ナイトメアの悪夢(仮)
書き途中です。
残酷な描写があります。
その獣に知性はあった。
だが、それは決して他の生物と相容れる存在ではなかった。
見つけた生き物を視線で捕らえて絡め取り、その精神を引き込み、恐怖を与える。
生命エネルギーを様々な感情で色付けをして、それを食らうのだ。
形のないそのエネルギーを奪い尽くせば、生物は息絶える。が、獣はそれを好まない。
恐怖で痺れた生きた脳こそ、その獣・・・ナイトメアの最高の好物であった。
ナイトメアは飢えていた。
満足するほどの恐怖を与える前に、獲物が死んでしまうからだ。
じわじわと恐怖を与えてもエネルギーを吸い尽くしてしまうし、一度に大きな恐怖を与えても、恐怖に耐え切れずに死んでしまうのだ。
腹を満たす、という意味では、決して不自由はしていなかったが、本当の意味での満足をする事が難しくなっていた。
それは、ナイトメア自身が強大になったせいで、満たされるのに必要な食事が増えたせいもある。
そもそも、ナイトメアの現れる森に、好き好んで侵入する者などいない。
このナイトメア、元々は一匹のダークホースであった。
進化をする前は、そこまでの自我は無く、獲物を恐怖させる事で足を止めて肉を貪っていた。
その頃は、肉が食えて腹が膨れれば満足であった筈なのだ。
進化し、他のダークホースを従えるようになってから、その食性は変わった。
ただの肉では飽き足らず、その獲物を恐怖させ、悲嘆させ、絶望させ、発狂させ、その精神を味わうようになったのだ。
恐怖の影響を受け易く、タフな人間。
ナイトメアが求めて止まない獲物を、ダークホースが感知した。
この一帯のダークホースとは、従属染みた繋がりがあり、良い獲物が来れば知らせが入るのだ。
とは言っても、精神的なネットワークなので、報告にやって来る訳ではない。
ともかく、獲物は現れた。
狩りの時間である。
ダークホースを相手に抵抗を続ける人間を視線で捕らえ、その精神を引っ張る。
身の丈程もある、巨大な剣を振り回していた人間の意識は飲み込まれ、あっさりと膝を付いた。
記憶の中に存在する、負の部分。その暗い闇の幻覚の中に落ちたのだ。
ナイトメアは人間に近付き、ゆっくりと、嬲るように精神を侵食していく。
簡単に死んでもらっては困るからだ。
だが、逆を言うと、死にさえしなければ多少の事は、良い味付けになる。
致死量の血を流して錯乱した人間の恐怖を味わうのも良い。
それに、腹も減っている。
少しばかり味見をしても問題あるまい――そんな考えで、ナイトメアは少し加減して、その人間の男を蹴り上げた。
当たり所が悪ければ死にかねない一撃である。
並みの冒険者であれば、骨を砕き、肉を引き裂き、血を流すであろう。
が、その男は、跳ね上げられて倒れたものの、流血はしていなかった。
何度か試したが、結果は同じ。そうしているうちに、男の意識が戻りかけたので、再び幻覚の中に落とす。
こうしているだけで生命エネルギーを奪うことができ、獲物は次第に弱っていくのだ。
だが、つまりは活きが悪くなっていくという事でもある。
その上、強い者ほど、凄惨な経験をしており、それだけで気が触れてしまう事もあるのだ。
早く食ってしまわねば、美味しいタイミングを逃してしまう。
蹴りが通じないならば、と、その腕を噛み砕く・・・事ができない。
その身に付けている防具が高性能である事は、攻撃を加えた際に知ることができた。
防具に守られていない部分を探し、喰らい付く。
噛み締めても、引き千切ろうとしても、振り回しても、その皮膚に傷1つ入りはしなかった。
知性があるとはいえ、所詮は獣。むきになり、食欲を抑えきれずにその獲物の頭に牙を突き立てる。
本気で攻撃をしてみると、男の目に意思が戻った。
何か喋り、剣を構えたところで、再び膝を付く。
ナイトメアの悪夢の魔眼。視界に入れたものを、強制的に悪夢に誘う事ができるのだ。
多少、身体が丈夫であったとしても、視界に捕らえられてしまった今、もうナイトメアから逃れることはできない。
獲物を弱らせるには、攻撃を加える事に拘らずともできる。
この男に周囲の木々を攻撃させた。
周囲に仲間がいれば、相打ちにさせるという楽しみがあったのだが、単独ではどうしようもない。
せいぜい、体力・気力が尽きるまで暴れさせようと、そう思ったのだが。
・・・全てが、粉砕された。
しばらくして、男が我に返った。
ここで、普通ならば大いに取り乱すところである。腰を抜かすか、逃げ出すか。
だが、その男はナイトメアの存在に気付いた瞬間、猛然と立ち向かった。
悪夢に落とすのは簡単だったが、恐れられ続けてきた魔物が面食らうには十分な衝撃があった。
ここで初めて、ナイトメアはこの獲物の異常性に気付いたのだ。
ダークホースの動向に関心など無かったが、奴等が狩りを終えていなかったのは偶々(たまたま)では無く、その殆どが屠られていたからであった。
ナイトメアの胸の内に、少しばかりの恐怖と歓喜が去来する。
これほどの獲物ならば、もっともっと深い所へ誘っても大丈夫だ。
精神の侵食を強める。
それまで、本人の経験によって構築されていた悪夢に喰らい付いて干渉する。
魂の隅々まで恐怖に染め上げ、一片残さずに喰らうつもりだ。
記憶を引き出し、そいつの恐怖の象徴を大きくして飲み込んでもいいし、記憶を組み合わせて、他者の味わった恐怖を味わわせるのもいい。
人間は死を恐れ、痛みを恐れ、奪われることを恐れ、未知のものを恐れる。
決して倒せない幻となって、目の前で大事な人間を1人ずつ甚振り、殺してもいい。
まずは、恐怖の象徴・・・。昆虫、か。
存分に恐怖を味わっているようだが、人を殺す毒も牙も持たない虫を、そこまで恐れる理由がわからない。
知ろうとも思わないし、望んでいる恐怖と何か違う気がする。面白くない。
次は・・戦争だ。
殺意を持った人と人との争いに巻き込まれれば、人は容易に狂気に飲まれ・・
ドゴーン!!!ズババババババババ!!!バババババババババババン!!
バーン!!パン、パン!ズババババババババババババババババ・・・・・!!!
ナイトメアは混乱した。
一帯を用意に瓦礫に変える“ミサイル”に、兵士の持つ“銃”、届かないほどの上空から砲撃をしてくる“戦闘機”に、全てを轢殺する重量の鉄塊が高速で移動して来る“戦車”。
その人間の戦争のイメージは、それまで経験した事のない恐怖をナイトメアに与えた。
標的の人間は何処へ行ったのか?地下に非難し、篭城の構えだ。
そこにやって来たのは、戦闘機。“爆弾”を投下する。
それは、熱を帯びた閃光と共に見る物全てを消し飛ばした。
「ブヒヒヒヒヒヒヒン?!!!??!?」
「!!・・・ナイトメア。」
人間が、剣を構える。
動揺によって現実に引っ張られたが、まだ精神の繋がりは絶たれておらず、悪夢の中である。
ならば、ナイトメアは無敵である。
その人間の記憶にある仲間を登場させ、嬲るようにしてその命を奪う。
足りないなら追加だ。
恐怖が、悲嘆が、絶望が、心地良い。
このまま生命エネルギーが尽きるまで食らうのも一興、か。
堅くて食えない人間ではあったが、なかなか楽しめた。
後は、その命をゆっくりと食らうとしよう。
「おおぉぉォオオオオ!!!」
人間が、咆えた。
その瞬間、ナイトメアは吹き飛ぶような勢いで精神世界から引き剥がされ、気が付いた頃には、胴と首が離れ離れになっていた。
何故・・
ナイトメアは、最期まで理解できなかった。
自分が、狩る側ではなく、狩られる側であった事を。




