街中のアラクネ姉さん 6
うだうだ言ってる声を聞き流して、レイナちゃんとノアちゃんを見ます。
出来れば二人に迷惑をかけたくないのですが、せっかくのお誘い。勿体ないんですよね。
先程の悪漢風NPC戦は何と言いますか……テストとしてはちょっと物足りない。
レイナちゃんはそこまで強くないみたいな事言ってましたが、ゴブリンにも劣る存在でしたからねぇ。
性能チェックとしては弱い。ですので、後ろで騒いでる彼らは非常に魅力的です。
あとこの戦いって他の人には見えてるんでしょうか?
そこが気になりますねぇ。
「お二人に伺いたいのですが。先ほどの戦いって他の方々は見られるんですか?」
「ああ。このイベはこの酒場のウリみたいなもんだからな。アタシたちの戦闘してる姿がホログラムみたいに映し出されるんだ。だから今ここはイベントの専用空間みたいな感じだ。だから出てしまえば終了。だから、な。早いとこ出ようぜ?」
「私は……シグさんが悪く言われるのが我慢できそうもありません」
宥めるようなしぐさのレイナちゃんと違ってノアちゃんは俯いたままポツリとそう言いました。
顔が見えないのでどんな表情かはわかりませんが、なんでしょう? こう黒い靄? オーラがゆらりと立ち上ってるような、あるいは滲み出てる、でしょうか。
「ほ、ほら! 早くいこうぜ! ノアも、な」と更に慌てる様な、ではなく慌ててるレイナちゃん。
「……れな? れなは何とも思わないの? シグさんが悪く言われてるんだよ?」
ゆっくりと、そしてポツリとそう言うノアちゃん。
あれ? なんか怖いぞ? この感じ……誰かに似てるような。
「あ、ああ。そりゃ、な。頭に来るぜ? でもやり合ってもな? 利がないんだし」
「――利があるとか!! ないとか!! 関係ないよ!!!!」
ばっと勢い良く顔を上げたノアちゃんが大声を張り上げます。
え? ちょ? ノアちゃん?
「なんで! シグさんが悪く言われないといけないの!!? ね!? どうして!? 化け物ってなに!? シグさんはMOBじゃないんだよ!?」
と背筋にうすら寒いモノを感じる形相でレイナちゃんに詰め寄るノアちゃん。
まさかのノアちゃん激おこインフェルノなのでしょうか?
「おい! なに騒いでんだ? 化け物を化け物と言ってなにがわりぃんだ? 見ろよ? 下半身く――」
「うるさぁいっ!!!!!!!!」
ああ、火に油を注ぐとはこの事なんでしょうね。
完全にインフェルノしちゃったノアちゃん。
「さっきからシグさんの化け物って!! そんなに化け物狩りたいなら街の外にいくらでもいるでしょ!!?」
「――っ。ててめぇ」とやや弱腰な男性、仮称はヘタレ金髪ですね。
「さっきからなんなのぉ? 超うざいんだけど? もしかして陰キャラってやつ?」とさらに女性が油を注ぎます。
「もういい……。しらない」と激昂から一転、これまたノアちゃんがポツリと零した後にパネルを操作します。
「ノア! 落ち着け! な?」と必死に止めるレイナちゃん。
先程からレイナちゃんの様子が気になりますね。最初は私に気を使ってるのかな、と思ってましたが、どうにも違うような。
何と言いますか、ノアちゃんに気を使ってるような……。
そんな風に考えてるとノアちゃんが乱闘継続を承諾したようです。
「ああ!! もう!! てめぇら!! あたしはしらねぇからな!! シグ! サポート頼めるか!? 私はノアの面倒見るから!」
とレイナちゃんも慌ただしく、私に指示を出して承諾します。
私も釣られるように【はい】を選択し、臨戦態勢に。
そして、私は驚愕する光景を見る事になりました。
開始の合図と同時にノアちゃんが前に倒れこむようにして駆け出します。
手にはいつものハルバードではなく、肉厚な片刃の長剣。
体勢を低くし疾走する彼女。
刀身の刃が薄っすらと赤く、ちょっと禍々しく見える剣を引っ張る様な姿勢から薙ぎ払うようにして、ヘタレ金髪の足を斬ります。
膝を狙ったその一撃は、斬るというよりは粉砕と表現した方がしっくりくる結果となります。
生々しい破砕音とヘタレ金髪の恥も外聞も捨て去ったかのような悲鳴。
「――あ、足がぁ!!」とかなんといつつバランスを崩し地面に倒れます。
他三人は突然の事で完全に思考停止状態のようですね。
かく言う私も止まりかけましたが。
いやだって、ノアちゃんですよ? 妖精とか天使のように愛らしい姿がいきなり弾丸の様に飛び出し、なんの躊躇いもなく、相手の足を斬り飛ばす、いや砕き斬ったんですから。驚き驚愕です!
そして、その彼女は地面をのたうち回るヘタレを一瞥した後、先程と同じように低く打ち出された弾頭ように次の獲物へと飛び出します。
彼女が狙ったのは右手を向け、なにやらブツブツ言ってる男性。
彼の手の前には円形の幾何学図形ようなモノが浮かんでいます。
恐らくですが、何らかの魔法をノアちゃんに放つつもりのようですが、彼女はすでに彼の腕の前まで迫っていました。
ノアちゃんは魔法に対してもなんら躊躇いを感じていないようで、そのまま剣を振り上げ彼の腕を、縦に――二の腕半ばまで切り裂き、過剰演出のお陰で派手に血をまき散らせます。
「あ、ああああ、あああぁぁぁああ!! う、腕――」
「乱戦で大魔法なんて使おうすれば、自分から殺してくれと言ってるようなモノですよ? バカなんですか?」
感情が消えたかのような声色のノアちゃん。
腕を抑えて喚く彼にそう告げると同時に、彼の頭目掛け剣を横に振り抜きます。
弾ける様に砕ける頭部。舞い散る赤い飛沫。
出来の悪い花火。
かの有名なセリフを借りますと『きたねぇ。花火だな』としみじみ思う光景が広がりました。
頭部を失い、血を噴き上げなら倒れる彼。その横で茫然と立ち尽くす女性。
ノアちゃんの狙いが彼女に定まった時、これまで茫然としていた男性がノアちゃんの背後から斬りかかる。
「てめぇ! よくもやりやがったな!!」
「奇襲するなら黙った方が効果的ですよ?」とここで私も参戦。
彼女に斬りかかった男性を前脚で薙ぎ払います。
振り上げた事で胴体ががら空きでしたからねぇ。
しかも私の前脚の外殻は蛇腹状ですから、薙ぎ払うとノコギリで切り裂かれるような感じになります。
さぞ痛い事でしょう。と言ってもゲームですから、さほど痛みは感じないでしょうがね。
「シグさん! そ、そのありがとうございます」と慌ててぺこりと頭を下げるノアちゃん。
この惨状を作り上げた人物とは思えない愛らしさが戻ってきてます。
状況は足を砕かれ、まだのたうち回るヘタレ金髪。
私に胴体をズタズタにされた男性。
地面にへ垂れ込んで、後ずさる女性。
頭部を粉砕された男性。
「派手にやりましたねぇ。ノアちゃん」
「え……っと。その」
「強いんですね? ノアちゃんって」
「いえ、あの、これは……ソロでいろいろやってる内に、といいますか」
恥ずかしそうにあわあわする彼女。
「ノアはアタシと知り合うまで、ずっと野良で活動してたんだ。素材集めとかも一人でな。で結果。その辺の戦闘職も青ざめるほどのPSが身について……今だな」
レイナちゃんがノアちゃんの代わりにそう説明してくれました。
「なるほど。まぁその辺はおいおいお聞きするとして……残りを処理しましょう」
そう二人に言った後、とりあえずうるさいヘタレ金髪を処理する事にしました。
彼に近づきパタで胸を突こうとしますが、甲高い金属音が鳴るだけで、刺さりません。
「あ! シグさん! 狙うなら鎧のつなぎ目とか装甲ない場所を狙った方がいいですよ。攻撃が通ります」
とノアちゃんからアドバイス。
「へー、その辺はリアルな感じなんですね。ゲームなので全体的に硬くなってると思ってました」
「MOBとかも関節とかつなぎ目を狙った方が効率がいいですよ? 部位破壊もできますし」
これはいい事聞きましたね。
彼女のアドバイス通りに、ヘタレ金髪の鎧の隙間に刃を差し込むと今度はすんなり刺さりました。
「あぁ!!」と濁音交じりに叫ぶヘタレ金髪。
「大袈裟ですねぇ。そんなに痛くないでしょ? やめてください。私がいじめてるみたいじゃないですか!?」と彼に文句を言いますが、聞こえてないみたいです。
「もういいです、あとうるさいんで」と丁度いい感じにHPバーが赤色に変わったのでそのまま捕食。
「お! おい! 何する気だ!? やめ! やめて!」と更に騒ぎ出すヘタレ。
「失敗しました。頭から行けばよかった……少し黙ってください」
「このサイコ野郎!! はな! はなせ!!」
「人聞きの悪い事言わないでください! それに貴方からしたら私、化け物なんでしょう? ならこれぐらいされる覚悟を持つべきです。なんせ? 化け物ですから」
「あ、あやますから!」
「何言ってるかわかりません……それではさようなら」
喚いてうるさいので尻尾で彼の眉間を貫きます。
そして、静かになった彼をバリボリ。
うーん。これもフルーツミックスジュースみたいな味ですねぇ。
さて、残りは――と。振り返れば、丁度ノアちゃんが私が薙ぎ払った男性の頭目掛けて剣を振り下ろしていました。
何気に容赦ないですよね、ノアちゃんって。
それを見てるレイナちゃんの顔が引き攣ってます。
なら、私は最後に残った女性の方を処理しますか。