夜中のアラクネ姉さん 3
「――そういえば。シグちゃんは冒険者登録はしてるのかい?」
墓地に向かう途中、椿ちゃんがそんな質問をしてきました。
「いえ。登録はまだしていません。私今日街に来たばっかりでして。話は聞いてはいるんですが。夜になったらなんかテンション上がっちゃいましてねぇ。先に狩りをしようかと」
「なるほどねー……ちょっと待って? この街に着たばっかりって事は、拠点はここじゃないの?」
「拠点もなにも街に来るのが初めて、ですので」
「へぇー……ん? この街に来るのが初めてって事だよね?」
「いいえ。街ってものに来るのがです」
「へ? え? シグちゃん……もしかしてノービスなの?」
どうしたんでしょうか。椿ちゃんが糸目を見開きこちらを凝視します。
目が開くとものすごく目つき悪いですね。この子。
「いやいや、目つきに関しては君に言われたくないよ! それよりも」
失礼な! 私のキリリとした可愛いおメメに何て言い草なんでしょうか!
この事は後でじっくり話すとして、今は私の状況説明をしましょう。
これから共に戦うのですから、私がこのゲームをどれくらいやってるのか、などの情報は共有すべきでしょうからね。
それから私は椿ちゃんに簡単ですがあれやこれやご説明しました。
で、それを聞き終えても椿ちゃんは開眼状態です。
「いやいやいや。ゲーム内時間で五日目? はぁ? であの動きできんの? 半身異形で? はぁ?」
「五日もあれば十分なのでは?」
「なにいってんの? 無理だからね? いやまぁ無理じゃないけども! それでもノービスでPKP瞬殺っておかしいから! いくら即死判定があろうとも!」
と喚く椿ちゃん。
出会ったばっかりですが、常に余裕を持ってるような感じの彼女が慌てると、何となく可愛く思えます。
「ねぇ? なんでニヤッとしてんの? 怖いよ? その顔」
「貴女に言われたくないですよっ! でそれよりも登録がどうかしたのですか?」
脱線した話を戻し、椿ちゃんに先ほどの登録云々の続きを促します。
「目つきについて、一度お互いちゃんと話すとして。冒険者登録してると報奨金が貰えるんだよ。プレイヤーはPKした時点でPK、このゲームじゃエネミープレイヤーってのになる。みんなエネミーとか略してるね。で、それになっちゃうと問答無用で賞金を懸けられるの。だから冒険者登録してると狩った時にお金貰えるよって話」
「へぇー。他にはどんな利点があるので?」
「他はねー」と椿ちゃんから冒険者の利点をいくつか教えてもらいました。
大まかな利点としてはクエストを受ける事ができる。
それをクリアしていくと貢献度ってのが上昇し、いろいろな恩恵が得られる。
そして、クエストは受けるだけではなく、発行もできるらしい。
あとは施設の利用とかそんなのでした。
「で、クエストはお金稼ぎにもってこいだね。あとマンハンターて呼ばれる主にPK――エネミー狩って賞金稼ぎしてる人もいるね。それと貢献度ってのがおいしい。これが上がっていくとその街のNPCからいろいろ貰えたり、店の値段が下がったりするんだ。あとレアスキル取れた、なんて話も聞くね」
「へー人の為になる事をすれば人から何か得られる、ですか」
「そそ。エネミーもアングラな利点があったりするんだよ? 主にお金稼ぎだけど」
ふーん。今のところそのエネミーとやらになる気はないので、どうでもいいですが。
「でしたら、先に登録したほうがお得ですねぇ」
「お? するならこの先にギルドあるから寄ってくかい?」
「それは好都合ですね……と言いたいですが。それを見越して登録の話をしたんでしょう?」
「にゃはは。わかる? 登録はまぁおまけみたいなもんだよ。本命はエネミーの情報収集さね」
確かにそれなら登録はおまけですね。
なんでも賞金首の情報掲示板があるらしく、どのエネミーがどのくらいの賞金か、などわかるそうです。
情報は武器ですから、知ってるって事は強いですよ。
「ま、エネミーのランキング表みたいなもんだよ。賞金が高額になれば上位ってな感じの」
「なるほど。で椿ちゃんはどのくらいだったので?」
「ん? アタイはそこまでつよかーないよ? それにPKやってた時はまだ人間だったしねぇ」
「それって、途中からアルラウネになった、てことですか?」
「そそ。ラミアにボッコボコにされちゃってね。それから時代は半身異形でしょ!? て思ったわけで。今ですたい」
それから椿ちゃんとおしゃべりしながらギルドに向かい、サクサクっと登録を済ませて当初の目的地、集合墓地に到着。
海外の墓地を彷彿とさせ、そして夜なだけあっていい雰囲気が出ています。
若干荒廃した感がいいですねぇ。
おや教会もあるんですか? ブラックドッグとかいないんですかねぇ。
あの教会はあとで探索しましょう。ああいう建物好きなんですよね。
しかも荒廃してるとかよだれ物ですよ!
そんな事を心のメモ帳に書き加えながら、椿ちゃんの案内で地下モルグに向かいます。
「ささ、ここが地下モルグだよ。意外と通路とか広いっしょ?」
ざっと見渡してみましたが、椿ちゃんの言う通り、通路が広いです。
私と彼女が並んでも余裕がありますね。
壁には窪みがあり、そこに人型の何かが横たわってます。
まぁご遺体なんでしょうが、布にくるまれているので、ぱっと見はそんな感じです。
適当に一体選んで布を剥いでみると。
「へー骨かと思いましたが……ミイラみたいですね」
そう言いながら椿ちゃんの方を見ると、なんとも言えない表情で私を見ていました。
「なんですか? その顔は」
「いや。ほら。なんつーかさぁ。アタイも人の事言えないけども……。それは女の子としてどーなのよって思う」
「だって本物じゃないですし。気になりません? 中身どうなってるのかなって」
「うんまぁ。気にはなるね。でも剥いでまで見たいとは思わないかな」
妙にリアルと言いますかホラー映画とかでよく見る様なミイラなので椿ちゃんの言い分もわかります。
ですが、気になると解決しないと気が済まない性分なのでこれは仕方ないです。
「そもそも、私程女の子してる存在はそういませんよ? 今年の春にJKになったばっかりのうら若き乙女ですよ!」
と胸を張って言い放ちます。
「ね? それはたわわを見せつけて煽ってるのかい? この慎ましい我がパイオツに対する当てつけ?」
「ん? 慎ましいと言いますが、うちの姉よりは大きいですよ? だからうちの可愛い姉に謝ってください」
「いやいや、シグちゃんのお姉ちゃんは関係なくね? てかJKはいいすぎでしょー」
「言い過ぎとはなんですか!? ちょっと前まではJCだったんですよ!?」
「いやいやいや。その顔では、無理があるでしょう」
「無理ぃ!? 失敬な!!」
「え? マジで言ってんの?」
「なんでみんな私がJKだ、と言うとそんな反応をするんですか!? 理不尽です!」
なんて騒いでいると、通路の奥から地面を何かで小突く音が聴こえてきました。
「おーきたきた」とその音のする方に指を指す椿ちゃん。
とりあえず私がJKである事もあとでじっくりお話しましょう。
ここに来るまでに、お互いどう動くかは決めてましたので、先ずはその通りに動くことにします。
最初は各々どういった戦い方をするのかを見せ合う事になってます。
因みに先手は椿ちゃん。
彼女が先手になった理由は出会った時に私の戦う姿を少し見たから、だそうです。
それを聞いて、一体どこから見てたんだと、ちょっと警戒してしまいました。
いやだって、あの時私はあの二人以外の存在を把握してなかったことになります。
蜘蛛の巣と振動感知、そして熱源感知。これらをすり抜けて椿ちゃんはあの場にいた事になるんですから。
これで彼女が敵だったらゾッとしますよ。
いつもサクッとやってる私が、逆にサクッとやられちゃうって事なんですからね。
この飄々としてるツインテ糸目ちゃん……やっぱり侮れませんよ。
そんな風に椿ちゃんの姿を見つつ、私達を歓迎してくれるモルグの住人たちの登場を待ちます。