英雄に主菜を
教会の外に出ると、祭りが終わっていないどころか、何やら騒ぎになっていた。
「コケェ~~。」
「おい、そっちに行ったぞ!」
「くっそ。駄目だ、捕まらねぇ!もう一匹持ってこい!」
いい大人達が必死の形相で鶏を追い回している。
・・・片手にナイフを持って。
何があった。
下手に刺激してはならないと感じた俺は、そっと広場の隅を歩いていく。
「お。おおおおおっ?我等が英雄様じゃねぇか!オゥ!みんなぁ!リフレの兄貴が来たぞ!!!」
「オオオオオオオォ!!!」
見つかった。
しかも、完全に酔っ払いのテンションである。
とりあえず、実年齢を加味しても、アンタより兄貴じゃないと言いたい。
「あの、どうされました?」
ちょっと引き気味なので、やめろと言われた敬語である。
しかし、今は酔っ払い。細かい事に気に止める奴はいない。
「我等が英雄は、虫が駄目だって言うじゃねぇかよぉ?」
なんだよ藪から棒に。英雄って何だ。
虫が苦手じゃ悪いか。
あの脚が駄目なんだよ!腹が駄目なんだよ!
出てくる汁が駄目なんだよ!
「でよぉ、俺達がごちそうを食ってるってぇのに、主役がパンとスープってのはいけねぇ!そぉだろう?」
・・・。主役?
もしかして、俺が斬り刻んだクィーンフォレビー討伐のお祭りだから、俺が英雄扱いされてんのか?
「だからなぁ、主役の為のメイン料理を作ろうと思って、持って来たんだ。
・・・うっかり逃がしちまったがな。」
討伐リーダーの1人だという男が、俺の足元に視線を向ける。
「コケェ・・・。」
俺の足にしがみ付きそうな勢いで擦り寄る鶏がいた。
心なしか、俺の顔を見上げている気がする。
まさか。この広場で絞める気か?
そんな感じの道具が並んでいるな。
多分、マグロの解体作業的な感じでヤるつもりなのだろう。
「いや、いいです。俺は宿の食事で充分ですから。」
俺のために、村の備蓄を潰す必要は無い。
あと、単純に解体を見たくない。
モンスターを何体も狩っている俺の言えたことじゃないだろうが、生き物の死ぬ瞬間をわざわざ見たいとは思わないし、虫だってグロいんだから、鶏だってグロいに決まっている。
やるとしても、俺の見ていないところでやって欲しい。
まぁ、今、俺が通りかかる事は想定していなかったのかもしれないが。
「そんなこたぁねぇ!いいか?お前さんがいなかったらなぁ、今頃、死人の1人や2人、出てたっておかしくなかったんだ。
全員生きて帰って来れた!あのバケモノみたいなフォレビーも倒す事ができた!感謝の1つもさせてくれたっていいだろぉ!」
あー・・お礼がしたいわけね。OKOK。
「あの蜂蜜を少し分けていただければ、充分ですから。」
・・・。
あん?
みんな「何言ってんだコイツ」みたいな顔をして、こっち見て来るんだが。
何か変なこと言ったか?
「はぁあああああああぁぁん?!!?!!?!!?」
うるさい!耳痛い!
「蜂蜜を少しわけてくれ、はこっちの台詞だろぉ?!何言ってんだオメェはぁ?!」
何で俺は怒られてるんですかね?
あとコイツ、おっさんの癖にガラ悪い。
リーダー的な人物だった筈だが、酔っ払いってのはこいういうもんなのか。
「馬鹿だ、馬鹿だと聞いていたが、本ッ当に馬鹿だな。オメェ。」
そして何なの?その風評被害。
それどこ情報?どこ情報よ?
「こっちにゃ都合がいいから、これ以上は教えてやらんがな!!がっはっは。」
あんたは何を教えてくれたって言うんだよ!・・・はぁ。
それより、問題は、っと。
そっ・・・・と物陰に移動して行こうとした鶏だが、すっと回り込まれて戻って来る。
なんで俺のところに来るんだ?
ナイフを持ってないからか?
「!? コケッ」
捕まえてみると、思ったより簡単に捕まってしまった。
なんだろう、こいつ、思ったよりぬくぬくのモフモフなんだけど。
ただし、臭い。
「お、捕まえたか丸焼きを!」
お前の名前は丸焼きなのか。
うん、まぁ、・・・絶対違う。
「俺の為というなら、こいつは貰っていきます。
とりあえず、丸焼きは没収です。」
広場の空気が弛緩する。「そんなぁ~。」といった感じだ。
知ったことか。
ナイフを持つ彼らの目はギラギラしていた。
俺に肉をって気持ちも本物だろうけど、いい口実ができたから肉でも食おうぜって気持ちが見え隠れしている。
宿の食事で肉が少ししか使われていないのを見るに、高級品なのだろう。
ともかく、野郎共の“肉を食いたいが為の出汁”に使われるつもりはない。
鶏をそのまま男たちの居ない方まで持って行き、逃がしてやった。
バタバタと羽を動かしながらどこかへと走っていく。
ちゃんと家に帰るんだぞ~。
まぁ、いずれは誰かに食われる事になるのだろうが、今は良しとしよう。
それにしても、町に入ると武装解除される筈だが、ナイフはどんな扱いなんだろう?
調理器具、か?
いずれ検証してみる事として、宿に・・・いや、その前に臭くなった手を洗おう。
せっかく宿でさっぱりしたのに、なんか獣臭いと言うか、鶏の匂いが全身から漂ってる気がする。
抱えたわけでもないんだが。
服に着いた匂いを払うようにパンパンと叩き、宿に向かう。
広場はナイフを振り回す男たちのせいで(間接的には俺のせいで)殺伐としていたが、宿の前は和やかムードだった。
飲み疲れた人たちが駄弁っている感じにも見える。
地面で寝ているオッサンとかいるけど・・、まぁ、この時期なら風邪で済むだろう。
ドアを開けると、人口密度が減っていて、外と大して違いの無い雰囲気だ。
もう酔っ払いも家に帰ったりしてるだろうし、部屋に戻っても問題ないはずだ。
お、あの後姿はマリッサだな。
人数が減ったとはいえ、まだ酔っ払いが残っている。
絡まれない為にも早く休みたいが、挨拶ぐらいしてから部屋に戻るか。
その華奢な肩を叩き、声をかける。
「マリッサ。」
振り向いたマリッサは、両手で大きな白いパンを持ち、かぶりついているところだった。
目を丸くして固まってる。どうした?
「あっ・・・・・。」
何かタイミングでも悪かったのか?大丈夫、俺は多少の大食いに引くような人じゃないぞ。
俺のいたところにはフードファイターなんてのがいてだな。そんなパンぐらい・・・。
ん?パン???
・・・よく見ると、それは、人の頭のサイズほどもある、蜂の幼虫だった。
「・・・・・・・・。ふっ 」
俺は、笑顔を浮かべたまま、その場に倒れた。