猫かぶりと純粋とバカ
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気を抜いたら笑いをこらえることが出来なくなりそうだ。林田は、真剣な表情で部活を辞めていった元部員を復帰させようとしている。「俺たちサッカー部全員の意思だ」という雰囲気作りの一人として俺はこの場にいた。林田は元部員に向かって「お前が必要だ」とか、「もう一回やってみないか?」とか、安っぽい青春ドラマのようなセリフを平気で口にしていた。決して顔に出さないよう必死だが、高校三年生になってこんなごっこ遊びをしていることに笑えてくる。説得している林田と取り巻きの一人にすぎない自分には明らかな温度差があった。他の同級生の部員も皆、真剣を装った顔をしている。内心はどうでもいいと思っているのだろう。俺と同類だ。そして一番熱くなっているあいつも実は自分に酔っているだけなのだろう。「お前はコレがやりたかっただけなのだろう?」つばが飛び散りそうな勢いで熱弁する林田に言ってやったらどんな顔をするだろうか。あいつは自分の人生のイベントの一つに「辞めていった部員の連れ戻し」のエピソードを追加したいだけなのだろう。そして、今日という日の出来事を事実が見えなくなるほどに盛りに盛りまくって大学の飲み会で語るんだろう。あんなこともあったと。どうでもいいことを考えていると、この訳の分からない時間は終わったようだ。自分の意志でやめていった元部員を引き戻そうとする林田はどうしようもなく愚かに見えた。一度辞めた彼はどうやらもう一度部活をするらしい。彼は彼で、一度辞めたことをさらに取り消すという優柔不断極まりないことをしている自覚はあるのだろうか。決して顔には出さず、優等生の伊藤和也を演じきった。
「あなたは清々しいほどのくクズですね。収容所にぶち込めない分、犯罪者より、質が悪いです」
今日起こった出来事を一切の誇張無しに話してやると彼女は怒れる目を三角にして怒っていた。
「えー、そうかなー、でもきっと俺以外にも何人かは同じこと考えてたと思うけどなー」
「お前が必要だ」ってなんだよ。彼氏なのかよ。思い出すと笑えてくる。
「何笑ってるんですか」
彼女はまだ怒っているみたいだ。
「いや、ちょっと思い出し笑いを」
「もー、そんなことだから和也くんは友達がいないんですよ。辞めてしまったチームメイトが帰ってくるんですよ。感動する話じゃないですか」
「有希ちゃんが思ってるようなそんな綺麗なものじゃないよこれは、他人を使って悦に浸るやつと自分の意思がないやつの戯れだ」
「す、すごい偏見ですね。その林田さんという人にはなぜ辞めていった人を引き戻そうとしたのか聞いたんですか?」
いつもクズ野郎エピソードを聞かせまくっている彼女が引いていた。
「聞くわけないじゃん、そんなことしたら学校で猫被ってるのバレるって」
「和也くんが猫被っていても全然かわいくないので脱いでしまえばいいんじゃないですか。むしろ、その皮ごとゴミ箱へというのもいいかもしれませんね」
ふわっと笑う彼女が全然かわいくないことを言っている。
「よくないよ、有希ちゃん今日はやけに辛辣じゃない?」
「和也くんの話はいつもつまらないですが、今回はそれに加えて非常に不愉快です。他人のことを勝手に判断してバカにする癖辞めた方がいいですよ。今はよくても、社会にでてからどうするんですか」
憐れむような目で見るのはやめてほしかった。
「そうそう、面白いことなんて起きないんだから仕方がないよ。それに社会に出てからも人格的問題点を補って余りある学力があるから心配なし」
「そんな、誇らしい顔で言うことじゃないです。それに、社会に出るというのは、仕事だけじゃなく、人付き合い、結婚や子育てもふくまれるんですよ。どうするんです?このままでは和也くんは結婚はおろか、好きな人もできないかもしれませんよ?」
「大丈夫、有希ちゃんと結婚するから、有希ちゃんが16歳の誕生日を迎えた日に婚姻届けを提出しよう」
「お断りします。それとこれ以上近づかないでください、ナースコール鳴らしますよ」
目が本気だった。
「冗談だって。マジにならないでよ。今日の面会はここまでみたいだから帰るね、また面白い話あったら持ってくるから」
「来ないでと言っても来るんでしょ」
彼女は呆れた顔をしている。笑顔で彼女の病室を後にする。俺は彼女がここにいる限り、足を運び続けるつもりだ。新田有希、今年で十五歳になる女の子だ。病気で学校に通えなくなり、本人が勉強したいからと言って彼女の親御さんに頼まれたのが俺だった。彼女と俺の母親は仲が良く、そのつてだ。今日も勉強を速やかに終え、彼女に愚痴を聞いてもらうことになった。いつも醜く矮小な自分の話をして人のことを悪く言わない彼女の尊さを対比的に証明しようと心がけているのだか、今日の彼女は俺の人格を本気で心配しているようだった。俺は俺で彼女の純粋すぎる心が心配になる。
いつも通りに学校を過ごし、放課後、だらだらと部活動をして帰るそんな日々を繰り返していた。ちなみに学校で猫を被っている俺は優等生の和也くんで通っている。林田に言われて戻ってきた元部員だった部員は、他の部員と楽しそうに戯れている。林田はサッカーが上手くもなければ、元部員だったやつとは仲が良かったわけでもなく、キャプテンのような役職持ちの部員でもなく、ただの平部員だ。どちらかというと、目立たな方の、クラスで「サッカー部なんだ。あんまりそれっぽくないね」とでも言われそうなぐらいパッとしないやつという印象だ。我が校のサッカー部は、二年生の時からスタメンで活躍していた、ヘアワックス組と三年になって半分お情けでレギュラーをしているパッとしない組の二つがある。片方は部活が終わると速やかに帰るのに対し、もう片方は、いつまでも部室でおしゃべりをし、寄り道をして帰る。俺はいつも部活が終わるとほとんど何も話すことなく帰りの準備をして帰るのだが、学内に用事があって、部活が終わったその足で進路室に向かい、その上で、少し時間がかかったものだから、荷物を部室に取りに行くのはずいぶん遅くなってしまった。
「林田マジで調子乗ってんのんのな」
「ってか、この前のアレ何なんだよ、集められたと思ったら、熱の籠った目つきで長々と、平部員のあいつが、分不相応にもほどがあるっつーの」
「林田と浩紀ってそんな仲良かったっけ?」
「よくねーよ、オレあいつのこと友達追加してないし、まともに喋ったこともない」
「まじか、まあでも俺もそんなにちゃんと喋ったことないな」
「まあ、いいんじゃね、正味俺らとあいつではすむ世界が違うわけだし」
「ともかく、浩紀が帰ってこれてよかったじゃん、もう、人の女にちょっかいけけるんじゃねーぞ」
「わーってるって、もうやりません」
「俺の部活には人の彼女を寝取るような奴は置いておけないからな」
「反省してまーす」
聴こうとして聞いたのではなく、たまたま聞こえてきた。話を遮ってしまうことになるので扉を開くタイミングを見失ってしまった。扉を開き、荷物を部室から取り出せたのは、話が最近ハマッているマンガの話になってからだった。林田は少なくともヘアワックス組からはバカにされているようだった。朗報、サッカー部の半分は林田をバカにしていた。早く彼女に言ってやりたい。あと林田にも。
個人的には早く彼女にこのことを話してやりたいこところだったけど、一週間に一回と決まっているので、彼女に話すより、林田に言う方が先になってしまった。林田はいつも誰よりも早く来て部活動の準備をする。そして少しの間だけでも、練習をしている。サッカーの名門でないこの高校でそれをやるのは、見ていて寒かった。誰かへのアピールなのだろうか。制服のままグラウンドの入り口のところでフェンス越しに林田を見ていると彼はこちらに気が付いたらしく、近づいてきた。
「どうしたの、和也くん、そんなところにつったって」
良い笑顔だった。何も考えていなさそうなバカみたいな顔。
「林田のこと、みんなバカにしてたぞ」
正しくは、半分なのだが、三年生のサッカー部ではみんなとあいつらという言葉はほぼ等しいからみんなと言っておいた。
「えー何のことだろう?」
バカなのだろうか。本当にわかってない顔をしている。
「わからないのか、部活に戻ってくるように説得したろ?あんときだよ。みんな真剣な表情しておいて、実は、お前のこと痛いやつだとか、寒いやつだとか思ってたんだと」
「そんなこと思ってたんだ。全然気づかなかった」
林田は笑っていた。バカみたいな笑顔で。
「僕はやりたいことをやっただけなんだけどなー。浩紀くんは、本当はサッカー部続けたそうな感じだったし、実際に戻ってきてくれて楽しそうにやっているんだからそれでいいかな」
「怒ったり、悔しがったり、しないのか?みんなお前のこと笑ってたんだぞ」
「笑われてもいいんだ。本当に僕がそうしたかっただけだから」
「後悔はしてないよ」と林田は笑った。こいつはバカだと思った、打算や損得で動くことが出来ないバカ。その後、部活が始まるまでの時間は林田の個人練習に付き合わされることになった。全体的に体の動きがぎこちなく、余計な力が入っており、林田の動きにはセンスのかけらも感じることが出来なった。林田は何としてでも引退までに公式戦で一点を取りたいらしく、ずっと練習前の個人練習をしているらしかった。二年と数か月も一緒にいる彼のことを何も知らなかったし、知ろうともしていなかった。
身近での以外な発見があったこともあり、彼女への土産話はいつもより気持ちの入ったものになった。彼女の表情は、ヘアワックス組の話をしているときは渋いものだったが、林田のことを話していると次第ににこやかになっていった。
「和也くんの勝手な判断は間違ってましたね」
「そうだね、林田がバカすぎたことが想定外だったよ。普通、リスク管理ができる人間は行動する前に実行したとき周りがどういう反応するか考えるでしょ?それを想像した上で、自分にプラスになると考えたら行動するし、マイナスになるのなら行動は控えると思うんだよ。でも、あいつにはそれが無かった。打算も何もなしに自分がこうしたいからで動いていた林田は輝いていたよ」
「和也くんが初めて人を褒めましたね。私は嬉しいです」
「そうかな、まあ、俺はマネできないけどね」
「ちゃんと友達になってくださいってしましたか?」
「しないよそんなの、恥ずかしいじゃん。だいたい、友達なんて自然にできるものでしょ?」
「そういう和也くんは友達自然にできたことあるんですか?」
「ないよ、俺に近づいて来るやつはみんな打算が見え透いているからね」
「じゃあ、やるしかないじゃないですか。いいですか、ちゃんと言うんですよ。俺と友達になってくださいって、それで林田さんがオッケーしてくれるのなら、友達になってください」
「いやだよ、どうせ、猫かぶりで陰険で矮小な俺では拒絶されるって」
「和也くんはやってないのに、できないっていう癖も直した方がいいですね。やってみればいいじゃないですか。怖いんですか」
「そうだ。俺は怖いんだ。有希ちゃんが勇気をくれたら頑張れるかもしれない」
「そうですか………じゃあ、結婚のこと考えておいてあげます」
「………えっ、結婚冗談だったんだけど」
顔を真っ赤にしている彼女。そういえば彼女は冗談とか建て前とは無縁の人間だった。
「………最低です」
「帰ってください、もう来なくて結構ですから」敬語が本気度の高さを表している。一週間もしたら許してくれるだろうか。結構根に持つタイプだから、一週間後もまだ怒っているかもしれない。林田に友達になってくださいと言ってみようか。成功でも失敗でもいい、彼女に許してもらうにはとりあえず行動に移してみるしかないだろう。少しだけ学校に行くのが楽しみになった。
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