夕飯は穏やかに食したい
コランダに戻り、宿に戻る。
ギルディートはギルドに行って素材を売ろうとしていたが、誰もいなかったらしく困った様子で戻ってきた。
それもそのはず、ギルド職員のオッサンはここで酒を飲んでいる。
「オッサン!ギルドで素材って買ってくれんだろ?」
俺が話しかけると、オッサンは嬉しそうにカップを掲げた。
今日も飲んだくれてやがんなぁ。
「ハッハ!ようやく気付いたか!
クィーンフォレビーの翅だがな、珍品ということで相当な高値になりそうだぞ!」
・・・・・・・。あぁ。あれか。
そんなものもあったね。正直、俺のトラウマを生み出した物の残骸である。
良い思い入れはない。
「それはよかった。で、こいつが素材を持ってきたんだ。見てやってくれ。」
俺がギルディートを紹介すると、俺をつまらなそうに一瞥し、そしてギルディートに向かい合った。
・・・なんだよ。
話なら後で聞いてやるから、とりあえず仕事をしろ。
「これなんだけど・・・。」
ギルディートが取り出したのは、Gの頭だった。
頭だけでもペットボトルの蓋くらいのサイズがある。
長く伸びた触角は、30cmほどもあった。そしてその円らな瞳と目が合う。
「・・ひっ。」
今、町に戻ったこいつが売るんだから、遺跡で手に入れた素材に決まっている。
遺跡で手に入れた主な素材って言ったら、筆頭はGである。油断していた。
俺が後ずさったのを見て、オッサンがニッと笑った。
「坊主、これを借りるぞ。」
そっとGの触覚を摘み上げたオッサンと目が合う。嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。
持ち上げて、俺に見せ付けるように近づいてきた。
「なんだよ。・・何なんだよ?!え?嫌がらせか?俺、何か悪い事したか?!いや、ちょっ、こっち来んな。こっち来んなぁあああああ!!!」
頭をブラブラさせながら俺を追いかけて来る。
宿の広間スペースとはいえ、あっという間に逃げ場はなくなり、俺は二階へと逃げた。
まだ追いかけて来るのか!この酔っ払いめ!
俺は内心で毒吐き、自分の部屋に閉じ篭った。
・・・・・。はぁ。疲れた。
もう少ししたらオッサンは居なくなるはずなので、しばらく部屋で時間を潰すとしよう。
部屋にはすでに洗濯を終えた服が置いてあった。
ありがたく仕舞う。
検証のうちの1つ、水に浸けておいた切れない剃刀が錆びてた。
アイテムボックスの同じ状態の剃刀は変化した様子が無い。経過観察中。
金属が錆びるのはこの世界も同じみたいだ。謎物質で出来ているってことはなさそうだな。
CCして、レベルが低くてサイズの小さいペットを召喚する。
草食系の為に女将さん特製のサラダを、肉食系の為にモチトンの肉を用意してある。
餌をやって、ブラッシングして送還して。
オッサンはまだいそうだよな。
別のキャラにCCしてペットを召喚し、餌をやってブラッシングして送還する。
引篭もってる間に、レベルの低いペットの世話を相当したんだ。
でも、宿にこっそり入れられるのはせいぜいレベル4くらいまでだろう。
ペットの持ってないキャラも入るので、低レベルペットの世話はもう2周目になっている。
残りのペットの世話もしたいなぁ。
この世界に来て、一度も世話してないってペットを0にしたい。
しかし、外はもう暗い。・・・飯を食ってからだな。
女将さんの事だから、遅くなっても用意してくれるだろうけど、甘えてばかりもいられない。
そろそろオッサンは帰ったろうか。
そっと階段を降りると、女将さんとギルディートが会話をしていた。
おっさんは・・もういないようだ。
俺が席に着くと、女将さんが夕飯の用意を始める。
そんなに遅い時間でもないはずなので、テイクアウトで料理をいくつかと、夕飯の追加を注文した。
ギルディートが寄って来て、分け前について話し始める。
「いや、Gの話は聞きたくもない。特に今は夕飯時だし。
俺は解体もできないし、虫系のアイテムの所有権と財産権は一切主張しない。絶対にだ。
だから、この話はおしまいだ。頼むからもうしないでくれ。」
その耳のピクピクは何を主張しているんだ?
本気でいらないから。
「イナゴも気絶するほど苦手だって聞いたけど、本当なのか?」
あん?
その話を、どこで、誰から仕入れてきたんだ?
あのオッサンか。なるほど。
「いいか?俺にとって虫は食べ物じゃない。
世の中にはおいしく食べる人もいるだろうし、ペットとして飼う奴がいるかもしれない。
他人がどう思っていても否定しないし、強制はしない。でも、俺に同意を求めるならば、拒否する。
食べたいとは思わないし、可愛いとも思えない。これは思想の違いだ。・・・わかるな?」
ギルディートが耳を下げる。わからないらしい。
いや、わかれって。
俺は、おすそ分けをもらったらしいギルディートの皿の“こんもりと盛られた山”を目の端に映しながら、はっきりと宣言する。
「要するに、イナゴを食っても良いけど、俺に見せるなっつってんだよ!」
“そいつ”の頭がこちらを向いたまま、ギルディートの口にポリポリと吸い込まれていく。
その何も映さない無機質な目と目が合い、俺は涙を浮かべるのであった。