幕間 名無しの酒場
この話は九割会話文になっております。
飛ばしても問題ない話なので、お気軽に飛ばしてください。
ここは時雨が大はしゃぎしてプレイしているdifferentの内に点在する情報交換の場。
酒場『ジョン・ドゥ』
古びた酒場をイメージして作られたこの場所に、一人の男が足を踏み入れる。
すると一瞬にしてフード深々と被った如何にも妖しいです。と言った風貌に早変わりする。
ここは特殊エリアになっており、入店したプレイヤーは、皆この姿になる。
勿論音声も加工され匿名として情報交換が可能である。
男は店内を一瞥し、席の空いている円卓を見つけるとそこへと向かう。
そして、『4番』と書かれた椅子に座って、先に座っている者たちに声をかける。
「よう。愛すべきバカ野郎ども。今日はどんなバカ話を聞かせてくれるんだ?」
「よう。愛すべきバカ野郎。今日はいつもと違ってほんとにバカ話だな」と返事を返したのは『2番』と頭上に浮かばせた『ジョン・ドゥ』である。
この酒場ではみな名前が『ジョン・ドゥ』と表示される。よって番号が今この時だけの名前になる。
「で、どんな話なんだ?」
「それがよう……おまえ。シーカーくずれのPKギルドがカーディルにできたのは知ってるか?」
「ん? ああ。あのどうしようもなく救いようがないって噂の連中だろ?」
「それそれ。レベルだけのPSカスの連中。あれがカーディルにギルド作ったて今は話してたんだ」
「へえー。こりねぇな。で? ガチPKギルドの逆鱗を引き抜いて嘗め回したあほ共が、今度はどんなアクロバティックを決めたんだ?」
「これが傑作なんだがな。森で人食いに会ったんだとよ」
「は? 熊さんにでもであったのか?」
「熊ならまだまともだろ? そうじゃなくて蜘蛛、だそうだ」
「それ、なんてB級映画?」
「俺もタイトル聞いたんだが、頭の上にどえらい別嬪さんを生やした大蜘蛛らしいぞ」
「は? 半身異形か? それとも未確認のMOBか?」
「おい! 素に戻るなよ! 空気よめ」
「いやいやいや。腐っても元シーカーだろ? メンバー80超えてるって聞いてたがガセか?」
「……もういい。その通りだよ。しかもやられたのがギルマスとサブマス」
「……あいつらそこまでPSカスなのか? もう一回潰すか?」
「おい! おまっ! ま――」
「はーいはい。詮索はご法度だよ。でその半身異形! もしかしてアラクネ!?」
「そうだろうね。蜘蛛の下半身って言えばアラクネだよ。パッチPVにも出てたしね」
「でもあれって……使える奴いんの? ただでさえ半身異形って動くのがハード超えてナイトメアモードって聞いたけど」
「まぁな俺たち二足歩行のホモサピエンスだもんな。足が八本だとか六本だとかムリゲーだ」
「しかも、虫のスペックを人と変わらないカタログスペックにした話だし。というかアラクネって不遇種族のテコ入れ第二弾だろ? 第一弾ラミアだっけか?」
「ラミアの本気はやべぇなぁ……喧嘩売ったら物理的に締め上げられてギロチン。若かりし頃の俺をぶん殴りたい」
「で? で? その真正のバカが見たのってやっぱアラクネかな!!」
「……たぶんな」
「あのよぉ……おまえらエネミーだろ? でここに座ってるって事はそれなりってわけだ。それすなわち半身異形の本気ってのを、知ってるって思っても構わんか?」
「おう。まだ体験はしてねえがお噂はかねがね」
「そりゃねぇ。あたいら。ちょっと調子こいて。ラミアの集団に駆逐されかけたからね……。ほんと蛇はヤバい」
「で、お次は益虫と名高く、ある意味、完成された生粋のハンター。特定条件下では敵なし。作り出す糸は原理上、空飛んでるジャンボジェット機を捕獲できるスペックで、防弾チョッキなんかに使うケブラーとかいう素材の10倍はあり、生物学的に最強。おい! 糸だけでやべえじゃん!!」
「お? ファーブル先生がいんのか? んじゃこれも付け足してくれ。蜘蛛はジェネラリストでありスペシャリストだってな。獲物を選ぶ奴、選ばない奴。……どっちだろうなぁ」
「なにそれ!! かっこいいじゃん! ジェネラリストだとやっばいなぁ……とりま、さ。みんなバカをエサにして観察って事で、どぅ?」
「異議なし」
「俺も」
「うぃうぃ」
「PKやるなら気合入れろってラプラス先生が言ってました」
「あと秩序を破るモノには容赦しないとも」
「それでも破るあたいらを、愛すべきバカ野郎って呼んでくれるからちょーすき!」
「んじゃ、我等愛すべきバカ野郎はバカ話のネタを探しに行きますか」
――その言葉を最後に各々席を立ち、どこに行くとも言わずに去っていった。