遺跡の攻略 ~二日目 中編~
遺跡の部屋の隅に桶を起き、スザクを入れると大人しくなった。
ダンジョン探索に付いては来れないと学習したらしい。
マリッサとギルディートに関しては、結局、俺が折れて、一緒に行くことになった。
川で体をしっかり洗うこと等を条件に、だ。
毒対策として、2人の持つ解毒薬と毒消し草を分け与えられた。
万能薬を使うと言ったら呆れられ、渡されたのだ。
確かに万能薬に頼っているのも危なっかしいか。そりゃ事前策はあった方がいいけどさ。
毒消し草(苦くて薬臭い草)をガムのように噛み締めながら、左の部屋に突入する。
相変わらず、陰気臭い部屋だ。その上、隣の部屋から漏れ出た匂いが混ざっている。
クラポリームは8体いた。多いな!
他に、俺を見失って取り残されたモンスターが、まだ多く残っている。
ヘイトを集めたところで2人を呼んだ。
まず、虫が一掃される。
クラポリームが後回しになったのは理由がある。
イマイチ、倒したのか、そうでないのか分からないのだ。
切っても叩いても形を変えてモゾモゾと黒い気体 (?)を吐くこいつは、始末に終えない。
粉々に切り裂くか、滅茶苦茶に磨り潰して、ようやく経験値が入る。
ふと思い付いて、トーチの火を近付けてみたら、燃え上がった。効果は抜群だ!
と、思ったら、グニャグニャッと俺を追いかけてきた。「のわっ?!」俺がバックステップで距離を開けると、直ぐに動きを止め、燃え尽きる。これは危ない。
最後の1体だったらしく、2人に呆れた視線を送られていた。
ドロップアイテムは・・このカビの潰れたやつみたい。
確かに、カビの胞子とかいう名前のドロップアイテムを落としたが、これはない。
有りか無しかで言ったら、無い。ただの残骸じゃねーか。
毒にも薬にもなるんだそうで、瓶に詰めて売るんだとか。
ちなみに、燃えた奴にも残骸が残ったが、明らかにただのゴミだった。
モンスターとしては“何処にでも出る部類”だとギルディートに言われたが、俺の知ってる生息地は一部のダンジョンだけなんだよなぁ。
衛生的に気分が悪かったので、石でできた床や壁をトーチで炙った。汚物の消毒は炎に限るね。
で、再び奥の部屋に入る。
・・・暗い。そして臭い。
さっきよりも臭いがマシに感じるのは、空気が入れ替わったせいだろうか。
それとも、俺の鼻がおかしくなってきているんだろうか?
身構えたが、虫は残党だけだ。
どうも、部屋がより暗く見えるのは、部屋にびっしり生えた黒カビのせいらしい。
俺の知る黒カビって壁のシミなんだが、ここの黒カビはアオカビみたいにこんもりしている。
そして、そのびっしり生えた黒カビの一部がモコモコと盛り上がり・・・
ずももももも・・・・
クラポリームが湧き出した。
「退くぞ!」
俺は、沸いたクラポリームの1体にトーチを投げつけると、勢い良く扉を閉めた。
俺を追いかけてきた虫の残党を狩り終え、一息つく。
さて、この部屋をどうするか考えなければならない。
部屋の隅々までびっしりの黒カビの事、そこから湧き上がるクラポリームの事を2人に話す。
そして、対策を練る。
あの感じだと、1匹を叩いている間に次から次へと沸いてくるだろう。
怖いのは毒攻撃だ。毒と言うか、胞子だな。肺が侵されたら洒落にならない。
胞子を避けて、次の部屋まで退く事になる。スザクを外に置いて来れば良かったか。
「・・。おい、あれ・・・。」
ギルディートが何かを指差した。扉の方向だ。
マリッサと俺もそちらを見る。
閉じた扉の淵から、黒い根っ子のようなものがじわじわと滲み出て来ていた。
これは黒カビ、か?
扉の隙間からこっちに向かって追い掛けてきているのか。
背筋を冷たいものが走る。
カビって植物的なイメージを持っていたが、コイツはモンスターである。
人を襲うという明確な意思を持って、こっちに向かって来ているのだ。
戦慄と共に身構えた瞬間だった。
バァン!!!!!
篭った音だったが、壁の向こうで何か爆発したような音が響いた。
ビクリ、と体を震わせたのは俺だけじゃないはずだ。
「・・・・・。」
何の音だ?一体、何が起きてるんだ?嫌な予感が胸を燻る。
遺跡内は不気味なほど静かだ。爆発音のせいで耳がおかしくなっているとかでは無い。
爆発音は扉と壁の向こうだったし、それなりの音ではあったが、そこまでの爆音ではなかった。
見えないとは恐ろしい。最悪な事態が起こっているかもしれず、3人で顔を見合わせた。
ごくり。
誰が息を呑んだのか。その音を合図に、再び扉に顔を向ける。
「・・・・・・・。」
「・・・・・?」
黒い根っ子のような黒カビは、しばらく動きを止めていたが、やがて力を失ったようにゆっくりと剥がれ落ちた。
トーチを近付けると、燃えてなくなる。
まだ壁に付いていたものも同様だった。
黒カビのモンスターが、僅かな扉の隙間を掻い潜って侵食してきたのはわかった。
そして、身構えた直後の爆発音、そして、今、クラポリームさんは息をしていない。
いや、元々息なんてしていないのかもしれないが。何が起きたのか?
「あ。」
思い当たる事があり、納得した。
この世界はゲームじゃない。
と、いう事は、必ずしも“攻撃しないとダメージを与えられない”、なんて事はない筈で、時と場合によっては自滅さえしてしまう可能性だってあるのだ。
「何なのよ。1人で納得してないで教えなさいよ。」
ごもっとも。俺は、「確信は持てないがおそらく」と注釈した上で解説した。
「粉塵爆発だよ。あのクラポリームは胞子を撒き散らすモンスターだ。その上、燃えやすい。
さっきトーチを投げ込んだ後、あの部屋にいたクラポリームが一斉に胞子を撒き散らしたんじゃないかな?」
2人は無表情で、聞いてはいるものの、わかってないって顔をしていた。
うーん、難しい事は俺にも分からないんだが、そこは勢いで誤魔化しておこうと思うよ。
更に解説した。
「例えばだが、燃えやすい木材でも、大きな塊だと着火しにくい。その代わりに燃え出すと長く燃えるだろ。
木材を割って細かくすると、燃えやすくなる代わりに、早く燃え尽きるようになる。
もっともっと細かくして木屑みたいにすると、、早く着火するけど、隙間がなくなって空気が入らずに燻る。けど、実は空気さえ入ればよく燃えるんだ。そして、直ぐに燃え尽きる。
狭い空間に、良く燃える木の、風が吹いたら舞って散るくらい細かい粉を振りまいて、火をつけたらどうなると思う?
粉が燃え上がって、その近くの粉に燃え移り、その燃え移った火が近くの別の粉に燃え移る・・・
コンディションが揃えば、ドカン!だ。」
二人が驚いた顔をしたので、訂正をした。
2人に説明しやすくする為、俺のテキトーな解釈も入れてるからな。適当ではなく、テキトーである。
実際のところは難しいメカニズムがあるのかもしれないが、それを調べる術はないし。
そのあたりの事も教えておかないと、うろ覚えの知識でドヤ顔する痛いオッサンになってしまう。
「で、クラポリームの胞子ってやつだが・・・そうだな、クラポリームの種・・かけら・・粉みたいなもんだ。
空気より軽いみたいで、天井に向かって昇って行ったように思う。
クラポリームは木材なんかよりも、ずっとよく燃えたと思うが、胞子が天井にどんどん溜まり、あの狭い空間いっぱいになったとしよう。下の方でトーチが燃えてる。・・そしたら、次はどうなると思う?」
合点がいった顔をした。
何かの検証番組でやってたんだが、粉塵爆発の起こる条件は非常にシビアだったはずだ。
コンディションを揃えるのは難しく、狙ってやって出来るものではないことも説明した。
一発逆転を狙って使うには、リスクがありすぎると思うんだ。
とはいえ、“粉塵爆発を狙えそうな状況”なんてそうそうないだろうけど。
「燃える為に必要な空気が不足して燃えきらない事もあるし、実際にそれが起きたと決め付けると足元が掬われるかもしれない。慎重にいくぞ。」
そう言うと、2人は改めて気を引き締め、武器を握り直していた。