警備隊員、戦意を失う(仮)
1人のスパイの為に、“その他大勢”と共に船を沈める。
警備隊員の中でも、この件に関して疑問に思う者は多かった。
ただ、上司の不評を買いたくないだとか、言われた仕事をこなしていれば給料がでるからそれでいいとか、ある意味、志が低い者や保身を第一に考えるような者達が、任務に残ったんだと思う。
俺だってその一人だし、疑問の声を上げたり、反発したりして任務から抜けた者に対して「あーあ、バカな事をして・・」という気持ちはあれど、それが正しいとも、間違っているとも思わなかった。
けれど、何も思わなかったわけではない。
明らかに、こちら側の勢力により買収されているとしか思えない冒険者を追い払う。
数名で魔力を込めて使用する“メテオスタッフ”という魔道具。
予め術式を刻んでおく事で、スキルを持っていなくとも魔力さえあれば高難易度魔術を発動できるという杖だが、高難易度過ぎて複数人が魔力を込めないと発動しない。
その上、術者が複数人である事、元々制御の難しい術式である事から、狙いを付ける事が難しかった。
それを解決したのが、メテオスタッフの術式に干渉できる誘導装置だ。
ある程度、魔法に明るいものなら気付いたであろう、その危険性は、誘導が失敗すれば途中で落ちるという事だ。
危険を伴う協力を押し付けておいて、保護しない。彼らの立ち位置は、まさしく捨て駒だった。
そして、ふと思ってしまう。
もしかして、今回のこの任務を引き受けた俺達、国境警備隊さえも、捨て駒だったりするのでは?と。
この任務で俺達が目にしたものは、リフレの乗る船にばかり執拗に襲い掛かる、“人喰らい”によく似たドラゴン系モンスター。
まるで、名目はモンスター討伐の援護だが、モンスターと連携を取るように攻撃に加わる指令。
ここまでの動きで、鈍い奴でも、薄々何かを感じたはずだ。
仮に、リフレが敵国のスパイだとして、だ。
彼の行動が何か裏があるとしても、ノルタークの、ひいてはエルフォルレの為になる事は確かだ。
それを邪魔する意図とは何だ?上層部は貿易が再開されたら不味い事でもあるのか?
ここで浮かび上がる「国境警備隊は戦争派」説。
一体、上層部は今、どうなってしまっているんだ?
だが、これ以上、考えてはいけない。
俺達の立ち位置が微妙なラインを跨いでいる事は事実だ。
任務が失敗すれば、その憂いが正しく現実のものとなるだろう。
成功させて、見たもの、感じた事に蓋をし、知らぬ存ぜぬを通さなければ、命の保証はない。
証拠さえなくなれば、誰も、俺達を責める事などできないのだから。
命令をこなす。
俺達は兵士。仕事をするだけだ。
心が曇る。任務が終わったら・・・おそらく、もう、この仕事は続ける事はできないだろう。
少なくとも、国境警備隊という仕事に、それなりの夢を持っていた俺という人格は消えて無くなる。
もしかしたら、口封じに遭って存在自体が消えて無くなるかもしれないが。
さすがに、この人数をいきなり殺したりはしないだろう。
今は、その望みに賭けるしかない。
交渉に来たという小舟に、“敵国のスパイ”も乗っていた。
ここまで来れば、“我々”もあれこれと理由を付けて面倒な名目など使う事はしない。
「叩き潰せ!!」
俺達は、号令と共に、最も攻撃力の高い炎の魔法を放った。
小舟が真っ赤な炎に包まれる。
隊による一斉攻撃だ。跡形もないだろう。
「休むな!続けろ!!」
それを聞いて思ったのは、「そこまでするか?」だった。
だが、数瞬後には真っ赤な炎のドームが膨らみ・・・
「押し返されている?!」
それに気付くなり、再び一斉掃射が始まった。
敵はたかだか3人。全員が魔法使いだったとしても、凌げるのはほんの数秒のはずだ。
ましてや、押し返すなんてできるはずが無かった。
が、現実に、目の前で炎の弾幕はどんどん弾かれ、俺達の目の前に、冷気の壁が迫って来ていた。
ボール系の利点は、多少狙いが荒くても当てやすい事。
ニードル系を当てるには、それなりの技量が要求される。
それでいて、威力も申し分ない。
問題があるとすれば、魔力の消費が激しいという事ぐらいだ。
回復薬を口にしつつ、小舟を狙う。
この人数からのファイアボールを、3人で凌ぐには、相当無茶な運用をしなければ無理だ。
奴らも、一気に回復薬を消費しているはず。いずれ、物量で圧し潰す。
全員が、そう思っていた。
「・・・・・寒い。」
炎系魔法を使っている割に、涼しい。
その事に疑問を抱いている暇は無かったのだが、ここで初めて違和感を感じた。
まさか、あの冷気の壁・・・ボール系に対して、範囲系で押し返しているのか?
通常、範囲魔法は貫通力が落ちる。
逆に言うと、ニードル系はボール系を貫くし、ボール系はストーム系を通り抜ける。
つまり、範囲魔法で押し返すのは無理なのだ。
だが、それは絶対ではない。レベル100越えの存在というものがある。
「伝説級・・・!」
それを理解した瞬間、冷気の壁が到達し、雨でずぶ濡れの俺達を凍て付かせた。
これは、スキルを食らったせいじゃない。
もし、まともに食らっていたら、こんなものじゃ済まない。
あの氷礫嵐の標的は、小舟に迫っていた火炎弾だ。
この冷気は、その余波に過ぎない。
魔力の枯渇を起こしかけ、回復薬を飲もうとしていた同僚は、鼻から氷柱をぶら下げて
「あんなの・・・無理・・・。」
そう言って気絶した。
そうでなくても疑問を感じていた戦闘。士気は低い。
この作戦の指揮を執っていたリーダーだけは追撃しろと元気に喚いていたが、その声に従う者は、誰一人としていなかった。




