ワンサイドゲーム?(仮)
大船との距離は十分・・いや十二分に取れたと思う。
迎撃は2通り考えていたが、ここまで距離が空くタイミングは今しかないだろう。
踏みしめる水面が見えにくいというやり辛さを感じながらタン、タンと水面を跳ねる。
感触は何度もテストした時と同じ。
いくらスイバが優れていようと、俺の身体能力が良かろうと、足場として不安定な水面が相手では高度を上げるのは難しい。
バシーン!!
破裂音のような音が響く。両の足で水面を捉えて身体を跳ね上げ、自分のできる最大高度を得る。
・・・と言っても、大船を飛び越せるような高さにはならない。せいぜい2~3mだろうか。
高さはどうにもならないが、その勢いは大船の胴体に大穴を開けるレベルだろう。
ここからはスピード勝負だ。
CC:クランベール
アイテムボックスからカーペットを取り出し、空中に広げる。
バフッ。
落下した俺を受け止めたアイテムは、“乗り物”の空飛ぶ絨毯だ。
そう、前にもちらっと話題に出た不人気アイテムだ。
出た当時は高レベル並みの速度が出ていた筈なのに、最高レベルの繰り上げ・それに伴う新装備の追加が何度も行われた結果、中盤ともなれば走った方が早いという残念な代物となり果ててしまった。
殆どの乗り物は、獣型だったりゴーレム型だったり馬車型だったりと、接地している事が前提みたいな感じなので海上でも使えるかどうか分からなかった。
何しろゲームの時は段差一つ乗り越えられなかったしな・・。徒歩でも同じだけど。
操作にも不安があったが俺が念じるとそのまま動き出す。これめちゃくちゃ便利!
ただし、足場としてはフニャフニャしているし、捕まる場所も無いので立ったら振り落とされそうだ。
他にも不安要素はあるが、そう気軽にテストできないんだよな。
絨毯から落ちてしまったとして、後に自分を追尾してくれるかどうか・・?
空中で停止するとか墜落するならまだしも、そのままどこかへ真っ直ぐ去られても怖いし、困る。
替えのアイテムが思い浮かばないので、絶対に落ちてはなるものかと絨毯の箸を掴んだ。
そして、クラーケンを振り返り、
「・・・?あれ?どこ行った?」
迎撃したかったが、先ほどまであれだけ出ていた触手が見えない。
俺を見失った?引き返した?それとも隠れている??
ともかく
スキル:雷旋嵐
離れられていたらダメージは与えられないのだが、さっきまで追いかけられていたのだから近くにいる筈だと信じて魔法をぶっ放す。
「・・・・・。」
少しの間を置いて、海面が盛り上がった。
と言っても、雷旋嵐を放った場所とはだいぶズレている。
「ッチ!」
雷旋嵐!雷旋嵐!雷旋嵐!!!
盛り上がった海面に向けて魔法を放つ。
いくらかダメージを与えられているのか。それとも・・・。
挑発だけでもできているとしたら有難い。
この空飛ぶ絨毯はスイバと違ってコストがかからないのだ。
まぁ、武器や防具と同じく摩耗はするのだが、些細な問題だろう。
「!!」
絨毯を移動させる。
触手が伸びてきたが、変な場所で空を切った。
おそらく、俺が最後に跳ねたあたり。
そして、手探りのようにこちらに触手を伸ばす。
「あまり見えてない?」
暗闇。水中 (水上)。敵のホーム。
あまりに不利な状況の中、ようやく自分が少し優位に立てたような気がした。
数十分後。
グビリ、とMPポットを飲む。
HPポットと違い、こちらはこの世界に来てから初めて口にしたんだが、カビでも生えてるんじゃないかという青臭さに、吹き出しそうになった。
飲み込んで大丈夫か?!と思ったが、これまでの事を考えるに腐っているとは考えにくいし、おそらくこういうものなのだろう。
味はそこまで酷くない、無味に近いが、仄かな苦みが却って「これは飲み物じゃない」と訴えかけて来る。
が、MPを回復しなければ意味が無いので、無理やり飲み込んだ。
そして、ビンの残りは・・・仕舞う。
もう一度飲むのは効果を確かめてからだ。・・・ビビった訳じゃない、うん。
触手を一度焼いてからは、積極的に攻めて来ない。
予想以上に火炎系の攻撃は効果があったようだが、さすがに水の中には効果が無い。
氷系は・・水か壁となってその威力を散らしてしまうようだ。
あと打撃系には強い印象。礫としての威力より温度の威力に期待したいところだが、問題はこちらにも影響がある事。
雨に濡れているのでめっちゃ寒い。
結局、『雷系の魔法なら海を通しても効果があるであろう』ことを期待して、時々盛り上がる海に放ち続ける単純作業となった。
時々、触手が出たり引っ込んだり。最初は緊張したが、ある程度の高度を保った今となっては煽られているだけのような気がして来る。
何より、接近戦で見せたような触手を叩きつけて来る攻撃が一切来ないので、攻撃に専念することができたのだ。
絨毯の下が死角なので、常に動き回らなければいけないのが難だが、絨毯の維持にMPが必要とかじゃなくて本当に良かった。
スキル:雷旋嵐
MPポットを飲んだからと言って、すぐ効果があるわけではない。
クールタイム中は持続的に回復してくれるが、今回は飲んだ量も含めて様子見。
かといって、サボり過ぎてクラーケンからのターゲットが大船に移っても厄介なので、散発的に攻撃は繰り出している。
地味だ。見た目は派手だが効果や作業が地味だ。
本来であれば、見えない水中からどう狙って来るか分からないクラーケン、MPが尽きる中、効いてるとも分からぬ攻撃を続ける消耗戦。
非常に厳しい戦いである事は間違いない。
この空飛ぶ絨毯という、ゲームでは微妙な筈のチートアイテムが、戦況を優位かどうかはさておき、非常に楽なものへと変えていた。
作業というのは、人の思考を鈍らせる。
休憩中というのも、俺の優柔不断さもあったと思う。
油断と言ったらそれまでだが、何がベストか分からない中で、俺なりに最善を尽くしていたつもりだった。
「あ、やべ。補助魔法が切れた。」
暗闇。補助魔法が消えた瞬間、その副作用 (というのもおかしいが)の身を包んでいた光が消える。
ふと、クラーケンが時折、こちらに触手を伸ばしてきたのはこの光が原因では?と思い付いた。
海面を覗き込むが、時間経過でいよいよ暗くなっていて、どこからが空中で、どこからが水面なのかもわからない。
しばらく目が慣れるまでそうしていたが、防具を装着していないこのキャラクターでは、補助魔法という優位性を捨てる意味があまり無いなと思った。
と、巨大であるにも関わらず円らな目が、俺を見ているのに気が付いた。
それまで海面を大きく盛り上げて浮上してきたクラーケンが、そっと海上に浮かび上がって来ていたのは予想外だった。
驚きに思考が停止する。実際にはこう動いたらこうなるという考えがいくつも頭の中で交錯しており、思考が止まっていたというのもおかしい話だが、機能が止まっていたのだから同じである。
ゆえに。
「・・・・(ォォオオン ォォオオン ォォオオン )」
耳が、全身が、脳が、そして精神が、その低いのか高いのか分からない音を叩きつけられ、動きが止まる。
CCし、手にした大剣をその眉間に叩き込むというチャンスをふいにしてしまった。
(精神系・・・)
のみならず、身体の自由が利かなくなり、絨毯を握り締めていた拳が緩む。
眠い、というのも違う。ただ、おそらくそれが一番近い。
一瞬、ぐしょぐしょに濡れた絨毯を不快に感じたが、すぐにどうでも良くなった。
這い蹲っていた絨毯に身を預けると、それまで全身の力が抜け、何も考えたくなくなる。
それまで無理な態勢でずっと戦っていたせいで、身体中の筋肉が凝り固まっていたし、疲労もしていたようだ。
「、あ」
「・・・・(ォォオオン ォォオオン ォォオオン )」
抵抗しなければ不味い、そんな事が頭を過ったが、そんな気持ちも虚ろに曇っていく。
重ねて何度も繰り出される精神攻撃を浴びながら、鈍い思考で暗い水平線を臨む。
(・・・さむい。・・つかれた・・・。)
星も見えないし、大船も見えないし、反射する光のない水面が波で光る事もない。
暗闇の中、幾つもの触手が俺に向かって伸ばされるのを、ただぼんやりと眺めていた。




