2日目:テンプレ…なのかな?
ドワーフの女性が落ち着くまでにわりと時間がかかった。
なんでも、虫刺されの腫れなんて時間の経過と共に治まるものに、薬を使ったせいだとか。
しかも万能薬なんて薬は見た事が無く、相当高価なものと違いないと踏んでいたら、パサパサとかけてきたので驚いたようだ。
どうも、俺が高額な代金を請求してくると思ったらしい。詐欺かよ。
が、話し出せば打ち解ける事ができ、自己紹介も済ませた。
俺はキャラ名を名乗った。
本名を名乗らなかったのは、基本的にゲーム内で本名を名乗ることがタブーだったからだ。
だいたい、このファンタジーの世界で、洋風なキャラを使ってるのに和名って違和感ありすぎだろ。
敬語は不要というか、使われると落ち着かないと言われた。
彼女の名はマリッサ。レベル18の冒険者だそうだ。
相手にカーソルを合わせることを意識してみると、確かに[マリッサ]と出た。
意識すれば、本当にゲームのような感覚で色々と操作できる。
これが現実である、という意識を薄れさせてしまうので注意しないといけないな。
レベル18なら無理をしなければ適性狩場のはずだ。
しかし適性狩場ということは、経験値がおいしい代わりに、しっかりダメージを食らうということでもある。
マリッサがどうしてフォレビーにボコボコにされていたのかというと、フォレビーの巣を探していたせいだった。
巣だぁ?
アホかと。
あんな次から次に湧いて出る気持ちの悪い…じゃなかった、いくら適性レベルでも、限度というものがある。
18レベルであれ攻略しようとしたら…装備を最高に頑張ったらいけるかもしれないが、普通に考えたら死ねるよ?
最高に装備を頑張るというのは、サブキャラの為にメインキャラで資金を潤沢に注ぎ込んで準備をするという事で、普通はそこまでしない。
つまり、普通に死ねるよ?
と思ったら、成虫20匹程度、普通の巣なら時間を掛ければ攻略できるという話だった。
んーー。
俺の知っているゲームでは「巣」って仕様が無かったからなぁ。
20匹程度なら・・・ああ、誘き出して各個撃破の流れか。それならいけそうだ。
「でも、私の見つけた巣はものすごく大きかったみたいで・・・倒しても倒してもきりが無いくらい湧いてきて・・・撤退しようと思ったら仲間を呼ばれてこのざまよ。」
このざま・・・と言われても、どの程度やられたのか俺には判断が付かなかったが、もし新品状態の装備がここまでボロボロになったのであれば相当だろう。
憔悴している様子から見ても、かなり大変だったと思われる。
「あの・・・もし良かったら手伝ってくれないかしら?どうしても大量の蜂蜜が必要なのよ。
報酬は多くはないけれど、インゴットで良ければ出すわ。」
俺が渋い顔をしたのがわかったのだろう。
懇願するように身を乗り出している。
ううむ、もう虫なんて見たくもないんだが・・・。
ここで断ったとして、マリッサは再び蜂の巣に挑むのだろう。
それで死なれては後味が悪い。
俺のアイテムボックスにある蜂の巣のかけらを渡そうかとも考えたが「大量の」蜂蜜が必要、というのなら足りないかもしれないし、ゲーム的な考えかもしれないが、初心者さんにあまり物を与え過ぎてもよくないだろう。
「わかった。ただし、戦闘では俺は最低限しか手を出さない。
俺がいないつもりで、無理をせずに判断して、危険だと思ったら撤退すること。」
という約束のもとで手伝う事になり、マリッサの見つけたという巣に向かう事になった。
結論から言うと、マリッサが見つけて撤退した蜂の巣は、俺が掘り返した巣だった。
「成虫がほとんど全滅するまで倒しておいて、巣まで掘り出したのに放置って何を考えてるのかしら?
荷物がいっぱいで持てなかったったの?私としてはありがたいのだけれど。
飲み放題の酒の席で、飲まずに帰るくらいの暴挙なのよ、これは。」
ドワーフらしくて理解しづらい例えで捲くし立てられたが、ちゃんと巣の欠片を持ち帰ったのだから飲まずに帰る程の暴挙じゃないと思う。
マリッサにスコップを渡され、雑に掘った巣をしっかりと掘る。武器で掘ろうとしたら差し出されたのだ。
何でも、浅い部分には幼虫がいることが多く、深部まで行けば蜂蜜だけの倉庫のようになっているんだそうだ。
マジか。どおりで幼虫だらけだったわけだ。
さっきは根性で蜂蜜の入った巣を見つけ出したが、蜂蜜が嫌いになりそうなレベルでトラウマが刻まれてしまった。
もっと早くその情報を知っておきたかったなぁ。
やっぱりスコップは掘りやすい。どんどん進む。
途中からマリッサを「土を運ぶ係」に任命した。だって掘るの遅いんだもの。
ちょっと掘れば洞窟のようにぽっかりと穴が開いていたのだが、暗くて細いトンネルのような場所で蜂の巣と格闘するのは想像しただけで寒気がする。
それは嫌なので、深部まで太陽の光で明るくなる程度に大きく開いたった。
フォレビーの巣ってでかいんだなぁ。あ、この巣は特別でかいんだっけか。
「これだけ大きい巣なら、かなり持ち帰ってもまた直ぐに持ち直しそうなのよ。」
確かに。幼虫がウヨウヨいたしな。
蜂の巣は、木の根を拠点にぶら下がっており、確かに下側は蜜の部屋しか無かった。
あの戦闘が無ければ、芸術品と言われても信じてしまうような規則的な六角形が並ぶ。
これを切り取るわけだが。
「それを使うのかしら?」
仕方ないだろ?他に適切な刃物がないんだから。
マリッサだって小さいナイフしかないんだから、俺の大剣を使うのが手っ取り早い。
だというのに、「他に方法がある筈なのよ」とか、「考え直すのよ」とか。
果ては悲鳴を上げるのだから困ったもんだ。
確かにモンスターを斬る武器で食べ物を扱うのは気分が悪いかもしれない。
が、マリッサの用意した清潔なタオルでちゃんと拭いたんだから目くじらを立てるのはやめて欲しい。
カットが終われば、あとはマリッサに任せる。
俺は、さっきから体当たりしてきているフィレビーをどうにかしたい。
蜜を集めに出かけていたらしいフォレビーがちょこちょこ戻ってきているのだ。
そりゃ巣を切り取ってりゃ怒るわな。ああ、鬱陶しい。
・・・この蜂蜜ソードを食らえ!
マリッサがしているのは荷造りだ。
蜂の巣を切り分けて紐で結び3段くらいの塊にすると、丈夫そうな木の枝の端に結わえ付けた。
木の枝の逆の端にも同じように結わえ付ける。
そうして、天秤棒状態になった木の枝が4つ。
そのうち2つを渡された。
「じゃぁお願いするわね!」
・・・・・・・。
手伝いって荷物持ちか!
まぁ約束だから運ぶけどさ。
天秤棒に結わえ付けられた巣から蜂蜜が滴り落ちる。
持って帰る前に、だいぶ零れるんじゃないか?
そう考えていると、マリッサが真っ青な顔をして固まっているのに気付いた。
両手を口元に当てて、何かに驚いている?
何かあったのか?
ぎこちない動作で俺の方・・いや、俺の背後を指す。
もう片方の手は息を潜めるように唇に添えられたままだ。震えている?
・・・まるで何か危険な生き物にでも遭遇したみたいな顔をしている。
例えば、熊とか?
「フシューッ・・・、フシューッ・・・。」
背後を振り返り、見る。その鼻息の荒い生き物は、熊であった。
見間違うこと無く、熊であった。
そういえば、このマップに1体だけ、フォレベアが出たっけか。
1体だけなんていうボス的なポジションのくせに、ドロップは普通のフォレベアが落とす肉だけだったりする。
ボスでも何でもない、普通のフォレベアだ。
だが、さすがにリアルな熊となると怖いものだ。
何しろ巨体だし、その頑丈そうな身体から繰り出される牙と爪は恐怖そのものだろう。
「てい。」サクッ。
しかし先手必勝とばかりに剣を振るったら、簡単に首が落ちてしまった。
勿論、致命傷を与えるつもりではあったのだが、手ごたえが軽すぎた。
見た目は熊だが、25レベルもあれば狩れるモンスターなだけあって弱かったのだろう。
「ええええええ?・・・・・ええええええええええ?!?」
まぁ、それでも30レベル無いと苦戦するし、18レベルの冒険者にとっては衝撃的だっただろうけれども。
-解説- 超説明会です!読み飛ばしOK!
インゴットって?:金属の塊。報酬として渡されるインゴットというと、普通は貴金属を連想する。(が、ここでは貴金属とは言っていない。)
フォレベアって?:森の熊さん・・もとい、熊系モンスター。雑食だが肉や蜂蜜を特に好む。
ゲーム上、適正レベルは25とされているが、一発の攻撃力が高いので、まともに相手するにはそれなりのDEF(防御力)が無いと即死も起こり得る。
なので実際の必要レベルは30くらいであろうと言われている。
この場所ではフィールドボスのような扱いになるが、別のフィールドでは雑魚として出現する。
熊系モンスターの中では最弱。