無かった事に…?(仮)
天候は雨。
時間のせいもあり、空気がひんやりとしてきた。
縄梯子ってのは、意外と扱いにくい。
梯子でさえもしなったり、撓んだりするもんだ。
それが高所でとなると、正直、ものすっごく怖い。
雪国の屋根の雪下ろしで、2階建ての屋根の上に登る為に梯子を利用した事があるが、金属製の梯子なのに、ものすごいしなって、折れるんじゃないかとハラハラした覚えがある。
正直に言おう、命の危険を感じた。
下が海で距離感が掴めないせいなのか、それともステータスに引き摺られて恐怖心が麻痺しているのか、はたまた他に原因があるのか、見下ろしても何故か恐怖を感じない。
俺が振り向いたのに何か意味を感じたのか、ローグリアムが真剣な様子で頷き、マリッサさんは俺が何も考えてないと見抜いたのか、早く登れとばかりに『しっしっ』と上を差す。
体力の消耗こそ感じないが、元の体力で挑んでいたら相当苦戦し、今頃体力が尽きていたかもしれない。
一歩踏み出すごとに、当然、体重の移動が起こるわけだが、その度にミシリと音を立てて縄が伸び、木製の部分が傾ぐ。
綱引きのロープだってこんな音がするんだから、こういうもんだと思うが、不安を誘う嫌な音である。
簡単に言うと、動く度にグネグネする。つまり体勢も不安定になるし、体力も消耗する。普通は。
少しでも避けようとできるだけ、足場の中心部分を狙っているのだが、難しい。
気を付けなければならないのはそればかりではないからだ。
掴んだ部分が、体重でぐにゃりとこちらに歪み、身体が斜めになる。横方向ではない。
そうだな、何で例えたら良いだろうか?
ブランコの立ち漕ぎのような体勢・・と言っても、幼少の頃を鮮明に覚えている人は少ないかもしれないな。
足が前に出て、腕が引かれる。
見た感じでは90°の垂直な壁を登るようなイメージであったが、実際には、もっときつい。
簡単に言うと、グネグネの足場で、絶壁なんて言葉が生易しいと思えるような角度を、敵の差出した怪しい道具で登っているのだ。
精神的負担が半端ない。肉体的疲労が、ほぼ無いだけマシだろうが、進んでいる気がしなかった。
高ステータスでごり押ししたら、あっという間に登れそうな気もしないでもないが、敵地な上に雨で濡れた上に風に揺れる縄梯子で試す勇気は無い。
幸いにも、雨も風も強くないが、すぐに止む気配も無ければ、止んだからといって直ぐに乾くものでもない。
「はぁ、」
ため息を溢して上へと向かう。
空気が冷たい。日も暮れるし、地味に雨風が効いているのだろう。
そう思っていた。最初のうちは。
2/3も登り切ったところで、違和感を感じた。
「さぶっ!」
ちょっと寒すぎないか???
その違和感は、甲板まで登ったところでMAXに・・いや、一瞬、混乱したが、逆に納得してしまった。
まばらな兵士。その一部が鼻水を流しながらガクガク震えている。
下からは気付かなかったが、水に濡れた甲板は一面氷付き、降りしきる雨が床に落ちるたびに氷の厚さを増していた。
杖無しで、威力が無いから寒く無かったんだ、と俺は誤解していた。
ナイトメア戦では着弾地点のすぐ近くに自分がいたので寒かったが、今回はそうではない。
威力が減衰したのは事実だろう。しかし、今回はかなりの回数応戦している。
角度的にも、撃ち返すようにスキル:氷礫嵐を放ったのだから、余波がそのまま火球を放った兵士のいる甲板に及ぶのは、当然であった。
「よく来たな、冒険者の船の使者よ。私がこの船の防衛リーダーだ。よろしく頼む。」
何事も無かったかのように言って来るが、お前、さっき「敵に決まってるだろうが、バカめ。」とか言ってた奴だよな?
あまりコミュニケーションが得意な方ではないから自信は無いが、声に同じような特徴があるんだけど?俺の気のせいか?
「先ほどの襲撃について話を伺いたいのだが?」
「はて?襲撃?・・ああ、ワイバーンの事だな。大変だっただろう。ゆっくり休むといい。」
・・・本気か?と思わずそいつの顔をガン見した。
「そういう事にしておけ。」と、そう書いてあるような気がした。
裏を読むとか読ませるとか、そういうやり取りは苦手だ。
暗黙の了解、隠語、慣習。地域や組織によって違う“そういったもの”を読むだけの土台も無いしな。
相手が何を考えているのかを読むのも、得意ではない。
下手に応答せずに、これから来る“そういうのが得意そうな奴”に任せるしかない。
「・・・・・。とりあえず、仲間が登ってくるのを待つ。話はそれからだ。」
「その方が良さそうだな。私は別室で待機するとしよう。
安心しろ、代わりの人員は配置しておく。」
すぐに、温かそう・・というほどでもないが、多少の厚着をした人員がやって来て、鼻水を流したり震えている人員と交代した。
衣服は最初に見た時のままに見えたが、震えたりしていなかっただけ、さっきの代表者らしき男は取り繕うのは上手いらしい。
ここから起こり得る事は2つ。
ここで起きた戦闘を無かったことにされて、話を進められてしまうか。
それとも、のこのこと登って来た俺達を纏めてどうにかしようとするか。
戦闘が無かったことに・・ってのは、まぁ最悪、それでいいと思う。穏便にノルタークへ帰れさえすれば。
でも、それによって起こる事を想定できない以上、俺の独断で決めていい事とは思えない。
だが、もしここで戦闘になるとしたら・・?
多数を相手にマリッサ達を守らなければいけないとしたら、切り札を切っていくしかない。
ローグリアムにも万能薬や薬を渡しておく必要があるだろう。
他に起きそうな事と、対処法は・・・。
考えながら、二番手のマリッサに向けて声を掛けた。
周辺に襲撃を仕掛けて来そうな人員もいないし、早めに来てもらって軽く打ち合わせをしたい。
「めちゃくちゃ寒いから、動きにくくない程度に厚着をしてきた方がいいぞ。」
「もっと早く言いなさいよ!!」
既に1/3を登り切っていた。
マリッサさん、意外と素早いのな・・・。
※体力さえあれば体重が軽い方がアスレチックは有利な事が多いです。




