冒険者マリッサ、狩りに出る
あの日、私は倉庫の地下にいたのよ。
倉庫の棚に違和感を感じていた私は、試行錯誤の末に隠し解段を見つけ、師匠秘蔵の蜂蜜酒の在り処を見つけてしまったのだわ。
そして、そんなものを見つけたドワーフ族が考えることといえば、唯1つ。
味わいたい。
私は取り急ぎコップを用意したわ。
そして、つまみを用意した。抜かりは無いのよ。
ついでに持ち出し用の瓶も用意して。
倉庫の地下に侵入し、蜂蜜酒をコップになみなみと注ぎ入れたのよ。
・・・1杯飲んだ時点で満足していれば良かったのかもしれない。
でも、私は夢中になってしまったのだわ。何しろ、師匠の秘蔵酒。
不味いわけがない、いいえ、極上に決まっているのよ。
つまみが尽きた時点で気が付けば良かったのかもしれない。
口当たりが良く、しっかりとアルコールが主張をし、飲み飽きなかったわ。
一杯が終わり、また次の一杯になっても味が暈けることなく、むしろ杯を重ねるごとに鮮明になっていったのだわ。
あるいは、樽を1つ空けた時点で我に返ったら良かったのかもしれない。
酔いが回り、「もう少し・・・」から調子に乗って、息をするみたいに飲み進めたのだわ。
いくらでも飲めてしまう蜂蜜酒の虜になっていたのよ。
私は、あろうことか3つあった樽を全て、そして持ち出し用に持ってきた瓶さえも空けて・・・つまり一滴も残さずに飲み干してしまったわ。
いい気分で床に転がっていたのを、晩酌の為にやってきた師匠に発見されたのよ。
雷が落ちたかと思ったわ。
その日、深夜まで散々叱られたのよ。
でも、翌朝には何事もなかったかのようにいつも通りに会話をしてくれたのよ。
普通に仕事に打ち込み、普通にお昼を食べ、また普通に働いたのだわ。
仕事の終わりには、師匠や仲間達と宿に行って麦酒を飲んだわ。
そう、師匠は1度だけ思いっきり怒って、それで許してくれたのだわ。
でも、私は。
これでいいとは思えなかったのよ。
師匠の蜂蜜酒。
蜂蜜なんてめったに出回らないし、わりと高級品なのだわ。
それをたっぷり使って丁寧に醸造した、師匠お手製の酒。
コランダの水は澄んでいて、酒造りにはとても良いらしい。
なので、材料のうち水には困ることがないわ。
だから私は、蜂蜜を手に入れることにしたの。
買うのは難しい。
いつ出回るかわからないし、売っていても瓶に少量だろうし、何しろ高いのだから。
蜂蜜は、東の森に生息するフォレビーというモンスターの器官「蜜袋」から取り出すことが出来るわ。
けれど、運が良くても小瓶に半分程度、多くの場合にはティースプーンに2~3杯しか採れない。貴重品なのよ。
もちろん個体差があるので、全くと言っていいほど蜜袋に蜜を溜めていないフォレビーだっているわけで。
それでも、運よく巣を見つけることが出来れば、樽3つ分の材料くらいは稼げるかもしれない。
ともあれ、商人を待つよりも自分で取りに行った方が確実に早く、安く手に入るはずなのよ。
かなり大変だろうけど、何度かに分けて集めようと思ったわ。
一応、冒険者登録はしてあるし、装備もある。
フォレビーとは何度も戦った事があるし、生態も知っている。
私は、東の森へと踏み出す決意を固めたのだわ。
冒険者という職業は命懸け。
だから、準備はしっかりしないといけないのよ。
超高級品の帰還の札をお守り代わりに持ち、回復アイテム各種、予備のナイフ、クロスボウの整備もしっかりしたわ。
スコップ、バケツ、タオルに水、食料、着替え。
誰かに間違って使われないように、私物のインゴットを持とうとしたけれど、荷物が重過ぎて持てなかったのよ。
持ち物を増やしたり減らしたりして調整し、結局、最低限の荷物だけ持つことにしたわ。
帰りには荷物が増えている筈だもの。
そして、出発。
途中で倒したグミーやポイズングミーのかけらで荷物が無駄に増えていったわ。
いざとなったら捨てようと思いつつ、貧乏性なので拾ってしまったのよ。
グミーのかけらは何にでも使えて便利なのよ。
それでも7匹程のフォレビーを狩り、蜜袋を回収したわ。
蜂蜜の量としては・・・小瓶1本分くらいかしら?
気が遠くなるわね。
そろそろお昼が近い、という頃になって、8匹目の獲物を見つけたわ。
よし、狩るぞ。と思ったけど、こちらに気付かずにどこかへ飛んでいく。
待って!私の蜂蜜!
追いかけて行くと、フォレビーは大木の根元に入って行ってしまったわ。
逃がした?違う。巣だわ!
フォレビーの巣は20匹ほどの成虫を倒せば蜂蜜取り放題だって聞いたことがあったのよ。
つまり、20匹倒す実力さえあれば、一攫千金のチャンスだって事よ。
出てくるフォレビーを誘き寄せては倒す事、数回。
半分は倒せたかしら、なんて思っていたところで、状況が変わったわ。
ブブブブブブブブブブ!
ビビビビビビ!
羽音で威嚇するフォレビー。そして援護に集まるフォレビー。
4匹。いや5匹、6、7……と、どんどん数が増えていったのよ。
2~3匹ならともかく、群れと戦うには、実力不足もいいところ。
私の相手できる数の限界を超えたと思い、すぐに撤退を決断したわ。
巣から離れようと後ずさりを始めた瞬間。
フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。フォレビー。
羽音を立てるフォレビーの塊が巣のある地面から湧き上がったわ。
ただでさえ追い詰められていたっていうのに、手に負える数じゃない。
そろそろ敵が尽きるくらいだと思ってたのに、巣からあんなに出てくるなんて聞いてないわ!
私はそれに背を向け、全力で走り出したのよ。
・・・・・。
逃げて、逃げて、逃げて・・・。
だいぶ走ったけど、私の速度ではフォレビーを撒くことができなかったのよ。
数匹を引き離したと思ったら、素早いフォレビーが私に体当たりしてくるので、再び追い付かれてしまったわ。
針が飛んでくる。痛い。
けど反撃してる場合じゃないのよ。
立ち止まったらあの群れに追いつかれてボコボコにされるわ。
もしかしたら、死んでしまうかもしれない。
・・・帰還の札、使うしかないのかしら?
帰還の札の金額が頭を過ぎる。
そうだ、コランダの方に向かおう。
それまでに撒けたら言う事無いし、町にはモンスター避けの結界が張ってあるわ。
助けを呼んだっていい。1人じゃ無理だけど、誰かに手伝ってもらえば何とかなるはず。
何も考えずに森の奥の方に向かって走ってしまったけど、街の方に戻りながら逃げる事にしたわ。
その数分後。
いい加減、疲労が溜まってたのね。
足が何か堅いもの・・・石っぽくなかったから木の根だろうか・・・に引っかかり、激しく転倒。
フォレビーに集られ、帰還の札を頭に思い描きつつ、一縷の望みをかけて助けを呼ぶ羽目になったわ。