夜中のアラクネ姉さん 2
薄暗い路地から場所を移し、椿ちゃんおススメのカフェに来ています。
「ここはねぇ、シグちゃん。半身異形種に合わせた席あって非常にいい感じなんだよ? マスターが半身異形フェチでちょっとした有名人さね」
壁につけられた長方形のテーブルに頬杖をつきながらニヤニヤする椿ちゃん。
「確かにこの作りなら、使い勝手がいいですね」
「でしょう? 普通のテーブルみたいに、真ん中に脚が付いてないから下を気にしなくてもいいし。高さもちょうどいい。でもシグちゃん距離が離れるのは痛いなぁ」
「それは仕方ないでしょう。お互い下半身が大きいのですから」
「せやなぁ。アタイは均等に幅があるけど、シグちゃんは後ろに幅があるからねぇ。あと脚が長いから横もあるよねぇ」
「蜘蛛ですからね。ところで椿ちゃん」
「んーなんだい?」
頬杖から、だらんと伸びきってしまってる椿ちゃん。
際どいドレスなので、いろいろチラ見えしそうでしなさそうな感じになってます。
それの所為か、さっきから注目を集めてるような気がするんですが……。
「んあー? あー。それはねぇ、シグちゃん。私達レア種族が揃ってお茶してるからだよ? アラクネもアルラウネもすんごい珍しいんだよ?」
と完全にだらけてる椿ちゃんはそう言いつつ、こちらを見てる人たちに手を振ってます。
「知り合いでもいましたか?」
「んにゃ。ただのファンサービス」
「やめてください。勘違い野郎が寄ってくるじゃないですか」
「そんときゃーそんときだお」
この子はきっと適当に生きてるタイプですね。
最初こそ警戒しましたが、不思議な魅力があって話してみると面白い方です。
そもそもこの人、あの時私を殺そうと思えば殺せたはずです。
完全に背後を取ってましたからね。しかも私は全く気付いてなかった。
PKなら、そんな隙を見逃すわけがないと思うんですよ。
私が彼女だったなら、背後からサクッとやってます。
ですが、彼女は私に声を掛けた。しかも私の間合いに身を置いて。
敵意はないよ、と伝えたかったのでしょうね。
後は腰から生えてるツタを見せてた事ですかね。
あのツタ、今は出てないですからね。大方収納できるんでしょう。
ざっとこんな感じでしょうか。私が彼女を信用した理由は。まぁ信用としたと言っても半分ほどですがね。
そんな風に自分内会議を開いていろいろ理由付けしていると、椿ちゃんが糸目を薄っすら広げこちらを見ていました。
「ンフフフ。いいねぇ。シグちゃんはお利口さんだぁーねぇ。ちみは今この場でも警戒してる。特にさっきアタイ手を振ってる時なんかいいぃ感じだった。最小限の目の動きで周囲を見て、アタイの行動が何かのサインになってないかとかそんなのを見てたのかなぁ? はっきりわかる事は『逃げ場を探してた』だね?」
「……」
「ニヒヒ! ダメだよ? ここでだんまりは八割肯定してるようなもんだぁよっ」
このやり辛い感じは久々ですね。
……洞察力とか無縁そうな感じなのに!
この手の人間は早々に降参しといたほうがいいですね。下手に張り合うと碌な事になりません。
「……正解ですよ。やはりオレンジネームってのがネックなんですよ。元だろうがPKなんですから。それなりに警戒します」
「いやぁぁレッドの時に会いたかったねぇ」
「勘弁してください……凄く疲れそうです」
「そうだねー。どうせ疲れるなら、お部屋で汗かきたいかなぁ。かなかな?」
「アバターですので汗は搔きません。それより一つ伺いたいのですが?」
「ん?」
ここで私は椿ちゃんをお茶に誘った目的を果たす事にします。
この街のPKの情報を聞きたかったのです。
特に最近できたというPKギルドについて。
理由は狩るのにちょうどいいかな、と。
出来たばかりなら人員もそこまで多くないでしょうし、複数相手にしても連携も警戒しなくて済む、とまぁ希望的観測を夢見てるんですが……。
それをより現実的にする為の情報を得たいのです。
彼女は元PKという事なので、多分と言いますか、かなりの手練れと思います。
なので、独自の情報網とかもってるんじゃないかなぁーと睨んでるんですが、どうでしょうかねぇ。
「お? あのアホチンたちの事が知りたいのかい?」
「あの、と言われても。私は『最近できた』しか知りませんので。情報が欲しいんですよ」
「ふぅーん。まぁ別に構わないけど……知ってどうすんの?」
だらんとした格好から両手で頬杖つきながら彼女がニヤッと笑います。
チェシャ猫のような、とすぐに思い浮かぶ表情です。
しかも妙に似合ってると言いますか、様になってます。
「勿論、狩ります。私自身の強化の為に」
「あはっ! いいねぇ。いいよぉー! んじゃ、さ。それにアタイも混ぜてくんない?」
「ええ。それは願ったり叶ったりですが、理由を聞いても?」
「おんおんおーけぇだよ! それはねぇ、オレンジからホワイトに早くなりたいからさっ。シグちゃん強そうだし、効率を考えると手を組んだ方がお得かなってね。あとは戦闘面でアタイにない部分を補って貰いたいんだ」
「ない部分?」
「そ! アルラウネってさ。機動力が壊滅的なんだよぉ。他はどうにか出来るんだけど。それだけがどうしてもねぇ……」
椿ちゃんは私に遊撃として動いてもらいたいようで、効率的に考えて私の機動力は魅力だそうです。
私としても、言い方が悪くなりますが椿ちゃんに囮になってもらえると非常に助かります。
私の戦法は基本奇襲で仕留める感じなので、敵が彼女に気を取られている内にサクッとやれますからねぇ。なので彼女の見た目は申し分ないです。
あとはどんな戦法なのかをしれれば、連携もばっちり取れるでしょう。
戦闘面で不安を感じませんからね。彼女の提案は私にとっても有益です。
よって即答で了承したのです。
懸念としては……彼女の人間性でしょうかねぇ。
ちょっとクセがありそうですし、でもまぁ。これは問題になる様なクセではないと思っています。
根拠はないですが。
「フムフム。なるほぉどね。いいよぉー。じゃんじゃんアタイが囮になろうじゃないか。とゆーか、アタイの戦闘スタイルはその場からあんまり動かないからね。タイプでは言えば後衛だね。それも敵の行動阻害。敵からすると嫌な感じの、ね。だから、前衛遊撃のシグちゃんには大いに期待してるよぉ?」
「なるほど。でしたら、耐久性はどうです? 私は紙装甲ですので、遊撃のみになってしましますが」
「もーんだいないっさぁ。盾ジョブほどじゃないがそれなりに踏ん張れるから。その間にサクッとヤっておくれぇよ」
「わかりました。一度実戦で何ができるかお互い確認できるといいんですが……。流石にぶっつけ本番は危険ですから」
「いいねぇ。その慎重なところ。キュンキュンしちゃう! そうさねぇ……街の外に行くには危ない時間だしー……あ。集合墓地の地下モルグに行ってみないか? あそこなら手ごろな敵もいるし、室内だけど広さもそこそこある」
椿ちゃんが言うには、その地下モルグはこの街の北側の区画にあるそうで、初心者さんの練習場なってるそうです。
「そもそもこのゲームはね。他のゲームと違ってMOBが倒される為だけの的じゃなくて。アタイたちプレイヤーを本気で狩ってくる存在なんだよ。だから新規ちゃんはゴブリン先輩に先ず勝てなくてボッコボコにされちゃうの。で、いきなり外に出るんじゃなくてさっき言ったモルグで戦闘に慣れてから外に出るのが、まぁセオリーみたいな感じかな。チュートリアル時のゴブリン少佐の熱狂的再教育も受けられるけど。あれはあり過ぎ感あって連携の確認にはむいてないしねぇ」
私としても確認作業にそこまで時間を割きたくなかったので、椿ちゃんの提案に乗る事にしました。
それに移動もここからそう時間も掛かりませんしね。
というわけで、レイナちゃんノアちゃんに続き椿ちゃんとの出会い、ゲーム内で友達が出来てほっこりしてます。
が――こっからは本腰入れてのハンティングです。
そして、お互いの戦闘スタイルを確認しに、私達は街の集合墓地に向かいました。