雨は宿に引篭もる口実
不貞寝した翌日の目覚めは最悪だった。
雨のせいもあってか、湿度と汗で全身ベタッとしたような感覚があるし。
とりあえず風呂場(という名の水はけのいいだけの部屋)を借りて身を綺麗に整える。
剃刀は・・・ちょっとマシかな?前のは捨てよう。
今日の分の宿代を支払い、テイクアウトでいくつか飯を作ってもらう。
そして部屋に戻る。
天気は雨だ。明け方に降りだしたらしい雨は、今日いっぱい降り続くんじゃないだろうか。
いや、適当に言っただけだ。すぐに止むかもしれん。
この雨は、飲んだくれのおっさんが外で働いてたせいだと思う。
雨なのだから、引篭もっていても何もおかしい事はないはずだ。
俺は、キャラの荷物整理を始める事にした。
宿の部屋なので、誰かに突然押し入られる事もない。アイテムを並べても安心だ。
ゲームの中では、キャラ間のアイテムの受け渡しが難しかったからな。
クランのハウスや、仲間の手を借りてアイテムの整理をしたものだ。
それにしたって、全く問題がないわけじゃない。
クランハウスの倉庫だって有限だし、床置きアイテムは、メンテや鯖落ちで消えてしまう。
適当な所に置けば、通りすがりの人に持ち去られてしまうこともままある。
仲間も、気の知れている奴ならいざ知らず、PTを組んだ事があるだけ、みたいな仲間に任せれば、最悪アイテムの持ち逃げなんてされてしまうかもしれない。
それにお互いに何も考えずに荷物整理を始めると、お互いのアイテムが混ざってしまって「リーフさんはいくつ持ってましたっけ?」とか聞かれ、俺も「・・頭の桁は3だった気がする。」とかいう困った事態が発生する。
だから、現状でのアイテム受け渡しは非常に楽だ・・・そう思っていた時期が、俺にもありました。
問題が発生している。
ゲーム上では×100のアイテムを取り出すと、1つのグラフィックに[×100]というテキストが貼りついていた。
例えば、HPポット(小)×100といった具合だ。
しかし、×100のアイテムを全て取り出そうとすると、本当に100回取り出さなければいけないのだ。
当然、そんな事をすれば、そこら中がアイテムだらけになる。
一番の問題は、アイテムの取り出しと、アイテムボックスへの放り込む作業だけ考えても、受け渡しがものすごく面倒なことだ。
大変ではないが、面倒なのである。
俺は面倒くさがりだ。
だからこそ、休日にネットなどをして時間を過ごしている。
仕事も買い物もネットで済ませたいくらいだし、それができるなら引篭もりを選択したと思う。
そして、更なる問題が発覚する。
預かり所が使えない今、倉庫キャラが役割を果たせないのだ。
いくつかのアイテムを引き出して俺の痛倉庫キャラを仕舞う。
ゲームはアカウント制で、1アカウントに3キャラしか作れないのだが、同じメアドでいくつもアカウントが取れるという穴仕様なので、キャラはたくさん持っている。
倉庫キャラアカウントと名付けたこのアカウントにキャラは3体。
この痛倉庫キャラの名前はレッドリーフ。最初はPKKとして作ったので、レベルは200と無駄に高い。
初めてPKされ、その仕返しをしようにも「やっぱり大剣をやっている人はPKなんだ」と言われるのが嫌だったので、悩んだ結果作ったキャラだ。
あくまで、これはPKKのレッドリーフであって、リーフレッドはノーマルプレイヤーですよ。というポーズだ。
それに、リーフレッドのステータスが狩り向きで、弄るの嫌だったしな。
ステータスの再配分という機能を使い、「敵に攻撃を当てて殺すか、先に当てられて死ぬか」のピーキーなステータスとなっている。
リーフレッドは髪を少し明るめに染めたりと、大剣キャラのイメージ向上を願ってかなり細やかに工夫したのに対し、こちらは素早さのステータス重視で全身黒ずくめの装備である。
こうして町にいる分には、「ちょっと雰囲気違うかな」程度だが、フィールドに出るとフル装備になるので、基本、このキャラも封印という感じだ。
まぁ、元々倉庫として封印されていたが。
まぁ普通に紙防御なので、こんなキャラで生活していたら、うっかり死んでしまいかねない。
ちなみに、このキャラで仕返しに燃え、相当頑張ったのだが、結果はというと、PKKに成功してもPKは喜ぶだけだった。
PKにとってのPKとは、ゲームの仕組みであり、楽しみ方である。
中には謎の逆切れをする人もいたが、基本的に、同じ趣味の人には、親近感が湧くようだ。
いや、俺はPKじゃないんですけどね?
何故か数名のPKと仲良くなってお喋りするようになり、何度か戦ったり狩りに入ったりした。
一緒に弓キャラだけのクランに入って、戦争で敵に嫌がらせをしたのも、そいつらがきっかけだった。
こんな苦労して仕上げた大剣キャラ《レッドリーフ》よりも、補助キャラ《クランベール》の方が天敵だという情けない結果に投げ出した結果、今は大量に荷物が持てる、ありがたい倉庫番となっている。
うん、最低限の荷物整理は終わったかな。
・・・しかし、雨は止まないし、止んだとしても外に出たくない。
というか人に会いたくない。
「イナゴの人」から「全裸の人」にクラスチェンジしているかと思うと、もう情けなくて恥ずかしくて、どうしていいのかも分からないのだ。
「・・・拠点、変えようかな。」
窓からぼんやりと眺めた空は、俺の心模様とよく似た色をしていた。