1日~2日目:コランダの宿
コランダに戻った頃には、日は暮れ、夜の帳が下りてきていた。
「おや、いらっしゃい。見ない顔だね。一泊2,000D、素泊まりなら1,500Dだよ。」
宿には女将さんがいた。良かった。
価格は昼間のおっさんの言ってたのと同じ金額だ。
胡散臭いおっさんだったが、親切な人だったのかもしれない。
「1泊お願いします。」
2,000Dを出す。
ウエストバッグから出そうと思ったら、手に握っているのだから不思議だ。
視界の隅で、アイテムウインドウの下に出ている数字が減った。
あと、ゲーム内ではお金が数字で出てきても通貨では出てきた事が無かったので新鮮な感じがした。
「あいよ。食べてから部屋に行くかい?先に部屋を確認するかい?」
そう言われて、腹が減っている事に気が付いた。
「・・・・・・?どうしたんだい?」
「いえ。とりあえず部屋に案内してください。」
2階に並ぶ部屋のうち、一番奥の窓の多い部屋に案内された。
そして、しばらく呆然と佇んだ。
腹が減っている。
夢で空腹という感覚を味わった事がない俺は、いよいよ焦燥感に駆られた。
やはり、これは現実なのか。
しかし、どうしようもない。
「あんまり遅くなると飯はなくなるよ。」
女将さんに急かされて、俺は食事をすべく一階のに向かうのだった。
そこは食堂とは名ばかりの乱雑なテーブルスペースである。
オッサン達が飲んでた場所だが、いないので宿泊客ではないのかもしれない。
飯は質素だが決して不味くなかった。
オニオンスープと蒸かした芋、サラダという献立で、サラダはコールスローに似ていた。
一瞬、マヨ的なものかと思ったが、茹でた卵を和えているサラダに、お酢系のドレッシングをかけるとこうなるみたいだ。
ファンタジーといえば飯がまずいのが定番だと思ったが、食して見た感じそうでもない。むしろ美味いとすら思う。
TFFでは「調理スキル」でヤキソバや綿飴なんかを作ることができるし、現実寄りなのかもしれないと思った。
そして、飯を食えば当然、出るものが出るわけで・・・・・・。
「この歳で『目が覚めたらおねしょ』とかいうオチはさすがにキツイぞ・・・・・・・・。」
凄まじい葛藤と苦悩の末、覚悟を決めてトイレを済ませた。
眠る。とにかく考え込みそうになるのを散らす。
脳味噌に「働く時間が終わった」事を認識させないと、眠気というものは逃げて行ってしまう。
特に、不安、混乱や興奮・・つまりストレス対して非常に敏感なので、それに関係する事は考えたら駄目だ。
羊を数える、なんて話もあるが、あれに効果はない。
数えるということは、中途半端に脳を使う。
面倒臭くなって数えるのをやめた時点で、羊を数えて眠ったという事にはならない筈だ。
数え続けたとしよう。当たり前の話だが、脳を使わないと数えられないので、数え続ける限り、眠ることはできない。
むしろ、意識が飛びかけた時に、「あれ?今いくつまで数えたっけ?」となって目が覚めてしまう事さえある。
事実は、睡眠と羊の発音が似ているから、という言葉遊びらしい。
部屋を何も見えない程、暗くして、大して興味のない音楽や風景の画像でも想像しているのが一番良い。
これは、俺が「こうすれば眠れる」という自己暗示によって眠れるだけなのかもしれないが、とにかく、「OFF」を心掛けて、「いつものパターン」で眠る。
ものすごく精神的に居心地の悪い夜であったが、無事に寝付くことが出来た。
・・・・・。
そして、朝である。
「知らない天井だ。」
とりあえずのネタである。まぁ間違っていない。
昨日、部屋に案内された頃には暗くて、ろうそく1本ではよく見えなかった。
・・・そう、夜が明けても、元の世界に戻っている夢オチはなかったのだ。
「……どうしてこうなったんだ……。」
俺は、ここにきて漸く頭を抱える事になったのだった。
昨日、森で道に迷った時にも感じた、惨めな気分。
不安。不安しかない。
たとえば、だ。
何かきっかけがあったのなら、俺はここまで悲嘆に暮れたりはしなかったろう。
神様に出会った、だとか。
事故に遭った、だとか。
魔法陣が現れた、だとか。
地震が起きて突然目の前が真っ白に、だとか。
そんな事は一切なかった。
いつも通り、仕事に行って帰ってきて、ちょっとネットして寝て。
起きたらコランダにいたのだ。
何故?どうして?分かる訳がない。
そして、目の前のちょっと歪んだ鏡に映る俺。
大剣キャラ。
俺はこのキャラにリーフレッドと名付けたのだが、ステータスの名前の部分は*****となっている。
大体の外見はグラフィックと変わらないが、その面は間違いなく俺だ。
若かりし頃の俺の顔が、ちょっとイケメンになって大剣キャラに貼り付いている。
正直、不気味である。
何が起きてこうなったのか。
どうすれば解決するのか。
全く分からない。
何を目的にしたらいいのだろうか。
とりあえず、生きてはいかなければならないだろう。
そこからだ。
しかし、どうすればいいのだろうか。
PTを組んでダンジョンに潜って素材で稼ぐ?
「!俺以外のプレイヤーは?いるのか?」
少し希望が湧いた。そうだ、プレイヤーを探そう。
そういえばPTってどうやって組んだ?
クランで活動してたな。クランに加入する前は…野良PTだった。
そして大剣のキャラは単体火力はあるものの、PT狩りには不向きで・・・不人気だった。
「あまりの不人気っぷりに、仕方なくPT狩り用に他のキャラを作ったっけ…」
思わず遠い目にもなるというものだ。
クランメンバーが全員戦闘職だったので、補助職のキャラを作ったのだが。
そのキャラはPTに引っ張りだこで…メインで行くって言ってるのに「メインって補助職だよね?」とか言われたりもしたのだ。
それぐらい重宝されたわけだが、あまり好まなかったのはそのキャラが女性だからだ。
別に女性がどうとか、キャラが気に入らないとかじゃない。
ただ、女性キャラを使っている男性と言うとネカマ(ネットおかまの略)のイメージがあって、抵抗があるだけだ。
ただ、もしも他のキャラに変わる事が出来れば、色々と助かるであろう事は容易に想像できる。
所持品だってキャラごとに色々持っているし、戦闘タイプが違う事で攻撃範囲も変わってくる。
特にこの補助職。人気があっただけあって、攻守共に隙が無く、連れまわされたおかげでレベルも高い。
しかし、世の中そんな都合よくできているだろうか。
だいたい、そんな風にうまい事いった試しが無い。
いったとしても、落とし穴があるとか。何かしらのオチが待っているに決まっている。
「補助職にCC・・・とか、できるわk・・・」
突然、俺の身体が光に包まれた。
そして、絶句する。
華奢な体に生意気な胸。フリフリのワンピースから細い手足がすらりと伸びる。
色白の肌にさらさらの長い髪。そしてその顔は・・・・・俺である。
「うわあああああああああ!!!?!」
俺の悲鳴に女将さんと知らないおっさん達が階段を駆け上がってくるまで、俺は錯乱して悶え苦しむ事になったのだった。
-解説- 読み飛ばしOK。
夢オチって?:すべては夢でした。というエンディング。
神様に出会うって?:転移・転生系の物語の、スタートの定番の1つ。ド定番はやはり、神様に出会って、ずるいくらいの特殊能力をもらう事だろうか。女神様など、様々なバージョンがある。
事故に遭うって?:転移・転生系の物語の、スタートの定番の1つ。事故の後で神様に・・というパターンもあるが、死んだと思ったら生まれ変わってましたってパターンも多い。
魔方陣が現れるって?:転移・転生系の物語の、スタートの定番の1つ。何者かの呼び出しを受けて異世界に召還され、剣と魔法の世界へ!もはや王道。
地震?目の前が真っ白?:訳の分からない異変が起きて、何が起きたか分からないまま異世界に・・。というのも、転移・転生系の物語の、スタートの定番の1つ。空間の割れ目だったり、パターンは様々。オリジナリティを搾り出すところ!
ちょっと歪んだ鏡って?:この世界で、大きい鏡を作る技術はあるみたいですが、ちょっとだけ歪んでいるようです。窓ガラスもあります。
プレイヤーって?:ゲームを行う人の事。
PTって?:パーティー。チームみたいなもの。グループ。一緒に行動するメンバー。
狩りって?:生物から何からの糧を得る事。ゲーム上ではモンスターを倒す事。現代日本でも、イチゴ狩り、潮干狩り、親父狩りなど、様々な狩りが行われている。
クランって?:大きな団体。ゲームによって扱い・呼び方が異なる。部隊、ギルド、クラブ、派閥など。PTは短期、一緒に行動するメンバーである事が多いのに対し、クランは長期的に所属する事を前提にしている。
戦闘職って?:狩りの際、モンスターに攻撃を叩き込む職。物理はもちろん、魔法もあるよ。
補助職って?:狩りの際、戦闘職の補助をする職。敵を弱体化させたり、味方を強化させたり、味方の回復をしたりする。
おかまって?:女性の服装をし、女性の振りをした男性の事。もしかしたら心まで女性かもしれない。
CCって?:同じゲームで、複数のキャラクターを作成していた場合、今プレイしているキャラクターから、別のキャラクターへと変わる事。
女将さんって?:コランダの町、唯一の宿[小麦亭]の女将。殆ど一人で宿を切り盛りしている。名前はマリエッタさんだが、この解説を加えた258話現在、一度も名前が出てきていない。
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ようやくタイトル回収ですね。