苛立ち
“人喰らい”の報奨金が伸びている理由について話を聞かされた。
俺が、アイテムボックスからブラゴンを取り出していた頃、ギルドに一人の若者が現れていた。
「“人喰らい”を討伐した。」
討伐部位は、“人喰らい”の腕だったという。
だが、片腕では討伐の証拠としては足りない。
討伐部位は、基本的には頭か、それが無理なら両耳・両腕など、左右ペアの部位。
これは、討伐時に頭を吹き飛ばしてしまった時の為の措置であり、そこまでしないと討伐が不可能だったと認められた場合にのみ、了承される。
セットなのは、たまたま切り落とせた部位を拾って、討伐したと見せかけるのを防止する為だ。
討伐したのに報償金が支払われない、という事はもちろんあってはならないのだが、不正に報奨金を受け取る事があってはならないのだ。
場合によっては、ギルドの調査や審議が行われるのだが、今回のケースはそれ以前の問題であった。
討伐後すぐに回収した部位にしては、状態が悪過ぎる。
よって、どこかで拾ったものを調べて持って来たのだろう、というのがギルドの見解であった。
その後、俺がほぼ丸ごとの、これ以上無い討伐証明を持って来た訳だが、ギルド本部の審査委員会で揉めたのだそうだ。
引っ掛かったのは、俺が持って来た方が遅かった事。
“人喰らい”の死因から判断すした事だそうだが、、片腕が海から流れ着き、それを拾ったのだとして、それなりに時間が掛かった筈なのである。
にも拘らず、その男が持ち寄った方が早かったのだ。
そう、先に「討伐した」と報告したのは、その男だったのである。
俺がアイテムボックスから“人喰らい”を出す前日も、ギルドに寄っている。
報告することができるのに、何故、報告をしなかったのか?
はい、俺が悪いです。すみません。
アイテムボックスに1日か2日寝かせてた気がする。
そして、このエルフォルレ・・・いや、公国フロウランだが、色々ときな臭い状況にある。
エルフ至上主義を掲げる派閥が力を増しつつある現状、ギルドのトップにもその息が掛かる。
「先に討伐報告をした者がエルフ族。後から討伐報告をしたのがヒューマン族。
であるならば、長い時を生きるエルフ族の言にこそ信憑性がある。」
こんな事を言い出した上役のせいで、審議は大混乱。
結局、
「近日中に、討伐隊が出る事になった。
“人喰らい”を討伐したというのなら実力者なのだろう。
ならば討伐で2人を競わせてみればどうか?」
という結論(?)が出て、審議は保留になった。
で、今日。
その男から「討伐したのは嘘だった」という証言を得る。
その辺りの事は、討伐の帰り、質素な鎧に身を包んだ男が話してくれたので、だいたい知ってたりする。
で、ノルタークに戻り次第、真実を話すと約束してくれたのだ。
まぁ、それまでの経緯を知らなかった俺からすると、いきなり罪の告白から始まり、涙ながらに謝罪され、戸惑う他無く。
怒りも沸かなければ、追及したり、それ以上の謝罪をさせたりするつもりも無かった。
だが、本人の証言があったところで、はい、報奨金をどうぞという訳にはいかないらしい。
審査委員会を開いてしまった以上、審議を終えて閉会するという手順を踏まなければ、先に進める事ができないのだ。
現状は、これから報告書を作成するところだそうで、報告書が上がるまでは保留は続くのだという。
で、審議の結果、討伐者として認定されたところで、ようやく報奨金が出るんだとか。
・・・・・・。
聞いただけで面倒くせぇ。
まぁいいや。
別に、報奨金が欲しくて倒した訳じゃないし。
今までも忘れてたんだ、とりあえず、報奨金の事は忘れておこう。
マリッサとアーディが何か言いたそうにしていたが、話がこじれるだけだ。
「そんな事より。」
もっと大事な話がある。
俺は、しっかり聞いてもらう為に、真面目な顔を作る。
空気が引き締まり、ギルマスだけじゃなく、連れの2人も耳を傾けたのが分かった。
「前に、万能薬を譲ったと思うのですが、末期の患者はどうなりました?」
俺の声が、震えた。
船上で罪の告白をした、あの質素な鎧の男の妹が、例の病気に蝕まれている。
それも末期。母親は同じ病気で既に亡くなったそうだ。
少しでも延命させる為に、金が欲しいと思っていた男は、海岸で偶然にも“人喰らい”の腕を拾った。
出来心で、嘘をついて討伐報酬を手に入れようとした男だが、冒険者には後ろ指をさされるし、罪悪感で胸が押し潰されそうだったそうだ。
「嘘でした」と告げるためにギルドに寄った男だが、受付を目の前に覚悟が鈍ったという。
気を紛らわせる為にウロウロとギルドを歩き回ったところ、そこに貼ってあった次回のオークションの商品に目が釘付けになる。
そして、「オークションに“すべての病気に効果のある薬”が3つ出品される」。
一部では話題になっており、例の病気にも効くという噂だ。
もしも討伐報酬が手に入ったら、妹を救えるかもしれない。
そう思い、討伐者として振舞う事に決めたそうだ。
本当の討伐者にバレたら、切り殺されるかもしれないが、それさえ覚悟の上。
妹の命を永らえる為に他に打つ手が無いとすれば、自分の何かを犠牲にする事など止むを得ない。
時が来れば、断罪を受け入れる準備はあった。
できる事なら、金を借りて一生掛かってでも返していきたいと考えていたようだ。
一週間前。末期の患者に万能薬が行き渡るように渡した筈だよな?
何故、あの男の妹に届いていないんだ?
すぐに死ぬような病気じゃないなんて言われたが、それでも末期なのだ。
いつ、どうなってもおかしくない。
それだけじゃない。
末期の患者にちゃんと届いてもいない万能薬が、何故オークションなんぞに出されているんだ?
俺は、何を考えているのか分からないギルマスの、その面を睨む。
報奨金なんぞよりも、そっちの方で、ギルドに対する不信感が燻っていた。




