカでしょ」


 母の言い分に、宗次は怒りに任せてドンとテーブルを叩いた。

 彼女は余裕の表情を見せ、鼻で笑うと、


「別に食べなくってもいいわよ。人間一食くらい抜いたって死なないから・・・ね、宗次」


「・・・う、わかった。食べるよ、食べりゃあいいんでしょ」


 圧倒された宗次は姿勢を正すと、口を全開にあけソーメンをこれ見よがしに頬張った。


「私に勝とうだなんて百年、早いわよ」


 そう言うと、母はクーラに備え付けた風鈴を遠い目をして見つめた。

 続けて、


「あー、すっかり夏ね」


 母が浸っているその隙に、一気に大皿を空にし、母の分のソーメンを食べ切ってしまった宗次は、


「ちょっと行ってくる」


 と、再び外へ出ようと玄関へ駆けだした。

 慌てて母が追ってくる。


「ちょっと宗次、私のソーメンは?」


「湯がけばいいだろ」


 宗次は靴を履きながら、後ろに立つ母に言った。


「今日は・・・や・き・に・く・・・なのに、宗次君はいらないんだ・・・そっか、そっか」


 母はそう呟いた。


「えっ!」


 宗次の目が輝く。

 

「薄情者の息子には、大好きなインスタントラーメンを食べさせて、お父さんと二人だけで、おいしく食べましょう。うん、それがいいわ。しくしく・・・」


 宗次は母の話、途中で反転、台所へダッシュした。


「お母さま、ソーメン湯がきますね」


 母は宗次の後姿を見ながら、にやりと笑った。


「くそー、焼き肉がウソだったなんて、すっかり騙された。おかげで遅刻だ」


 宗次は独り言を喋りながら、狭い路地を抜け、自称近道の人の敷地内をショートカットし、一目散に走っている。

 夏の陽光の照り返しで地面は温まり、上からも下からも蒸し状態になって、彼の全身からは止めどなく汗が流れていた。

 宗次は50メートル先にある曲がり角を見つめると、


(よし、あそこの角まで、息をせずに行けたら今日の俺はラッキーだ)


 宗次は自分にそう思い込ませると、ぐんぐんスピードをあげて走り、曲がり角へ向かう。

 突然、角からお年寄りが乗った自転車が飛び出し、互いにぶつかる寸前で止まった。

 びっくりして息を吸い込んでしまう。

 宗次は顔をしかめながら、


(いやいや、あれは仕方なかったんだ。今度は10歩であの赤いレンガの家まで行けたらチャラだ)


 今度は普通に歩いたら20歩ぐらいかかる距離に、ラッキー設定を変えた。

 宗次は大股で一歩、二歩と歩き、最後の10歩目でジャンプして、赤レンガの家の端に到達する。


(よしよし、危ない所だった。今日の俺はラッキー!)


 宗次は目標達成の喜びに、軽やかにステップを踏みだし、ガッツポーズをつくった。



 竹林をかきわけて、長竹が茂る薄暗い中をしばらく歩くと、光が差し込み開けた場所に出る。

 目の前には、昔は人が住んでいたであろうズタボロの二階建て廃屋が建っていた。

 夏希、猛、実はすでに来ていて、作業をはじめていた。


「遅いぞ、宗次」


 宗次の到着に、いち早く気づいた夏希が開口一番に言った。


「悪い、悪い」


 宗次は申し訳なさそうに、手刀をたて背をかがめながら、図面を広げて指示を出している実に近づいた。


「で、俺はなにをしたらいい?」


 実は、自作の廃屋の図面、二階部廊下を指さし、


「宗次君、ここの床が抜けているだろう。周りの竹を切り出してきて、廊下の幅50㎝に切りそろえて・・・」


「抜けた床を作るんだな、わかった」


 宗次は実の話が終わる前に、工具箱からのこぎりを取り出すと、駆けだして行く。

 それから次々と、力任せに竹を切っていく。

 汗だくになりながら、一心不乱に没頭し、遅れを取り戻そうとした矢先、


「うおーい!」


 と、猛の素っ頓狂な甲高い声が響いた。

 離れた所で作業をしていた宗次は皆から遅れて、廃屋の三人が固まっている一室に着いた。

 猛はニヤついた顔をしながら、


「こいつは、すげえぞ」


 と、宗次に色褪せた雑誌を見せた。


「うわっ、すげっ」


 宗次はゆっくりと雑誌に顔を近付け、まじまじと見た。

 若い女性の裸体写真がバーンと載っていた。


「・・・これって」


 宗次は二三度、首を振って雑誌を指指す。


 夏希は大きく頷き、


「そう、エロ本だよ。兄ちゃんが持っているのを見たことがあるから、間違いない」


「え・・・え、エ・・・ロ・・・本」


 実に明らかな動揺が見える。


「俺はじめて見た」


 宗次は深い溜息をついた。


「それだけじゃないんだぜ」


 猛はペラペラとページをめくった。

 すると、男と女が裸で抱き合っている姿があった。

 みんなにとって、それは衝撃的すぎるものだった。


 宗次の鼓動は高まり、胸が痛み、えもいわれぬ嫌悪感が込み上げてきた。


「・・・これ何やっているんだろう」


 かろうじて、宗次が言葉を発すると、

 夏希は得意気に、


「ほら、先生がなんかの授業で言っていただろ。赤ちゃんは、どうやって出来るかって・・・」


「アレか!」


 猛は(まなじり)を大きく開いて叫んだ。


「でもな・・・」


 宗次が言った瞬間、


「えんがちょ、エンガチョ!!!」


 実は半狂乱となって、叫びながら雑誌をほおり投げた。



 シミだらけの朽ち果てた壁にバンと雑誌がぶつかると、衝撃を受けた一部の壁が崩落する。

 漆喰の粉と埃を辺りに散らしながら、パラパラとページがめくれ雑誌はポトリと落ちた。


「おい、おい」


 夏希が呆れて、雑誌を取りに行こうとするのを、


「もういいよ」


 と、宗次は制した。


「まだ、最後まで見てないぜ」


 猛は口を尖らせて言う。

 

「俺たちの秘密基地を完成させるのが先だろう。でっかい台風が来るんだぞ」


 宗次は昼飯時に見たテレビのニュースの事を言い、すくっと立ち上がった。

 完全に固まってうずくまり、震え怯えていた実は、ゆっくりと宗次を見た。


「来ないよ。台風なんて、なぁ」


 夏希は猛に同意を求めた。


「いっつも、外れているじゃないか、なぁ、天気予報なんて、あてにならないさ、なぁ」


 猛も夏希に返す。

 宗次がそんな二人を睨むと、険悪な雰囲気が朽ち果てた部屋の中を包んだ。

 

「じゃあ、お前たちだけで見てろよ。実、行くぞ」


 宗次は実の肩を叩く。

 が、実は、


「・・・・・・」


 固まって、言葉はなかった。

呆けている実の手を無理矢理引っ張って立たせると、宗次は彼を引きずりながら外へ向かった。


「・・・・・・」


 夏希と猛は憮然とした表情で顔を見合わせる。



廃屋の外に出ると、視界にまたギラギラと強い日の光が差し込んだ。

 薄暗い廃屋から外へ出たので、宗次は眩しさに顔をしかめた。

 ほどなくして目が慣れる。


 切り取った竹の束の上に実を座らせ、宗次も腰を降ろすと、黴臭く湿った部屋ではない、新鮮な外の空気を思いっきり吸い込んだ。

 それから宗次は思いっきり伸びをする。


 しばらく宗次が竹藪の隙間から空を見上げていると、実の大きな溜息が聞こえた。

 宗次はそれがさっきの出来事を吐き出すかのような溜息に思えた。


「大丈夫か?」


 宗次は、実を見た。

 心なしか、いつもよりもさらに顔が青白く見える。


「う、うん」

 

 実の返しには元気がなかった。


「びっくりした?」


 宗次の言葉に、実はコクンと頷いた。


「そうか・・・実は、俺も」


 宗次はニヤリと笑うと、実はやつれたた笑いを返した。


「さてと・・・」


 宗次は立ち上がると、ズボンをはたいた。

 

「もう、一仕事しますか」


 そう言うと、彼は何故か意味もなく側転を三回した。

 その後、親指を立て実にポーズを決める。


「よしっ」


 宗次に促され、実はゆっくりと立ち上がる。

 すると、空からゴロゴロと重たい重低音が響いた。


「なんだ?」


「雷だよ!雨が来る!」


 それまでのピーカンの太陽が、あっという間に灰色の分厚い雲に覆われると、周りが薄暗くなった。

 雷鳴がピカッと一瞬、青白く辺りを照らすと、大きな落雷音がする。

やがて激しい雨が降り出した。


 慌てて、夏希、猛が廃屋から飛び出してきた。

 二人は宗次と実を見ることなく無視して駆けて行った。


「・・・」


 実は不安げな顔をして、去っていく二人の後姿を見ていた。

 宗次は彼の肩を叩く、


「今日は仕方ないさ。大丈夫、また仲直りするから。俺たちも家に帰ろうぜ。風邪をひいてしまう」


「う、うん」


 宗次が駆けだすと、実は一度廃屋を振り返り見つめ、彼を追って走った。


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