2日目:遭遇
俺は、蜂の巣のあった場所から少し離れた木陰で休んでいた。
太陽はだいぶ高い。
食事を買い忘れたのもあるが、全く食欲が湧かないので丁度良かったのかもしれない。
今日買ったばかりのSPポットを口にする。
うーん、微妙に甘いが「スタミナ」感は全く感じない。
ゼリー状でもなく、水のような液体なので腹の足しにはならないだろう。
うまくもないし、腹の足しにもならないとなると、効いてるのかもさっぱりわからなかった。
もう虫は見たくもない。戦闘なんて以ての外だ。
今日は虫を見たら即通過しよう。戦略的撤退だ。
気力を振り絞ってデカい巣の欠片をアイテムボックスに入れたが、鳥肌がやばかった。
もう絶対にやらない。
さて。俺は太陽を目印に、影の伸びている方向が西、逆が東だと考えて進んできたわけだが、影は縮んでしまい、これからの時間はしばらく参考にならなさそうだ。
もう少し時間が経てば東の方向に影が伸びるので、そちらの方に向かえばいいはずなのだが。
とりあえず、今まで進んできた方向を向いたまま歩く事にした。
「…か!助けて!!誰か!」
遠くから声がする。が、どっちだ?
「…て・・・!」
叫びというよりは悲鳴に近い。
しかし姿は見えず、前方だろう、という程度にしかわからない。
「誰だ!?どこにいる?」
マップを見たが、相手は表示されない。
ゲームと同じ仕様ならPTメンバーやクエストを受けたNPCは表示されるのだが、絡んだ事も無い相手では仕方ないのかもしれない。
「助け・・・っ」
どこへ向かって放たれていたかもわからなかった声が、こちらに向かって放たれた気がする。
おかげで、相手のいる方向がだいたいわかった。右前方、遠くても数百メートルの距離だろう。
「行き違いにならないように声を出せ!すぐ行く!」
俺は、声のする方に向かって駆け出した。
・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そこにいたのは少女……いや、ドワーフ族の女性だった。
パーマをかけたようにくっきりとウェーブのかかった赤毛。大きく元気そうな目。
ボロボロの装備と、ボウガンのような武器。
虫に刺されたらしく、あちこちを大きく腫らせている。
それはまぁいい。
彼女は、フォレビーの群れに囲まれていた。
そう、さっき散々戦ったあのフォレビーの群れに囲まれていたのだ。
「もう見るのも嫌だって言ったじゃないですかー!」
一閃。その頭をまとめて斬り離す。
減らない。
ぶぶぶぶぶぶぶ。
羽音をさせるフォレビー。
寒気がする。
「もう見るのも嫌だ、って。」
まるで壁のような虫の塊に斬りつける。斬りつける。斬りつける。
恐怖を感じたりはしないのか、次々と尽きる事のないかのように向かってくる。
感情の全くわからない大きな目。こっち見んな。
積み上がる死骸。死骸。死骸。頭を失ったのに蠢く手足。
「言ったじゃないですかーーー!!!」
気が付けば、俺は範囲攻撃スキル:乱舞を放っていた。
ランページウェイブは回転して剣撃を飛ばし、剣の延長線上にある敵も攻撃できる範囲スキルだ。
最初に使った時は同じような太刀筋で3回転程回っただけだったが、スキルがどんなものかわかっている状態でしっかり動くと、その範囲と効果は著しく変化した。
踏み込み、振りかぶった瞬間に動くもの全てが遅く見え、振るいたい軌道をなぞるように剣を振るうだけで、進路上のフォレビーが吹き飛び、体ごと回転しなくても周囲の敵を次々斬り刻んだ。
そして、スキルの効果が切れ、俺はしっかりと地面を踏みしめて次の構えを取る。
もう「体が覚えたスキル」を適当に放って転ぶようなヘマはすまい。
大半のフォレビーは粉々になって地面に落ち、あとは掃討するのみとなっていた。
「大丈夫ですか?」
とりあえず、ドワーフの女性に針を飛ばしているフォレビーから片付け、声をかける。
しかし、その女性は泣き出しており「うぐ」とか「ひぐ」とか呻くような声が聞こえるばかりである。
確か、フォレビーの攻撃は毒などの状態異常にはかからなかったはずだが・・・。
ゲームとこの世界は違うのかもしれない。
とりあえず回復してもらわなければ話も聞けそうにない。
「これを使ってください。」
俺の常用回復アイテムであるHPポット(大)と状態異常全てに効果のある万能薬、そして必要かどうか謎だがSPポットを取り出して渡した。
まだ俺に向かって遠くから針を飛ばす奴が何匹か居たのでさくっと倒してくる。
戻ると女性はすでに泣き止んでいた。
が、俺の渡した回復薬ズは一切使われていなかった。
何故Why?
ポカーンとした彼女は猫のフレーメン反応みたいな顔をしている。
「うん?」
レベル250台が来るようなの狩場じゃないから、レベル差で驚いたのか?
俺も高レベルプレイヤーの戦闘には驚いたものだ。
いや、さっきスキル使った時はただ泣いてただけだったしなぁ。
とりあえず、万能薬を使えば虫刺されとか治るんじゃない?と思い、万能薬を振り掛けたら
「きゃぁああああああああ!!!」
ものすごい悲鳴を上げられた。
あれ?飲み物だった?これ?
でも石化にも効くから、かけても効果あると思うんだよなぁ。石化中は飲めるはずないし。
そう思ったら、やはり腫れは引いていた。
使い方は間違ってなかったようだ。
しかし、
「なんてことを!なんてことを!!」
彼女は錯乱したままだった。
いきなりぶっ掛けるのは失礼だったか。
次からは一言、断りを入れる事にしよう。
-解説- 超説明会です!読み飛ばしOK!
アイテムボックスって?:アイテムを入れることができる場所。RPGの定番。そんなに持てないだろ!ってぐらい、沢山の荷物を持ち歩く事ができる。ゲーム・作品によってはリアリティを出す為かシビアな重量制限があったりする。亜空間倉庫、アイテムスロットなどの呼び方がある。非常にポピュラーかつ便利な能力。・・・能力?
ドワーフ族って?:ファンタジーの定番種族。ヒューマンよりも背が低く、手先が器用。鍛冶・工芸に優れていると言われている。屈強な肉体を持ち、戦士としても優秀。この作品でのドワーフは、髭のおっさんは多いが、ドワーフ=髭ではない。
フレーメン反応:ウマなどの哺乳類に起こる、臭いに反応して唇を引きあげる生理現象。臭い物を嗅いだ時、思わず顔を逸らして口を開けてしまう人も多いはず。あんな感じ。何故猫かって?調べてみるといいよ。
「なんてことを!なんてことを!!」って…:虫刺されに、どんな難病でも瞬間的に治療できるような万能薬を使われたら、誰だってこんな反応をするだろう。