街中のアラクネ姉さん 8
ハイでご機嫌な私は今、スラムと呼ばれてる区画にやって来ました。
目的は勿論、マンハント。
狙ってる獲物は名前表示が赤くなってるプレイヤーです。
スラムの街並みは想像してた感じとは少し違いました。
私の想像ではもっと荒廃と言えばいいですかね。
こう、廃れた感じがもっとしてるものだと思ったのですが、見渡す街並みは意外にまとも。
と言いますか、あのちょっと面白体験ができる酒場があった区画とそう変わりない気がします。
「ゲーム内時間では深夜二時過ぎぐらいですが、歓楽街のように賑わってますねぇ」
いろんな光が灯され、人が行き交う様を見下ろしながらそんな風に零します。
眠らない街なんて言葉が似合いそうですねぇ。
屋根を飛んだり跳ねたり、壁に張り付いたりしてここまで来たわけですが、勿論ちゃんとした理由があります。
森で発揮していた行動力に、制限がかかるのかを確認してたんです。
決して、家屋や建築物をアスレチックに見立て、アクロバティックな動きを楽しんでいたわけではないですよ?
「しかし、意外と見つからないモノですね」
プレイヤーと思しき人を見てレッド、あるいはエネミーと呼ばれるプレイヤーを探してるんですが……これがなかなか見つからない。
いえ、少し違いますね。
見つかりはしますが、狩る事が出来ない。
人の多い場所で襲い掛かるのは不安要素が多すぎて出来ません。
増援があるかもしれない。あとは下手に目立つと狩りにくくなります。
ただでさえ半身異形で、アラクネといった派手な見た目をしてますから、人の記憶に残りやすいと思います。
それにお礼参り、なんてされた面倒です。
私個人や一人にしてくれるのならば問題ないですが、レイナちゃんやノアちゃんにご迷惑をかけるのは避けたいですからね。
ならするなよ、て話になってきますがそれはそれ、これはこれ、です。
それにお二人とも、特にノアちゃんがお強いですからねぇ。問題ないでしょ。
よって、今回の狩りはなるべく姿を見られないようにサクッとバリボリしたいと考えてます。
夜ですしね。闇夜に紛れてってやつです。
が、なかなか人気のない場所にいないんですよねぇ。
何カ所目か忘れましたが、今いる袋小路になっているこの薄暗い路地にもいませんからね。
まぁ人気ないからこそ、いないんでしょうが……悪だくみとかして下さいよね!
でも、考えてみると外でコソコソと悪だくみするって結構間抜けですね。
どこに耳や目があるかもわからない場所で密談とか普通しな――あ、なんか来た!
この路地に張った蜘蛛の巣に反応がありました。
【蜘蛛の巣】が街中でも使う事ができて本当に良かったです。
お陰でここ既に私のキリングゾーンですよ!
私はすぐさま壁に張り付き、屋根の方に駆け上がります。
壁に立てるって便利ですよねぇ。
しかもゲームですから、逆さになっても頭に血が上ったりしません。
なので、天井に張り付いても問題ないです。
まぁ、張り付くと言っても地面の上に立ってる感じですから、壁も天井も全てが私の行動範囲!
素晴らしいです。
因みに天井や壁に張り付いた状態でジャンプするとそのまま重力に従って下に落ちます。
この張り付き機能の解除方法がジャンプのようです。というか脚が一本でも触れていればぶら下がったりできますので……この辺も後で確認しましょう。
今はこちらに向かってくる獲物です!
ささ、どんな獲物なんでしょうかね!? と期待に胸を膨らませます。
話声は蜘蛛の巣から拾えてますので、だいたいの人数もわかります。
声から察するにどうやら男性二人のようですねぇ。
で、話の内容は愚痴のようで、一人がウダウダともう一人の方に言ってるみたいです。
「ったく。なんで今更MOB狩りなんだよ。俺たちPKギルドだろ?」
「まぁーな。でもたまにはいいじゃねぇか。気分転換になって」
「だいたい、アラクネのMOBなんかいんのか? あれって新しい異形種だろ? ギルマスもサブマスもMOBにやられた、とか言ってるがプレイヤーにやられたんじゃねえのか?」
「あーそれ俺も思ったわ。あの二人は新しいMOB見つけたから資金稼ぎに、とか言ってたけどな。そのアラクネのMOB? それ見つけた日にあの二人マンハントに出てるしなー」
「だろ? 大方返り討ちにされたんじゃねーの?」
おや? アラクネのMOBですか? それはちょっと戦ってみたいですね。
ここでようやく二人の姿が見えてきました。
二人は私の真下まで来ると、一人は路地に置かれている木箱の上に座り、もう一人は壁に背を当て寄りかかります。
私から見た二人の位置は、左側に――木箱の上に――座ってる男性。
仮称は、そうですねぇ。『キバコ』にしましょう。
で、私の正面、頭の天辺を見る形になってる彼は『カベ』にしましょう。
これでしたら、最初の獲物を『カベ』にすれば、下手に動かずに済みますね。
それから左奥の『キバコ』は袋小路になってるこの場所の奥にいます。
出口も入り口も私から見て右側ですので、彼は必然的に退路を失ってるわけで。
早速仕留めようかと思いましたが、『アラクネのMOB』ってのが気になるのでもう少し話を盗み聞きしましょうかね。
「でもなぁ、ハントに出て返り討ちにあって、なんでMOB狩りなんだろうな」
「そこがわかんねぇな。返り討ちにあったなら、そいつらにお礼参りすりゃいいんだし。MOBよりまず先にそこだよな? 俺たちPKギルドなんだから」
「だよなぁ。まさかアラクネのプレイヤーにやられて、それが恥ずかしくてMOBにやられたーだの。資金稼ぎにーなんて言ってるとか?」
「おいおい。それヤバすぎだろ? だいたいあの二人。元攻略勢のシーカーだろ? そこまで落ちぶれてんのか?」
とかなんとか言いつつ、アラクネのMOBが話題から消えたので……もういいですかね。
私は聞きたい情報が聞けそうにないので行動開始する事にしました。
その前に二人の名前が赤色かもう一度確認確認します。
コクロウさんにΣさんでしたか。二人とも名前の文字は真っ赤っか。
二人がPKPである事を再度確認し終え、行動開始です。
先ず予定通りにカベもといコクロウさんから頂きましょう。
すすーっと彼に近づき、間合いギリギリまで来たら即【噛みつき】発動。
そして、同時に【テイルソー】をキバコ改めΣさんの顔面目掛けて発射。
吸い込まれるように彼の顔に【テイルソー】が刺さると、【噛みつき】でとらえたコクロウさんの方からボリという音が聴こえてきます。ザクッて音も。
Σさんは数回痙攣するとくたっとなってHP0に、コクロウさん頭を丸かじりにされ、既にくたっとなってます。
頭部破壊による即死判定で、二人ともサクッと処理完了です。
「ふぅ」とため息をつきながらコクロウさんをバリボリ捕食します。
「だいぶ、慣れてきましたねぇ。この音にも」
半分ほど食べ終わり、地面に降り立ちながらΣさんの方を向いたところで、
「やぁやぁ。こんばんわぁ」
と背後から声を掛けられました。
体が跳ね上がらなかったことに褒めてやりたいですよ!?
確実にこの場には彼らと私しかいなかったのに!? まさかなんの反応も感じなかったとは! 驚きです!? 蜘蛛の巣は――正常に起動したままですね。
これはなんらかのアビリティ、あるいはスキルでしょうか? あとは魔法か……。と原因を探りつつ、何食わぬ顔を強く意識し、声のした方へ振り返ります。
と同時に、蜘蛛のお尻から糸を背後の壁、上方に放ち、何かあれば即座に糸を縮めて屋根に移動できるようにし、いつでも逃げ出せる準備をしておきます。
ハッキリ言って戦いたくないです。
なんせ、初めて背後を取られたのですから、警戒MAXでも足りないぐらいですよ。
――そして、振り返った私は別の意味で更に驚くことになりました。