酒と肴と男と女
正直、口喧嘩なんぞに興味はないし、他に用事がある。
だが、装備の為に来たのに装備の話をしなくてどうするのかと言われ、同じ席に着く事になった。
しかも、時間が無いという逃げ道は無い。何しろ連泊で宿を取っているのだ。
まぁ、道連れもいることだし、飯でも食って時間を潰すとしようか・・。
「おっ、ギルディートじゃねぇか!戻って来たのか?」
「久しぶりだな、アーディ。お前こそ、帰って来てたんだな!」
・・・・あれっ?
「悪いな」って感じで手を振って別の席に着くギルディート。
いや、こっちが本拠地で、久しぶりに友人に会ったのは分かる。
ギルディートの装備探しも難航しているし、あまり興味が無いのも分かる。
その耳が、全く悪びれてないんだよ。「あ、逃げ出すのにいい口実見つけた、ラッキー」って感じに揺れてんだよ!
「しかし、お前が宿を取るなんて珍しいな!美味い仕事でも見つけたのか?」
「んー、まぁな。それより・・・。」
本拠地でも宿を取って無いのかよ!相当の金欠だったみたいだな。
さて、とりあえず、話し合いである。
邪魔にならない場所にと思い、宿の店主に相談したが、酒を飲めばやかましいのは当たり前なので、気にしなくても良いとのこと。
いいのかよ。ってか気にしろよ。宿泊客もいるだろうが。
一応、奥の角の席を陣取り、摘める物をいくつか注文しておく。
俺は、まだ明るいし、もしかしたら模擬戦があるかもしれないので、ミルクを注文した。
茶なんぞ無いと言われたんだから仕方が無いだろう。
「「「「とりあえず“水”で」」」」
という注文で出てくるのは、その店で一番アルコール度数の低い酒なんだとか。
これはドワーフ限定だそうである。
この言葉を聞いて、普通に水を出すと「お前らに出す酒は無い」という意味で取られるのだそうだ。
これは異世界文化だな!
ちなみに他の種族が水なんぞ注文した日にゃ、店員に「あ、水の人だ」と覚えられるので注意が必要だ。
もちろん、出てくるのは紛れも無い水だ。
「・・・とりあえず水で。」
ギルディート・・・お前、店員に水の人って言われてんだぞ・・。
トイレに立った時に聞こえてきたんだけど、今いる客は少ないし、話の流れからして間違いない。
とりあえず、ギルディートの席にも適当に摘めるものを注文する。
「そもそも、私は貴方達に喧嘩を売った覚えはないのよ。セット装備を買いにこの町に来たの。
武器屋の店員にセット装備が無いかと聞いたら、見当違いのものを出してくるんだもの。
説教の1つもしたくなって当然なのよ。」
まずはマリッサが口火を切る。うん、マリッサの言うこともわかる。
セット装備が無いなら無いと言ってくれれば、それで良かったんだよな。
それを、これとこれを合わせたらどうのって・・服屋の店員かよ!
服を探してるんじゃなくて、装備を探している身からすると、単純に鬱陶しい。
レベル帯バラバラ。補正ボロボロ。文句の1つも言いたくなって当然だ。
「今時、セット装備なんて作ってる工房はねぇよ!あるとしたら、特注だ。
そこらの店を回って見つけようって時点で、ケチを付けて回ってるとしか思えねーんだよ。」
最後に俺にぶつかって来たドワーフの男・・・と思ってたが、こいつ、女性だったらしい。
紛らわしい格好しやがって。どうも、声が微妙に高いと思ったんだよな。
しかし、髪を短くし、女性らしさのまるで無い格好をし、そんな言葉で喋っていれば男と間違えてしまうのも無理は無いと思う。
種族特性か知らんけど、ペッタンコだしな。・・・何がとは言わないが。
名前はレスティ、ジャクス工房という所で見習いをしているらしい。
「あら。それは勉強不足だったのよ。悪いことしたわね。」
と言いつつも、全く悪びれた様子のないマリッサに、レスティの目尻が吊り上がる。
「工房に悪評が立ったら、どれほどの損害かわかっているのか?!悪いじゃ済まされねーんだよ!」
申し訳ないが、凄んでみせても全然怖くないんだよな。
店員に、スザクにも何か食えそうな物は無いかと尋ねたら、よく分からない穀物?豆?が出てきた。あと、皿に水だ。
伝票を見たけど、普通に料理並みの値段を取りやがる。
しかし、美味いのか、スザクは一心不乱に啄ばんでいる。・・・まぁ、いいか。
「悪評?どうして悪評が立つのかしら?私は事実しか言ってないのよ。
それで評判が悪くなると言うのなら、それまでの腕しかない工房なのよ。
悪いじゃ済まないというと、どうするのかしら?チンピラみたいにお金でも要求するのかしら?」
身長の近いマリッサにとっても迫力は感じないらしく、飄々と受け流す。
しかしマリッサさん、正論だとしても空気を読もうか。
あと言葉を選ぼう。一言多いんだよなぁ。
普通に応対してるつもりみたいだけど、それは火に油というか、火事にガソリンというか。
挑発しているようにしか見えない。
「てめぇよぉ!俺が女だからって馬鹿にしてんだろ?!」
ほら、こうなる。
理屈の筋が見えない、俺の苦手な手合いだ。
男達3名は「絶対に口を出さないぞ。」という顔で縮こまっている。
俺もその1人だ。飛び火してくるのは避けたい。
「馬鹿に女も糞もないのよ。そんな格好で『女だからって』とか言わないでもらえるかしら。
“女”だって事が“弱み”みたいに聞こえて不愉快なのよ。」
マリッサは眉間に薄っすら皺を寄せながら、塩の掛かった揚げた豆を摘まんだ。
そして、グビリとコップの“水”を飲み干し、店員を呼ぶ。
「酷い水だったのよ。もうちょっとマシなの頂戴。辛い酒はあるかしら?」
全方位に手加減無いな!マリッサさんってクレーマーだったの?
いや、別にクレーム付けて何かを強請るような真似はしてないんだけどさ。
俺は、ミルクをちびちびやりながら、成り行きを見守るのだった。