街中のアラクネ姉さん 7
まさかの激おこノアちゃんによる殲滅劇の幕が上がってしまった乱闘イベント。
結果は瞬殺。
最後に残った女性がなんとも哀れです。
へたり込んだままの彼女にノアちゃんが声を掛けます。
「見たところ、後衛の回復役のようですが……貴女が何もしないからみんな死んじゃいましたよ」
「あ、あんたがやったんでしょ!? 私の所為にしないでよ!」
ヒステリックに叫ぶ女性をノアちゃんが冷ややかな目で見つめ始めました。
「……先に仕掛けた事を忘れてるんですか? 経験値を得ようとした結果、今です。そして、貴方は何もしなかった。今この時さえ何もしない。失礼ですが、何のために貴方はこの人達と一緒にいるんですか?」
と、私は頭部が無くなった男性――この女性と仲良さそうに話していた――を引きずって彼女の前に投げ捨てます。
「――っ! 死体蹴りとか趣味悪すぎでしょ!?」
「人を化け物呼ばわり、MOB扱いは趣味がいいので?」
そう言い返すと彼女は引き攣った表情で黙ってしまいます。
「まぁ、なんにせよ。私と敵対したのですから。……といってもノアちゃんが処理したのですがね。でもまぁ美味しく頂きます。経験値がっぽりですねぇ」
と言った後に捕食発動。
いつものバリボリ音が響きます。
その様を目の前で見た彼女は口を押さえて顔背けます。
「ちなみに死体蹴りではないですよ? こうする事に意味があるんです。って、聞いてます?」
オエオエ言って私を見ようともしない女性。
「ふむ。言っても無駄でしたか。では――ノアちゃんがとどめ刺しますか?」
一応ノアちゃんが彼らを相手取ってましたし、獲物の所有権はノアちゃんにあると思いそう声を掛けますが、帰ってきた返事は私に譲る。といった内容でした。
譲られてもねぇ。
なんのテストにもなりそうもないですし、ちょっと困りましたねぇ。
「まぁいいですか。それにあなた達は私を殺そうとしたわけですから。私に殺されても仕方ないですね」
そう言うと、オエオエ言ってた女性が顔上げこちらを見ます。
「ちょっと! こっちはもう戦う気はないんだから! 見逃すのが普通でしょ!?」
「それはあなたの普通で私の普通ではありません。それにこのイベどちらかが全滅するか、そちらがリタイアしないと終わらないみたいですよ?」
「はぁ! 頭わいてるんじゃないの!? このさ――」となにか言いかけた所でノアちゃんが大剣を彼女の頭(顔面)目掛けてフルスイング。
水気のある実に生々しい破砕音の後に、噴水の様に噴き出す赤い液体。
ノアちゃんはそれをじっと見つめまま「こういう人は何いっても無駄ですよ」とポツリと零しました。
「ノ、ノア? 落ち着いたか? もう帰ろう、な? そうだ! 帰ってシグに何か作って食わせようぜ! それかあれだ!? パジャマパーティーとか、ほらなんか女子会っぽいことやろーぜ? な?」
焦りながら、且つ宥める様にレイナちゃんがノアちゃんに話して、そして私に目で何か訴えかけてきます。
「ん? あー……ノアちゃん? ここは気分転換にノアちゃんのご自宅で仕切り直し、ではないですが。そうしませんか?」
「え? あ! はい! そのごめんなさい。ついカッとなってしまって」といつものようにあわあわしつつ頭を下げてきます。
「いえいえ。こちらこそ私の所為で不快な思いをさせてしまって」と返せば、
「そんな! シグさんは悪くないです!? 誤った情報を鵜呑みにしてた向こうが悪いんです!」
「そうなんですか? ではその辺の事をお聞きしたいので、帰ってゆっくりお話ししましょう」
「――はい!」といつものノアちゃんスマイルを顔に浮かべ、それを見た私とレイナちゃんはイベントの報酬を受け取りその場を後にしました。
受け取る際にレイナちゃんが、安堵するように溜息をつく仕草がなんとなく微笑ましかったです。
「さて、と。いい感じの夜ですねぇ」と零してグッと背を伸ばします。
あれから、家に戻った私達三人はノアちゃんの手料理を堪能しながら、歓迎会の続きをしました。
その時、サイトに書かれていた情報が少しばかり古い事がわかり特に、半身異形種については不遇、マスコット扱いはあるが、MOB扱いや差別的な扱いはないそうです。
ラミア種が導入されてからは不遇扱いもどうなのか、と言った風潮が広がってるそうな。
それでも、人を選ぶ種族な事には変わりないとか。
そんな話をしつつ、お開きとなったのは俗に言う丑三つ時になろうか、ぐらいの時間が経ってからでした。
で、私が今何をしてるか、それは屋根の上で月光浴、ではなく。
ナイトハンティングに出かけようかなと思い、部屋を抜け出し屋根の上まで登ってきたところです。
今日の出来事でこの街には、殺しても問題ないようなプレイヤーが多いみたいですからね。
これもソースはノアちゃんとレイナちゃん。
二人曰く、最近新しくできたPKギルドがやんちゃしてるとか。
それを聞いた私は性能チェックと強化に必要な素材、マーズアニマ入手に丁度いいのでは? 考えたわけです。
流石に善良と言いますかPKをやってない方々を乱獲するのも気が引けますからね。
PKプレイヤーなら、なんら問題ないでしょう。
別に正義の味方、になりたいわけではありません。
ただ単に『殺してるんだから殺されても文句ないよね』っていう私理論です。
PKをする方々、基本それが楽しいからやってるわけですから、楽しく殺されても文句は言えないと思うんです。
楽しいと言うのは感情なので抜きにしても、やってるんだからやられる、というのは真理ではないですかねぇ。
勿論、私だってその理論に当てはまります。
どんな理由を付けようが『殺す』事には変わりないのですから、私だって殺されるでしょう。
ですが、私は死にたくない。
よって私は殺されないように努力し、殺す事に全力を尽くします。
まぁ死んだってゲームなので本当に死ぬわけではないですから、なんら問題はないでしょう。
倫理とか道徳は……感情でしょうか? 今は必要ないです。
私が今から狩りをする理由は単純明確、殺されないよう強くなるためです。
弱肉強食なこのゲーム、敵となる存在からやられないよう努力するのが、このゲームの一つの楽しみ方ではないのか、と私は思います。
現に強くなる事に楽しみを見出してるんですから。それに楽しみ方は人それぞれでしょう。
なので私はPKを否定はしません。むしろどんどんやれ! と思います。
だってやれば、やっていいという免罪符が貰えるんですから。
因みに敵対するならPKではなくとも容赦はしません。
私を殺そうとする事、それ即ち、私に殺されてもいいって事。
――持論ですが私はこう考えます。
「ささ! この街のPKの皆さん!! やったりやられたりする夜が来ましたよ!! 僭越ながらこの私が皆さんのお相手を勤めさせていただきます!! 存分に愉しみましょう! ハハッ! なんか滾ってきましたよ!!」
私は言いようのない興奮と高揚で体を熱く滾らせる何かを吐き出す様に、夜空に向かって叫びました。
どうにもあのイベが不完全燃焼だったようですねぇ。燻る何かに火がつきましたよ!!
「あはっ! あははは! はははっははは!! これは――さいっこうにハイってやつですかねぇ!? あははは!」
私は抑えの利かなくなった笑い声を出しながら、屋根の上を飛び、糸を使って舞うよう、壁に張り付き這うようにして、夜の街に手ごろな獲物がいないか探索に出ました。