ディアレイの宿
宿:木漏れ日の揺り篭
“亭”って付かないんだ。へぇえ!
そう思ってしまうのも無理は無い。
宿に泊まっても回復するが、低レベルにとっては高過ぎるし、高レベルは回復アイテムを連打するので事足りる。
わざわざ宿を訪れて回復なんてする事は、一度やってみる程度だろうと思う。
利用したことのないプレイヤーの方が多いはずだ。
宿なんてのは民家と同じ扱いだったし、クエストで出てきた宿には“亭”が付いていたので、妙な先入観があったようだ。
そこの受付にいたのは、エルフの女性であった。
「ようこそ、木漏れ日の揺り篭へ。
珍しいじゃない。ギルディートがうちを利用するなんて。」
やはり、ギルディートは野宿がデフォ(=デフォルト。普通。いつものこと。)なのか。
「今日は客も一緒だ。頼むよ。」
そう言ってこちらを一瞥する。
「任せて!」
エルフの女性は笑顔で胸を叩いた。
・・・揺れるものは無かったとだけ言っておこう。
「宿泊料金は一泊2,000D。素泊まりなら1,500Dだけど、まさかウチの飯を食わないとか言わないわよね?」
ちょっと口調が今おかしかったぞ?大丈夫か?
俺たちは無言で頷く。
その耳に注目してみたが、別段、調子が変わることは無かった。
耳が尖ってればピコピコ動く、ってわけでもないみたいだな。
「部屋割りはどうするの?同部屋なら少し安くするわよ。」
もちろん別々だ。3部屋取って案内をしてもらう。
ペットありだと部屋が高くなる事は無いのか?と聞いたら、ペットのベッドと食事が必要であれば金を取るという扱いだった。
それは助かる。
でも、ペット部屋は別途金を取ってもいいと思うなぁ。
「あと、ペットが悪さをしたら、飼い主に弁償してもらうから、気を付けてね。」
俺の頭の上を見ながら言ったが、スザクなら大丈夫だろう。・・めいびー。
ペット連れ専用の部屋なのか、俺は2人と離れた部屋に案内された。
いや、単に先客の都合かもしれない・・と思ったのは、その部屋にベッドが2つあったからだ。
「あの、スザクもいますし、料金払いましょうか?」
っつったら、エルフの女性は変な顔をしていたな。
俺はやることもないので部屋にいたが、マリッサとギルディートは早速食堂に向かったようだ。
俺は荷物整理と、定番のペットの世話をして、1Fに向かう。
トイレに入ろうとしたら、スザクが頭から飛び降りた。
何ぞやと思ったら、四六時中俺の頭の上にいたスザクがトイレを覚えていた。
犬猫でもトイレを覚えさせるのが大変だというのに、この子ときたら!
「ケコ。」
どうも、「俺、賢いんだぜ」アピールをしているみたいだ。大いに褒めておく。
マリッサは酒をちびちびとやっており、ギルディートは何か食っていた。
宿の夕飯はこれからだろ?
しばらくして、夕飯になった。
パンとスープとサラダ。そして小さな肉のソテー。
小麦亭より少し豪華かな?
マリッサが敵情視察よろしくメニューを睨み見ている。
「おい、ミティア。これ、いつもより豪勢じゃないか?」
あのエルフさん、ミティアという名前らしい。
ギルディートの問いに、顎をしゃくるようにしてこちらを指す。
「あのお客さんがペットの分もって支払うんだもの、ボッタクリと思われないようにサービスもするわよ。」
その前に、その態度を何とかしろと。
話題のスザクは一心不乱にコーンを突いている。
そこら中の草とかよく啄ばんでいるし、それで足りていると思っていたが、どうやら考え直さねばならないようだ。
2人が呆れた視線を送って来ている。
「・・・。どうした?」
「どうした、じゃないわよ。」
何、このデジャブ。
はて、何か説明をし忘れた事でもあったろうか?
それとも失言でもしたか?うーん、どちらも身に覚えがないな。
「どこに鶏の宿泊代で2,000Dも出す馬鹿がいるんだよ。」
そこか。ここに居ますが、何か?
向こうの世界・・日本でも、ペットに金をかける奴はいた。
犬の誕生日に神戸牛をプレゼントするような真似をする気になれないが、一泊の宿泊代ぐらいいいんじゃないだろうか?
2,000Dだし。てか、2,000Dってどれくらいの価値なんだろうな?
「そんな『自分は常識の範囲内でやってるのに、大げさな事を言って』みたいな顔をされても困るのよ。
リフレの常識と、世間一般の常識は災害レベルでズレているの。わかるかしら。」
その例え、分かり辛いな!
マリッサの発言に合いの手を入れるのがギルディートだ。
「致命的って事だ。」
いや、分かり易く言ってくれって頼んでないよ!
最近、こいつらに、この世界の常識について語られることが多い。
助かる面もあるが、こう、幼い子供に言って聞かせるように話をされることが度々あるのだ。
さすがにうんざりもするだろう。
「その“災害レベルのズレ”? で死傷者が出たことが無いなら、世の中平和に回ってるってことだ。
それでいいじゃないか。」
俺は、追加注文した肉の煮物を口に入れ、租借する。
よく煮込まれていて柔らかく、味がしみている。ハーブ系の味付けで、ミルクが入っているのか白っぽく、変わった味だが、なかなか美味い。
このパスタはどうだろう。
「気が付いたら戦場の真っ只中って事にならねーように、こうやって色々言い聞かせてるんだぜ?
まぁお前なら、スキル飛び交う戦場で『今日も平和だなー』とか言いながら闊歩してそうだけど。」
口に含んだパスタを噴き出しかける。どんなイメージだよ、それ。
いや、マリッサも頷いてんじゃねーよ。
あれ?店員さん?貴方とは今日会ったばかりですよね?何で一緒に頷いてるんですか?
ほとんど絡んでないですよね???
俺は釈然としないものを抱えながら、フォークで丸めたパスタを口に運ぶ。
こっちは葉物野菜をすり潰したクリームソースのようだ。
多少の青臭さは味付けでカバー。塩辛めのベーコンがアクセントになっていて、これもいける。
テイクアウトで飯を作ってもらうのは確実だな、と思いつつ。
常識談義に花を咲かせ始めるコンビと、相槌を打つ店員に、湿気った視線を送るのだった。