マリッサと自警団、その人を語る
その人は不思議な人だった。
最初に見たのは、ガキ共に炒ったイナゴを振舞っていた時だ。
気の良さそうな、旅人なんだろうと思った。
イナゴを見てぶっ倒れた時は本当に驚いた。
俺の中では、気が弱く、見た目に寄らず虚弱な男だというイメージが付いていた。
次に会った時は、戦場だった。
例えでも何でもない、殺し合いの場所だ。
そこへ、何の気負いも無く侵入し、リーダーを救い、クィーンフォレビーを討った。
あれだけの事が、たったの一文に収まってしまうのだから不思議だ。
膝を付き、圧倒的な勝利を得たにも関わらず何故か憔悴していた彼は「気持ち悪かった」のだと言う。
あの強敵を相手取った感想が、である。
その面を見て、最近見た事あるような、と思ったが、まさかイナゴで気絶した彼だとは思いも付かなかった。
その後、討伐を喜び合う団員達を回り、回復アイテムを使用していた。
遠慮する者もいたが、帰りに何かあったら心配だからと言われると受けざるを得なかった。
ただ、数日もすれば治るような些細な傷にまで1瓶まるごと振りかけるので、少しだけ使って残りを他の傷に回した方が良いと言うと、何故か驚いた顔をしていた。
ちなみに、これまで回復薬に対する請求をされた、などという話は1つも上がっていない。
町に戻ると、ボーラが全快していた。
話を聞くと、死んだと思われたボーラに回復アイテムを投げつけた人がいたという。
普通なら死人に何をするんだ、と怒るところだが、それによって息を吹き返したボーラは、後遺症1つなく回復し、泣き付いたリジーに無事告白したという。
めでたし、めでたし。だ。
で、そのアイテムを投げつけた人物の目撃情報を集めてみると、出てくるのが“イナゴの人”。
つまりあの人だ。
そこから、伝令の男の案内で現場に駆けつけ、クィーンフォレビーを討ってくれたというのだから、相当足が速いのだろう。
伝令の男も、「何でもない顔で着いて来っから、途中、撒くつもりで走ってみたんだ。引き離すことはできんかった。」と言っていた。
何をしてるんだ、お前は。
あの人は、鍛冶屋の娘を手伝っていて、巣を掘り返したのも彼の仕業だという。
マリッサには荷が勝ちすぎると思ったんだが、マリッサも助けられたらしい。どおりで。
それを初めに聞いていれば、と思ったが、聞いたとしても「イナゴの人」と小馬鹿にした俺達では、辿る運命は変わらなかったろう。
現在、彼は宿に泊まっているという。
「で、どうなのよ。そのリフレとの関係は。」
近所の女たちが興味深げにマリッサに質問を投げかける。
イナゴの人の名前はリフレと言うらしい。
鍛冶屋の娘は、それはもう甲斐甲斐しく面倒を見ている、という噂なのだ。
鍛冶屋の娘のテーブルには、既に空けられた樽が転がっている。
「私も、彼には助けられたのよ。今はPTメンバーだわ。
実力は確かなのだけど、ちょっと危なっかしいところがあって、放っておけないのよ。」
ほう。ついに鍛冶屋の娘にも春が来たか。
周りが色めきたち、一部の男・・・主に父親が目を血走らせる。
マリッサがカップの酒を空けると、間髪を入れず次のカップが渡され、空いたカップに酒が注がれる。
「まぁ。放っておけない人を好きになるって気持ち、わかるわぁ。
何ていうか、駄目なところがまた可愛い、みたいな感じなのよね。」
うっとりと頬に手を当てる女に対する、マリッサの言葉はドライだった。
話は変わるが、あの娘の体のどこにあれだけの酒が入るんだ?
「好きとか嫌いとかじゃなくて、馬鹿すぎて放っておけないのよ。
どこかの放逐された金持ちの息子あたりじゃないかと思うけど、放っておいたら破産して死ぬわね。」
ああ、言われてみれば確かに思い当たる。
薬は怪我に応じて。1瓶を使い切るのはよっぽどだ。それをドバドバと。
しかも、かなりキツイ怪我をしてた奴まで全快したからな、相当良い回復薬なんだろう。
かぱかぱとカップを空けるマリッサは饒舌で、彼が如何に馬鹿で放っておけないのかを大いに語った。
曰く、虫刺されに高額なアイテムを使う。
曰く、荷物に空きがあるのにアイテムを回収しない。
曰く、物の価値がわかっていない。
曰く、常識さえわかっていない。
曰く、気持ち悪いという理由で解体ができない。
曰く、虫が駄目だから、守ってあげないといけない。
曰く、物の価値がわかっていないから、騙されそう。
曰く、表情で何を考えているかわかるから、交渉も有利にできない。
曰く。曰く。曰く・・・。
あ、これ惚れちゃってんじゃね?
そう思った奴は多かった筈だ。
知らぬは本人ばかりなりけり、かな。
さて、こちらでも盛り上がっている。
如何にクィーンフォレビー堅く、強かったか。
そしてどれほど恐ろしかったか。
割れた武器・防具を見せ合い、お互いの失敗を笑い合う。
こんな風に笑えるのも生きて帰って来れたからだ。
俺も、煙幕を何とかしようと進んでいったら、誰かとぶつかり、気が付いたら巣の前だった話をする。
「あの時ぶつかってきたの、お前かよ!無茶苦茶びびったんだからな!」
酔っ払いの笑い声と言うのはどうしてこんなにも大きく響くのだろう。
宿中に響いているはずだが、肝心の主役はいつになっても降りて来ない。
「・・・。それにしても、あの人は何者なんだろうな。」
何度目かになるが、全てはそこに帰結する。
クィーンフォレビーの恐ろしさを語れば、あの人の強さが。
生還を喜べばあの人の活躍が際立つ。
そう、俺たちの苦戦なんて背景に過ぎなかったのだ。
「主役を呼べぇ!飲み明かすぞぉ!!」
焦れた俺達がリフレという男の部屋に押し入るまでに、そう時間はかからなかった。
しかし、もぬけの殻だ。
そして、伝令の男が申し訳無さそうに言う。
「あの。さっき、マリッサが外へ連れてくの見たんだ。」
全く気付かなかったが、何人か気付いた者がいたらしい。
「それを早く言えぇえ!!」
全く持ってその通りだ。
そしてマリッサに問い詰めると。
「ここにリフレを呼んでも、ただの嫌がらせなのよ。」
そんな言葉で、全員が我に返った。
それぞれ、皿のつまみを、俺は手に持ったイナゴの串焼きを見る。
ああ。確かに。