電子マネーカードチャージ機
近所のスーパーが電子マネーカードチャージ機を最新型に変えたので、さっそく使ってみた。
カードを所定の場所に置き、画面の指示に従ってタッチパネルを操作する。おお、入金額を指定できるようになっている。以前は入れたお札がそのまま入金されていたのに。お釣りも出るんですってよ奥さん。時代は進んでいくのだなぁ。私を置き去りにして。
とりあえず千円チャージを選択して実行する。画面に「チャージ中」と表示され、緑色のバーがジリジリと右に伸びていく。
『カードを離さないでください』
おぅ、しゃべった。今までは入金が終わった後に『シャリーン』という効果音が鳴るだけだったのに。時代は進んで(以下略)。
『カードを離さないでください』
再度チャージ機が声を上げる。一定時間が経つとしゃべるのだろうか。しかし結構時間が掛かるな。最新のくせに。
『その手を離さないでください』
……ん?
『繋いだ手を離さないでください』
えーっと? どういうことですか? 別に誰とも手なんか繋いでませんけど?
『強く、抱きしめてください』
画面に大きな文字で『HOLD ME TIGHT!!』と表示される。
何でだよ! 何ゆえに真昼間のスーパーでチャージ機を抱きしめねばならんのだ!
『強く強く抱きしめてください』
チャージ中の進捗を示す緑のバーが動きを止める。ヤロウ、抱きしめないと処理が進まないってか。くっそうマジか。しかしもう千円はチャージ機に入れてしまっている。オレは意を決してチャージ機の背に腕を回した。
『もっと強く!』
こっのヤロウ……! オレはチャージ機を抱く腕に力を込めた。恥ずかし! なんか色々恥ずかしい!
『赤くなっちゃって、カワイイ♪』
誰のせいじゃあぁぁぁーーーーーっ!!!
オレはチャージ機から手を離し、距離を取った。
『この刹那の幸せを心に抱いてください』
今までのやり取りのどこに幸せがあったんだよ。ただただ辱められただけだよ。
画面の『HOLD ME TIGHT!!』が消え、進捗バーが再び進みだした。よかった、あの恥ずかしい記憶は全くの無意味ではなかった。
『今宵あなたとバーニン・ナイト』
会計済んだらすぐさま帰るわ。ビールとつまみ買いに来ただけだわ。
『この夜が永遠になればいいのに』
現在午後三時ですけどね。
『独りの夜はこの温もりを思い出してください』
お断りだよ。むしろひんやりしとったわ。
『あの女と私とどっちを選ぶのか今ここで決めてください』
独り身だよ。絶賛ひとりぼっち記録更新中だよ。
『別のひとと間違えました』
言わなくていいわ。無駄に複雑な気分になるわ。
『でも、っていうことは、私にもチャンスがあるってことですよね?』
何のチャンスだよ。お前はいったい何を狙っているんだ。
『好きになっても、いいですか?』
よくねーよ。いい理由がねーよ。さっき自分で別の男の存在を暴露しただろうが。
『ちょっと何言ってるかわからないんですけど』
都合のいい耳をお持ちだな精密機械。
『……そう、ですよね。私みたいなソバカスだらけの女、好きになんてならないですよね』
さりげなく話題を逸らして被害者面をするな。ソバカスがどこにあるのかわからんが、そもそもの大前提として、お前はチャージ機だ。
『あれ? おかしいな? 涙なんて……ごめんなさい、迷惑ですよね?』
迷惑なのはこの小芝居を見せられ続けていることとチャージが終わらないことだよ。
『……すみません! 休憩入ります!』
休憩? ……あっ、また進捗バーが止まりやがった! ちょっと待て! 仕事しろ!
『おやおや、彼女を泣かせてしまいましたね?』
誰だ!? ってか、オレは一ミリも悪くねぇだろ!
『ここはひとつ、あなたの漢気を見せて彼女の心を取り戻しましょう』
取り戻しましょうってそもそも手に入れてないっていうかその必要がないっていうかオレはカードに千円チャージしたいだけなんだよ!
『もう千円チャージしていただくと、彼女は戻ってきますよ』
汚ねぇ商売! オレは千円チャージすれば充分なんだよ! こんなふざけたやり方に屈してたまるか!
『今なら最新機種導入キャンペーンとして、千円チャージしていただくと』
キャンペーン? ああ、千円チャージで百円分の電子マネープレゼント、とか?
『電子マネーの残高が千円増えます』
……普通じゃねぇか! なんにも得してねぇじゃねぇか!
『ささやかながら私のスマイルなど』
いらんわ! もういいからチャージしてくれ。なんなのこの何も生み出さない時間。
『……本当にそれでよろしいのですか?』
いいから早くチャージしろっつってんだろ! 何で電子マネーのチャージにわけのわからん選択を迫られねばならんのだ!
『……残念です』
ぷつん、と音がして、画面が暗転する。チャージ機が放っていたかすかな駆動音が消えた。どういうこと? もしかして壊れた? チャージは終わったの? 店員さーん!
結局カードに千円はチャージされておらず、チャージ機が千円を返してくれることもなかった。店員さんは平謝りでオレに千円を返してくれ、オレは現金でビールとつまみを買って帰った。チャージ機は電源を入れ直すと再起動したが、他の客にもあの調子だったらしく、クレームが殺到して店員さんがかわいそうだった。そして月日が経ち――
『カードを離さないでください』
今日もチャージ機は元気に働いている。当初こそクレームが殺到したものの、『そういうものだ』と理解した客が面白がって利用し、今ではこの店の名物として集客に一役買っている。普通にチャージしたい客は旧式のチャージ機を利用し、遊びたい客は新しい方を使うようだ。うまくチャージ機を誘導すればチャージに成功するらしく、チャージまでの時間を競うタイムアタックチャレンジが中高生の間で流行っているらしい。オレはもうアレを利用するのはごめんだけどな。
客に囲まれたチャージ機を横目に、オレは小さくつぶやいた。
「AIの進歩って、(無駄に)すごいよなぁ」




