家、全焼
「はーい、じゃあ今日はこれで終わりだな。お疲れさん。」
担任教師の挨拶で一日の学生生活が終わりを告げる。
担任が去った教室はその日の中で最も賑やかになった。
クラスメートたちは「だりぃ~。」だの「この後カラオケ行こ行こ!」だの各々友達同士で談笑している。
かく言う俺も一日の疲れに長ーいため息をしている。
「へいへい、お疲れちゃんだねぇ翔。」
俺の名前を呼び後ろからもたれかかってきたのは俺の友人、加納夏樹だった。
茶髪の長い前髪をヘアピンで横に流し、暑かろうが寒かろうがいつも着ている青いカーディガンが特徴のクラスメートである。
「重たいから乗るなよ、っつーか疲れてるのわかってんならなおさら乗んなや。」
「悪い悪い。そういや今日のんびりしててよかったのか?買い物あったんじゃなかったっけ?」
夏樹に言われて思い出した。
家の冷蔵庫に残り物はなく、それ故帰りに買い物をしようと決めていたのだがマイバッグを忘れたことに気づいたのが今日の昼休み。
「っあぁ~そうだったわ。」
「弟くんと妹ちゃんが帰ってくる前に済ませないと大変なんしょ。」
「まあな、じゃあ俺帰るわ。じゃあな。」
「ほいほーい、また明日な~。」
俺は鞄を肩に掲げ、なぜか空を握っては放しを繰り返す夏樹に見送られ教室をでる。
相変わらず適当な奴だが、交友関係と記憶力だけは人並み以上のあいつには何度か助けてもらっている。
その度に「ドジっ子は男じゃおもんないよ~。」と言われる、誰がドジっ子か。
学校を出た時間と弟たちが帰ってくる時間から買い物にかけられる時間を計算する。
外に鳴り響くサイレンが俺の思考を邪魔してくる。
どうやら近所で火事があったようだ。
限られた時間を有意義に使うため家まで走って向かう俺は夕焼け空にはまだ早いはずなのに視界の先がうすぼんやりとオレンジがかっているのに気付いた。
買い物リストを頭で考えていて視覚情報をおろそかにしていた俺は改めて目の前の光景を認識する。
目の前、消防車・・どうやら火事らしい。
人だかり・・野次馬か、早く家行きたいのに邪魔くさいな。
放射される大量の水、それを受ける燃え上がった家・・あっれーなんか俺ん家に似てね?
・・・俺ん家じゃねぇかぁあああ!!?
「ちょっ、なんで!?なんで俺の、俺たちの家が燃えてんだよ!!」
信じられない光景に気が動転し家に突入しそうになった俺を消防隊員の人が止めた。
俺は何をすることもなく、ただただ家が焼け焦げていく様を見続けていた。
結局家は全焼。
隣の家には燃え移ることはなく、ただ一つの家が燃えただけで終わった。
怪我人はおらず、弟と妹の帰宅前であったのは不幸中の幸いだった。
だが、家の中の物、思い出深いもの、父さんと母さんの遺影すらももう帰ってこない。
家に帰って来た弟と妹に家の残骸をみせるのは忍びなく、小学校まで迎えに行った後夏樹の家に向かった。
夏樹には事情を話し、夏樹の両親にも土下座をして一日だけと頼み込んだ。
夏樹も夏樹の両親も、気前よく受け入れてくれた。
夏樹と弟たちは夏樹の部屋で遊んでいたので知らないだろうが、受け入れてくれた時には俺は涙を流していた。
それから夕食とお風呂まで頂き、寝床まで準備してもらえた。
本当にありがたかった。
夏樹の両親には大人になるまで面倒みるよと言ってもらえたが、俺はそれを断った。
これ以上夏樹にも夏樹の両親にも迷惑をかけるわけにはいかなかった。
「夏樹、頼みがある。」
弟と妹が別室で寝た後、俺は夏樹に頼みを聞いてもらうことにした。
「ん~いいよ。」
「いやまだ何も言ってねぇよ。」
「俺は大人になるまで面倒見てって言われても、見てあげるよ?」
まったく、両親と同じことを言ってくるとは。
夏樹の優しさに甘えそうになる自分をぶっ飛ばし話を続ける。
「ありがとう、でも頼みってのはそれじゃない・・・俺にバイトを紹介してくれ!」
「・・・?」
夏樹は予想だにしなかったことを言われたようでぽかんとしている。
俺は勝手ながらに詳細を話した。
一日だけという条件は守るつもりでいること、明日には加納家をでること、それ故急ぎで始められるバイトがあるかどうか、そして住み込みでかつ身内も連れて行けるバイトがないかを聞いた。
「頼む!あいつらは、あいつらだけでもしっかり生活させられるようになるならなんだってやる!だから頼む!」
「ん~・・俺としては翔にもしっかり生活してほしいけど。そうだなぁ・・・・翔、犬になれる?」
急に動物になれるかの質問を聞かれ聞き返しそうになったが、意味を理解した。
つまりは人としてのプライドを捨てられるか、ってことだ。
「犬だろうが猫だろうが、なんだってやってやるよ。」
「ん、わかった。じゃあ明日ここに行きなよ。」
そう言って夏樹が渡してきたのは一枚の紙。
どうやらバイト求人の紙らしく上から「バイト求人。元気な人大歓迎!働き方給料勤務時間全て応相談。」と書かれたなんとも怪しげな紙を受け取った。
飛び入り面接可であり面接場所の住所も書いてあった。
俺は再三夏樹に礼を言い、その日はもう寝ることにした。