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世界はそれを愛と名付ける。  作者: うめほし
プロローグ
1/1

世界に“わたし”が生まれた。

「さようなら。」


誰にそう言ったんだろう。


友達?恋人?家族?


ううん。友達も恋人も家族も居ない。


わたしは、そう。独りだった。



「おはようございます、アシュリー様。」


「…おはよう、ミランダ。」


心地のよい朝だった。


アシュリー・ラフォーレ、六歳。


今の、この世界での“わたし”。


地球という星で生まれたわたしは、誰にも愛されず、誰も愛さずに死を選んだ。


どうやって死んだかは覚えていない。


ただ流れるように過ぎていった日々と、無駄に蓄積された普通教育の賜物だけを覚えている。


ああ、後はそう。


死んだ後、神様たる存在に出会った。


否、正確にはその声を聞いた。


── 愛を探し、愛を叫べ。


── 貴女を貴女たらしめる証明を。


── 護れ、お前が愛するものを。


── 私たちは、貴女の愛を啜って生きる。


意味が分からなかった。


愛、と言われても分からないし、わたしをわたしたらしめる証明なんて、出来そうにない。


昔から、数学の証明も苦手だった。


だから、恐らく神様である彼らにも何も言えず、ただ、気が付くとここにいた。


「さあ、アシュリー様。御髪を整えますよ。」


「うん。」


そう言ったミランダがわたしの髪を結う。


綺麗に整えられた金髪がやけに眩しい。


「今日は洗礼を受ける日ですから、目一杯綺麗にしましょうね。」


鏡越しにミランダが笑う。


彼女が言う通り、今日は洗礼を受ける日だ。


【洗礼】とは、六歳になった月の満月の日、教会にて行われる儀式のようなもので、【洗礼】を受ける子どもが、生まれ持った【天職】を神々より与えられるとされている。


まあ、全ての人間が【天職】を持っている訳では無いので、生まれつき【天職】を持っている場合に限ってだけれど。


そんな【天職】の中でも断トツで人気なのが【騎士】だった。


数ある【天職】の中でも最もポピュラーで【希少】なそれは、就けば今後の人生が豊かである事を約束されるほど重宝されている。


もちろん【天職】を持つということ自体が希少なので、【騎士】でなくても将来は約束されているようなものなのだけれど。


「アシュリー、支度は整った?」


ミランダに薄らと化粧を施されている最中、扉の向こうから母さまの声がした。


「もう少しです。」


と返事をすると、ギィと木が音を立てながら扉が開き、黒のロングドレスを着た母さまが顔を出した。


我が母親ながら抜群のプロポーションである。


まるで魔女のような、と言うと少し語弊があるが、あえて言おう、魔女のような風貌をした母さまが隣に座る。


「ふふっ、綺麗にして貰ったのね。」


「はい。」


母さまは魔女だ。


これは隠喩ではなく、事実としてそうだ。


「貴女の事だから、きっと【天職】があるでしょう。もしかすると【魔女】かも知れないわね。なんと言っても、私の娘だし。ねぇ?」


母さまの【天職】は【魔女】だったらしい。


本来、魔法を扱うのは【魔法使い】や【僧侶】と言った二通りの専門職の他、【踊り子】や【レンジャー】などと言った支援系の【天職】のみとされていた。


しかし、母さまは【魔女】という【天職】を賜った。


全ての属性魔法と回復、支援魔法を扱い、失われた魔法さえも扱う、【魔法使い】という【天職】が進化に進化を重ねた末のもの。


今現在世界中のどこを探しても、【魔女】なのは母・リンダと、姉・アイリーンの二人だけだという。


【騎士】よりも希少であるこの【天職】は、母さまが初例のため、姉上は実家でその力の扱い方を母さまより叩き込まれている。


「僭越ながら奥様、旦那様やクリストフ様は【騎士】にございます。」


「ああ、そうだったわね。」


ミランダの言う通り、わたしの父さまと兄上は【騎士】である。


父さまは既に任を解かれたらしく、ここベネラに屋敷を構えて隠居しているけれど、兄上は【騎士】と判断されて直ぐに王都へと連れて行かれてしまった。


「まっ、どっちにしたってアシュリーには魔法の才が備わっている様だから、母さまが何時でも教えてあげる♡」


「……はい。」


嬉しそうに微笑んだ母さまに背筋を凍らせた。


毎日ボロボロになるまで修練を積み、ぐったりとしながら帰ってくる姉上を思えばこそ、母さまの修練を受けるのは気が引ける。


「ふふっ。でもまずは朝食にしましょうか。」


変わらず笑みを貯えた母さまが言う。


わたしも丁度、身支度を整え終えた所だった。


鏡から目を逸らし、まだ幼い足元を見ながら椅子を降りて、母さまとミランダと一緒に部屋を後にした。



母さまと父さま、そして姉上とわたしが揃って朝食を取ったあと、わたしは父さまに連れられて街の教会へとやって来た。


「さてアシュリー。私はここまでだ。しっかりと【洗礼】を受けておいで。」


「はい、父さま。」


古ぼけた木造建築の前で立ちどまり、父さまはわたしを笑顔で送り出す。


教会に入ると、神父がわたしに手招きをした。


彼の導きで礼拝堂を進み、神々が偶像化された最前にまで辿り着く。


「アシュリー、目を閉じて祈るんだ。そうすれば神は君に【洗礼】を与えてくださる。」


「分かりました。」


言われた通り、目を閉じて膝を付き、祈りのポーズを偶像に向かって捧げてみる。


今か今かと【洗礼】を待っていると、いきなり目の前が真っ白になって、そこは礼拝堂ではなくなっていた。


何が何だか分からずにいると、


「アシュリー。」


と、どこかで聞いた声に呼ばれて振り向く。


そこには、先程の礼拝堂で偶像化されていた神々が申し訳なさそうな顔をして立っていた。


「すまなかった。」


一番に、一番年上そうな白髪の神さま、恐らく主神ユピテルがそう頭を下げた。


「何のことですか。」


「お前に何の説明も出来ず転生させた事だ。」


「……。」


思わず黙り込む。


確かにあの時のあの声だけでは、説明になっていないどころか混乱さえする。


今まで一切気にしていなかったので、理解はすれど少しむず痒い気持ちになった。


「アシュリー。いや、安藤澪里。お前をこの世界に転生させたのは他でもない、我々だ。あろう事か地球の神に“愛”を欠落させられたお前を思っての行為だと理解して欲しい。」


「……。それで、愛を探し、愛を叫べと?」


「うむ。お前の人生故、強制はしないが、できればこの世界で愛を見つけて欲しい。それは、友愛でも敬愛でも博愛でも何でもいい。地球の神に奪われた“愛”を取り戻して欲しいのだ。」


地球の神さまはとても意地悪だったらしい。


わたしから“愛”を欠落させた理由もどうせ気まぐれだとか言うんだろうし、欠落させたからこそ、わたしには愛してくれる家族も友人も恋人も居なかったのだろう。


キリストだかなんだか知らないけれど、傍迷惑も良いところだ。


ほとんどそれが理由で、わたしは命を捨てたのだから。


「アシュリーよ。ここは地球よりも危険な世界だ。平和な地球で生まれたお前はこの世界の輪廻から生まれた者達よりも弱い。よって、我々はお前に加護を与えることにした。」


「加護…あの加護ですか?」


「うむ。まあボーナスプレゼントだと思ってくれればよい。」


荘厳な顔をしていた彼が、ここで表情を崩す。


そこで緊張の糸が切れたのか、彼の後ろに控えていた他の四人の神々がわたしを囲った。


「私は魔の神ミナヴァ。」


「私は聖の神ヘリオス。」


「俺は軍神マルス。」


「我は伝令神ヘルメス。」


神さまたちが各々の名乗ると、わたしの身体にそっと指先を添えた。


それぞれがほんのりとした光に包まれる。


彼らが指を離すと、その光はわたしの身体の中へと消えて行った。


今のが加護の授与なのだろう。


まだその恩恵を実感する事はなかったけれど、


「ありがとうございます。」


と、とりあえずは礼を述べた。


最後に、ユピテルであろう人がわたしの頭に手を乗せて、やはり、


「私は主神ユピテルである。」


と名乗った。


他の四神よりもより強く光ったそれは、他と同じようにわたしの中に吸い込まれる。


「これで安全であろう。アシュリーよ、我らには礼拝堂に来れば会うことが出来る。時折顔を見せに来ておくれ。我々はお前の成長を楽しみにしておる。」


「──はい。」


返事をすると、五神ともに笑みを浮かべた。


「では、お前に【洗礼】を授ける。」


ああ、そういえば。とハッとする。


ここへ来たのはわたしが【洗礼】を受ける為。


決して、神々からの謝罪や加護を受け取りに来た訳では無いことを思い出した。


改めて、祈りの体勢を取る。


「お前の【天職】は──。」


低く強いマルスの声が響き渡る。


告げられた【天職】に目を見開き五神を見遣ると、その顔に笑みを貯えていた。


「愛を探すのは安藤澪里としての天命。そしてその【天職】を全うするのは、アシュリー・ラフォーレとしての天命。お前はこれから、二つの天命を背負うことになる。」


「二つの、天命…。」


「前者は先程述べた通りだ。…後者は、プロセルピナに詳しい話を聞くといい。」


プロセルピナ。農民達が崇め奉る農耕の女神。


その女神さまはこの礼拝堂には祀られていないので、つまりは別の礼拝堂に行く必要がある。


何時になることやら、と思いふけるけれど、人生は長いというユピテルの声に頷いた。


天命を急ぐ必要は無いんだ。


「アシュリー、我々はお前の幸福を願っている。それを忘れないでいて欲しい。」


「…はい。」


「ふむ、そろそろ時間だな。…アシュリー、お前の行く末に幸福があらんことを──。」



白が途絶えて、目を開ける。


神さまとの謁見を終えて、礼拝堂に意識が戻ってきたらしい。


「随分と長かったな。どうやら君は神々にとても好かれているようだ。」


祈りの姿勢を解いて立ち上がったわたしに神父がそう言った。


改めて偶像を見上げる。


ほんのりと笑っているように見えるそれに、一度深々と頭を下げた。


「アシュリー。ルイスが待っているよ。」


「…はい。」


促され、踵を返して礼拝堂の出口へ向かう。


扉を開らく瞬間、彼らに背中を押された気がして、嬉しく思いながら外へ出る。


扉の向こう側には、父さまが待っていた。


「おお、終わったか。」


「はい。」


「では、帰るか。リンダとアイリーンが首を長くして待っているだろう。」


まずは家族に【天職】と【ステータス】を発表するのがこの国のしきたりである。


父さまと連れ立って屋敷に戻ると、わたし達の帰りを今か今かと待ち侘びていたらしい母さまと姉上に出迎えられた。


早速、四人だけで食堂へと移る。


「さて、アシュリー。」


「はい。」


緊張感が身体を覆い、それを紛らわす様に一度大きく息を吐いてまっすぐ家族を見詰めた。


「わたしアシュリー・ラフォーレは、軍神マルスより【勇者】の【天職】を賜りました。」


三人は目を丸くして、何も言わなかった。


否、何も言えなかったのが正解だろう。


【勇者】という【天職】は、もう数千年の間、確認されずにいた【天職】なのである。


そして【勇者】の出現は同時に、世界の危機を表し、数千年保たれた平穏が崩れつつあるという神々からの警告でもあった。


つまりわたしがこの【天職】を賜ったことで、家族は世界の危機を報されることになるのだ。


しかし、先の謁見で賜ったそれを口にするのは些か気が引けはしたものの、アシュリーとしての天命はこれを全うせよというもの。


これを偽ってしまえば天命に抗う事になる。


わたしに慈悲を与えてくれた神々に、わたしは抗いたくなかった。


「…“ステータス・オープン”。」


何も言わない家族を眺めながら、続いてわたしのステータスを開示する。


─────


アシュリー・ラフォーレ Lv.1

種族:人間

天職:勇者


HP 198/198

MP 84/84


攻撃力 120

防御力 80

魔力  100

魔防  90

精神  80

運   300

素早さ 111


称号:愛の探求者、神々に愛されし者


加護:主神ユピテル、魔の神ミネヴァ、医の神ヘリオス、軍神マルス、伝令神ヘルメス


─────


「アシュリー、あなた…。」


母さまは難しそうな顔をしている。


「なるほど、時間がかかったわけだ…。」


父さまも同じく難しそうな顔をしている。


「すごい…。」


姉上は、ただ驚きに満ちた顔をしている。


ステータスは、誰もがこの【洗礼】を受けた日に生まれて初めて、見ることになる。


わたしも自分自身のステータスを見たのは初めてだったけれど、これはかなりハイスペック。


わたしが見た事のあるステータスは、姉上と兄上のものだけだけれど、数値的にはどれも二人を倍以上上回っているし、あの五神との謁見で受けた加護も二人にはなかった。


否、正確には兄上は軍神マルスの加護を、姉上は魔の神ミネヴァの加護を受けているが、それでもこの街の教会が祀っている五神の加護を受けたわたしは言ってしまえば異常なのである。


…わたしにはそれより、愛の探求者とかいう称号が気になって仕方がなかったのだけれど。


「【魔女】なんかよりもずっと壮大な【天職】ねぇ…。凄いわ、アシュリー。」


微妙な空気を打ち破るようにして、母さまがそう言って微笑む。


「元より貴女には私たちの血が色濃く受け継がれているのよ。まさか【勇者】を賜るとは思ってもいなかったけれど…。」


「ああ、そうだな…。うん、アシュリー。これから忙しくなるぞ!」


「え?あ…、はい、父さま。」


意気揚々と立ち上がった父さまに面食らった。


【勇者】というのはその性質故に、しばしば敬遠されがちなものと思っていたから尚更。


嬉しそうに、そして誇らしげにしている父さまを見上げ、母さまも姉上も苦笑していた。


「こうしてはおれぬ。早速鍛錬だ!」


ひとりで突っ走り出した父さまはわたしの手首を掴み、拐うようにして食堂を出た。


母さまと姉上はただ、頑張ってねと笑い、その手をゆるりと振っている。


── かくして、勇者アシュリーとしての、人生が始まったのであった。

見切り発車で、ごめんなさい。

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