盗賊の事情
うん、言われてみれば確かにおかしいよな。
商隊だって言うのに荷物が少ないのは、アイテムボックスがあるからだと思っていたが、レベルを上げていない人のアイテムボックスの容量など、高が知れている。
ボロボロの馬車。必死に草を食む馬。そして、ギラギラとした男たちの目。
「肉だ・・。」「肉・・・。」
スザクが俺の頭に隠れるようにして肩にしがみ付いている。
おい、邪魔だからあまり擦り寄って来るな。
商隊8名。馬に乗ってた奴らが9人と8人で17名。総勢26名の大所帯だ。
種族はバラバラで、魔族かエルフかわからん奴が多い。
耳が尖ってて角が無きゃ、見分けが付かんのよ。
これから、こいつらを、どっちかの町に連れて行くのだが、正直、気が重い。
なぜなら、盗賊は捕まったら鉱山に送られるとの事なのだが、その生存率はすさまじく低いらしい。
“鉱山送り”というのは、実質上の死刑だというのだ。
鉱山。
マリッサさんの常識講座によると、まっとうな仕事としてならば、毎日解毒薬が必要な職場なのだそうだ。
坑道から滲み出して落ちてくる水が、地熱で這い上がってくる蒸気が、掘り出される鉱石が、毒気に侵されているという話だ。
毒気とは、人体に有害な物質の事だ。それに侵される・・要するに、公害病だな。
解毒薬を使わずにいると、健康な者でも2~3年で何らかの異常をきたし、10年後には重篤な患者になっているのだという。
加えての過酷な重労働。
よほど頭が悪くて体が丈夫な者でない限り、この仕事を好んで選ぶ者はいないとさえ言われている。
そこへ、「維持費が少なくて済む労働物資」として送られる。
待っているのは、人としての扱いではなく、モノとして「維持する」程度の扱いだ。
減ったら足される程度の維持なので、食事は微々たるものだし、解毒剤なんてもらえるはずがない。
そんな刑罰が、彼らを待っている。
さて、彼らは、そんなリスクを知った上で、どうして盗賊なんぞをやっているのだろうか。
盗賊というのは、ものすごく嫌われる職業だと思う。
彼らを嫌うのは勿論、金を持つ者達だ。商人だったり、貴族だったりする。
商人もピンキリだが、だいたい大手の商会へと繋がっていたりする。
その時だけなら、金が手に入って良い思いをできるのかもしれないが、長期的に見て、決して手を出して得をする相手では無い。
金という力を持つ者は、その力を使って、他から力を借りることができるからだ。
そして、待っているのはお決まりの末路である。
他人の稼いだ金を奪うからだ。「自分で働け!」と言いたくなる気持ちもわかる。
しかし、彼らは自分で働ける状態なのだろうか。
マリッサとギルディートの協力を得て、俺は馬車に1人ずつ連れ出し、聴取を行った。
彼らは、リスクも承知。
この後どうなるのかも承知の上で、それでも盗賊をしていたのだ。
それでも、金持ちを敵に回すのは怖いので、冒険者を狙った、と。
「膝に毒針を受けて、冒険者ができなくなった。」「帰る家なんて元々ない。」
「畑を耕しても、作物が無い。道具ももう売ってしまった。」「グミーでさえ倒せない。」
「妻子はいるが、痩せこけて死にそうだ。」「今更、冒険者なんてなれる筈が無い。」
「売れるものなんぞ、全て売った。残されているのはこの命だけだ。」
わりと重い話をたくさん聞かされた。
今持っている装備品は、よく見ると粗悪品だったり、相当ガタがきているものばかりだった。
木の枝に錆びたナイフを括り付けたような、どこのゴブリンだよ?!って装備の奴もいる。
馬車はと言うと、乗合馬車の壊れた廃棄部品から、使えそうな物を集めて修理したらしい。
しかし、体裁を整えて見てくれだけ良くしてあるので、いつ壊れてもおかしくない代物だとか。
それを、部品をかっぱらっては直し、かっぱらっては直し、なんとか繋いで4台まで増やすことができたのだそうだ。
とか言ってる間に、後方の1台がミシミシ言って傾いてるな。あ、車輪が外れた。
ガタン、バタンという音と共に、馬車が1台潰れていく。ありゃまー。
この馬車は大丈夫なんだろうな? と聞いたら、状態の一番良い馬車との事だ。
冒険者から奪ったもので、売れるものはすぐに売ってしまったらしい。
それで手にした金は、それを元手にして何かをできるような額ではなく、数日の間、飢えを凌げる程度なのだという。
多少の纏まった金が入っても、腹を満たさなければならない程度には、切羽詰っていた。
色々奪った冒険者はというと、元気に逃げていったとの事だ。
覚悟を決めたことはあるが、殺しはやったことが無いらしい。・・ふむ。
「お前らに質問だけど、もし、レベルや装備の問題、体調の問題が片付いたら、冒険者をやって食ってくつもりはあるか?」
全員が顔を見合わせあう。
なにやら、ごだごだ相談し合っているようだ。
うん、変な集団心理とかが働いても困るな。
先に意志を確認しておけば良かった。二度手間だが、もう一度、1人ずつ聞いていこう。
色々話を聞いたが、盗賊をしなくて済むなら、とっくにそうしてる、というのが彼らの言い分だった。
中には、物乞いをした者もいた。というか、割と多かった。
しかし、物乞いに金や物を分け与えるほど裕福な人間などそういないし、いたとしても分け与えてくれるとは限らないのだ。
そして、俺達は、その盗賊達が暮らすという、森の中の集落へと行くことになった。
養っていかなければならない家族たちが、そこにいるという話だ。
家族達は、盗賊をしている事など知らずに、彼らの帰りを待っているのだという。
家族に会うのに、腕に縄をされてたんじゃ気まずいだろう。
縄を解いてやると言うと、まず、マリッサとギルディートが変な顔をした。
うん、まぁ襲われた側だから仕方ないね。
縄を解かれると、盗賊達も変な顔をした。
いや、だから、鉱山送りにする前に、できることがあるだろう?
何の猶予も与えずに牢屋にぶち込み、死刑と変わらんような罰を与えたいわけじゃない。
性根の腐った奴なら、それ相応の罰を与えて欲しいとは思うが、見込みのある奴にならチャンスがあってもいいと思うんだ。
とりあえず、盗賊をやめてもらいたいんだよ、俺は。
しばらく進むと、彼らの集落に到着した。
その辺の木の枝を使って建てられた、穴がいくつも開いた小汚いテントが並ぶ。
テントと言ったのは、建物としてはあまりに粗末過ぎたからだ。
テントという表現でさえ、ちょっと自信が無い。
木に汚い布が引っ掛けてある。…――これが、その集落を表現するのに適切な言葉であった。
一応、防水処理はしてあるんだろう。屋根として使われている。
しかし、テントによっては葉っぱを詰め込んだり、乗せたりしているので、やはり雨漏りがするのだろう。
そして、痩せこけた子供達が、わぁっと男達を出迎えた。