アラクネ姉さんと徒党猿
木の上でウホウホ叫んでいた猿が地面に降り様を視界の端で捉えつつ、『蜘蛛の巣』を発動させる。
呼び寄せられるのか、呼び出されるのか、わかりませんからね。
今のところ反応は……あの若草色のもとい緑猿のみ。
さて、と零しながらあの猿から潰そうか迷っていると、『蜘蛛の巣』のパネルに赤い点が一つ追加される。
すぐさまその方向に目線を移すが敵の姿はない。
表示されてる位置に目線は合わせている。がその先には敵の姿はない。
ステルス系のスキルかと頭を過るが、熱源感知と魔力感知のアビリティで対策はしてあるので敵がいれば見えるはず。
それらに感知しないスキルの可能性もあり得ますが――。
その可能性も視野にいれどうしようかと悩んでいると、一瞬地面に影のようなモノが見え、私はすぐさまその場から離れる。それとほぼ同時に響く轟音。
案の定といいますか、私のいた場所に砂煙が舞い上がり、その中で拳を地面に突き立てた大猿の姿。
大猿はめり込んだ拳を引き抜くと胸を打ち鳴らして咆哮をあげる。
ビリビリ大気を揺らすような咆哮に、体に打ち付けるように響く重低音のドラミング。
ダメージなどはないようですが……大音量なのでうざったい。
そちらに気を取られてしまった私の視界は、赤い毛の猿が大きく腕を振りかぶってる姿に埋め尽くされる。そして、振りかぶった右腕の先には長く伸びた一本の爪。反射的に全力で体を右側に倒した
左耳に風切り音が響き、左肩にピリッとしたダメージを負う感覚
肩から入り込む異物感が腋へと抜ける感覚に、左腕の喪失感。
――これらが私を最大限に苛立たせた。
「こ、のっ! くそざるがぁぁっ!!」
私は焼き切れそうな苛立ちに思考が埋め尽くされ、半ば無意識で上げた叫び声ともに倒した上半身を全力で起こし、その勢いを乗せた右手の拳を赤毛猿の忌々しい横顔に叩き込んだ。
後先考なしに振り抜いた拳の先で、赤猿が地面を何度か跳ね、こちらに手を向けていた緑猿を巻き込んで転がっていく様が見た。
収まる気配がない苛立ちに突き動かされる形で追撃する。
重なり合って身動きが取れないのかまごついてる赤と緑の猿。
これは好都合とばかりに前脚で、二匹まとめ貫く。
この苛立ちが収まるまで、何度も何度も、執拗に、徹底的に。
「――シグちゃーん! ストップ! もぅ死んでるから!」
振り下ろそうとしていた前脚を止め、声が聞こえてきた方を横目で見ると、椿ちゃんが両手を突き出し「どーどー」と言いながら上下に動かしていました。
「落ち着いた? アタイの言葉通じる? てか、その脚こっちに振り下ろさないでよ?」
振り上げた前脚をその場に降ろし、ふーっと息を吐く。
「……落ち着いてますし。言葉もわかります」
「そ、そうかい? びっくりするぐらい荒ぶってたから、アイリちゃんがガクブルだよ?」
椿ちゃんの背後に身を隠し、肩越しにこちらを見つめるアイリちゃん。
小動物のように震える彼女の頭を優しく撫でる。
「すいません。ちょっとカッとなったようで。もう大丈夫ですよ」
と声をかけるとアイリちゃんはスルスルっと椿ちゃんの脇を抜け、私に抱き着いてきました。
「……ごめんなさい」
「ん? 何故謝るので?」
「私、このMOBの事知ってたのに黙ってて……」
「ああ、大方、そこの性悪雑草少女が黙ってろって言ったんでしょ?」
「……はい。シグさんにとっては初見だからネタバレしないようにって」
「ならアイリちゃんが謝る必要はないと思いますよ」
「でも! シグさんの腕が!」
「ああ、問題ないです。そこに転がってるクソ猿を捕食すれば再生しますから」
「でも!」
と言い募るアイリちゃん。
片や、雑草少女は頭の後ろに手を組んでニヤついてます。
この違いからでも両者の人間性が窺えますね。
そんな風に思いながらジト目を椿ちゃんに向ける。
「いやぁシグちゃんって、あんな風に声をあらげたりするんだねぇ。びっくりしたよ! でも流石だねっ! 初見殺しのゴリラアタックを耐え抜くんだから! しかもやり返してるし」
「……」
「…………だって初見のネタバレはタブーでしょ? それに死んでないしいいじゃんかよ~!。あと死を間近にして、生きてるって感じれてお得だったでしょ!?」
なにやら独自の価値観で開き直ってますが……この子は素でこれなんでしょうね。
胡散臭さが先立ってしましますが、椿ちゃんなりの気遣いだと思う事にしましょう。
なんとなくですが椿ちゃんは、やるなら自分の手でやるタイプでしょうから、これはちょっとしたテストだったのかもしれませんね。
椿ちゃん、私に対して妙な期待を持ってるようですから、この程度でやられるならお話にならない的な?
「「……」」
二人してジト目を送ると、後に転がる二匹の猿を指さしながら、あたふたする椿ちゃん。
「ほ、ほら! その! ほんとにヤバかったら何とかする気でいたし? あ、あれ! 見て! ちゃんと他の猿は始末してるし!?」
「……でもシグさんの腕が無くなっちゃいました」
とアイリちゃんが、私にしがみ付いたまま横目で睨むように椿ちゃんを見つめます。
「いやね? シグちゃんは猿食ったら生えるって言ってるんだから――」
「そういう問題じゃありません!」
「ええぇー」
「もう知りません!」
ぷいっと椿ちゃんから顔を背け、先程よりも強くしがみ付いてきます。
彼女を見下ろすと、チラッと見えてる頬が膨らんでいて可愛い事火の如しです!
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