3人の予定と忘れ物
俺たちは、今後について話し合いをする事になった。
これからの時間は宿としてではなく、飯屋となる為、宿泊客が俺とギルディートだけだったとしても食堂でのんびり話をしているわけにいかない。
何しろ緘口令の敷かれた機密事項だ。
だが、まずは身奇麗にして髭を剃り、飯を食わねばなるまい。
風呂場(暫定)から飯に行く前に、女将さんに呼び止められた。
連泊客の特権として、衣服を洗濯してもらうのだ。
この間、川で洗ったびしょびしょの洗濯物を渡してからというもの、笑顔で桶を差し出してくるようになった。
いや、本当に悪かったと思っている。
で、飯だ。
「…おい?」
テーブルに並んでいるのは、朝食には重過ぎるような料理の数々。
どうしたのか?答えは知れている。
さっき、宿の飯に補助が出るって聞いた時、身を乗り出したギルディートの表情こそ見えなかったものの、耳が前方に向けてピンと立っていた。
だが、それだけで察することができなかった。
「俺、一度でいいから腹一杯になるまで料理を腹に突っ込んでみたかったんだ…。」
「不憫かっ!?」
聞いちゃいねぇ。こいつ、完全に乗せられてやがる。
一応、あの金の延べ棒の換金さえ済めば、その辺の金持ちが霞む程の大富豪、らしいのだが。
マリッサが戻ってきた。
テーブルに乗った料理に怯む様子も無く、席に座る。
「決めたわ。ノルタークへ行くのよ。憧れのセット装備を手に入れるわ。」
「お前もかっ?!」
まぁ、装備が酷いのも事実だ。
体を守る装備、所謂鎧装備はそこそこのを使っているようだが、他が酷い。
肘、膝は“無いよりマシ”程度の防具らしき何かだったし、頭には何も付けてないし、グローブも付けていない。素手だ。
靴はレベル1桁のものを履いているように見える。
確かに、鎧系は防具の中で一番ステータスが稼げるが、レベルが上がるほど他の装備が重要になってくる。
「・・・。そうだな。何にせよ、とりあえず装備だけは何とかしないとな。」
俺が朝食を済ませた頃、ギルディートは食い切れなかった料理をテイクアウト用に包みなおしてもらっていた。
あん?荷物がもう持てないだぁ?こいつは本当にもう・・・。
ちなみに、俺の荷物は他のキャラに受け渡したので余裕がある。
ノルタークで装備を整える話をすると、ギルディートは青い顔をして喜んでいた。
何故、顔色が悪いのかって?・・・食べ過ぎだ。
現在、クランが活動しているのがノルタークで、ノルタークから宿場町を1つ経由して行ける首都:フロウランに本拠地と、実家があるのだそうだ。
こいつの足なら、ノルタークまで戻れば“すぐそこ”なんだろうな。
それにしても実家か。
「あれ?ギルディートは孤児ではないのか?」
思わず、素で聞いてしまった。
ガノッサス傭兵団ってのは、孤児を集めた組織だったし、リーフレッド・・・大剣キャラも孤児院出身だ。
ギルディートは気を悪くした素振りも見せず、
「孤児ではないな。貧困層であることは間違いないけど。」
と答えた。
まぁ、貧困層から脱出できそうな目処が立って良かったよ。
ダフもノルタークで活動してるみたいだし、相談も出来るなら丁度いい。
満場一致で今日はノルタークに行くことになった。
「今日は、って、まるで一日で着くつもりみたいな言い方なのよ。」
「むしろ、日帰りのつもりで言ったと思うぜ。」
ああ、マリッサがいるなら日帰りは難しいか。
今日行って明日帰って来る感じか?
いや、今日行って、明日一日店を回って、明後日帰って来る感じか。
うん、きっとそんな感じだ。
「冗談も休み休み言うのよ。・・・。冗談よね?」
付き合いの長いマリッサが冗談の扱いか。
とりあえず、馬車って乗れないのか?一般的な速度を知っておきたい。
ディアレイまで行けば馬車に乗れるようなので、ディアレイまでは徒歩だな。
今後の予定が決まると、マリッサは女将さんと鍛冶屋に報告しに行った。
俺は、キッチンを使わせてもらって、マグカップや鍋などを洗わせてもらう。
ギルディートは・・・食休み中だ。まだ顔が青白い。そっとしておいてあげよう。
マリッサも戻って来ないし、外へと出る。
何もすることがなくなってしまった。
井戸から水を汲んで補充でもしておこう。
「コケーーーッ」
?!
ひし、と足元に引っ付くスザク。ごめん、存在を忘れていたよ。
そして、脱走したスザクを追いかけていたという女将さん、すまん。
あ、マリッサが女将さんに追い付いた。
戻って来ないと思ったら、スザクのせいかよ。
「コッ!」
俺が忘れたせいですね。すんません。
冒険者はだいたい、いつでも動けるように準備をしてあるものだ。
何しろ、この世界にはアイテムボックスがあり、中身の時間は経過しないみたいだし。
なので、準備を整えるのは補充ぐらいだ。だいたいいつでも出発できる。
あとはギルディートが来ればいつでも出発できるんだが・・・いないぞ。
部屋にもいない?一体何処に・・・。
「・・・・・・・・・・」
トン、トン。
「放っておいてくれ・・。」
トイレだった。