商人達、困惑する
船を動かす人員は既に用意されていた為、俺達の中でも特に海に詳しい者以外は手持ち無沙汰であった。
与えられた部屋に篭ってみたり、大部屋を覗いてみたり、甲板に出たりしてみたが、腰を落ち着けられる場所は無かった。
大部屋でカードゲーム等に興じていた者達が、この後、大変な目に逢うのだが、ここでは割愛しておく。
訪ねたりもしたのだが、ドワーフ族の代表者は忙しそうであった為、商談をするなら今がチャンスでは?と作業部屋に向かった。
「俺は“漆黒遊魚”がいいと思う!」
・・・お前は何をやってるんだ?
ドワーフ族の集団に溶け込んでいる仲間がいた。
この黒い全身装備の名前を決めている?いや、そういう事では無くてだな・・。
抜け駆けだった。
俺より、かなり先まで商談を進めていた。
一応、どう転んでも良いように話が進んでいて、商会全体としてでも、個人としてでも、どちらでも取引ができるみたいだ。
いや、別にいいんだけどな・・・。
「貴方は?」
「え?」
「何か、良い案は無いのかしら?」
ドワーフ族の嬢ちゃんが、白墨で黒塗りの板を叩く。
黒塗りの板には、雑多な文字が並び、その横に数字を指す線が書かれている。
正の字を使ってくれると分かり易いんだが・・。
どうやら、既に提案されているものに票を入れるか、新しい名称を考えなければいけないようだ。
名称っつったら、シンプルなのが一番だよな。こう、見ただけで用途がわかるような。
それでいて、ちょっと親しみを感じる、そんなネーミングが良いだろう。
「・・・・・“水中でも動けるんだー”。」
その残念そうな目をやめろ。
そして、俺の提案した名称が書き込まれる。
こんな調子で、来訪者に名称を考えさせたり票を入れさせたりしているみたいだ。
最終日と書かれているので、これ自体はもっと前からやっていたのだろう。
「今のところ、クロキシとナイトが一歩リードね。」
「夜、という意味と、騎士を掛けてるんだぜ。」
“ナイト”を提案したらしい若いドワーフがアピールしている。
楽しそうだが、ここへの用事はもう無い。どうしようか。
「私、アーディを捕まえてくるわ。きっと食堂にいるはずなのよ。」
嬢ちゃんが部屋を出て行く。食堂というのは大部屋の事だろう。
別に、食事専用のスペースというわけではないのだが、椅子やテーブルが置いてある為、利用している者が多い。
つまり、そこで何かが起きれば、少なくない人が巻き込まれる可能性がある。
ある意味、事件と言える事故が起きていた訳だが、俺は事件の匂いを察して逃げた。
甲板。
装備を纏ったリフレが遠くを眺めていた。
いつかのグローブも含め、その全てが一級品に見える。
英雄とか、歴戦とか、そういう言葉がよく似合いそうである。
・・・その表情さえ何とかすれば、だ。
緩んでいるというか、油断しきっている。今なら、俺でも倒せそうなだらけっぷりだ。
眠そうだし、やる気が無さそうだし、そもそも何処を見ているのか分からないし。
あっ、地べたに座るんじゃない。
あーあ。高価な装備が・・・。いや、それくらいで磨り減るもんじゃないとは思うが、色々と台無しである。
船酔いですかって?
中には船に弱い奴もいるんだろうけど、大海原を駆ける商人だぜ?
しかも、この依頼を受けてるんだから、それなりに鍛えられている自負がある。
いい天気ですねじゃねーよ。確かにいい天気だけどよ。
兄ちゃん、よく舐められないか?
その装備が無ければ、そしてこの間の動きを見てなければ、とてもじゃないがあんな動きのできる人間には思えない。
当たり障りの無い世間話をしただけだが、なんかこう・・色々と心配になってくる御仁である。
俄かに船上が騒がしくなってきた。
船内で、船酔いにやられるものが相次いだらしく、大変な事になったみたいだ。
リフレも船酔いに弱い性質らしく、決して船内に入ろうとしなかったが、船の隅で吐かせておけばいいものを、危ないからと言って甲斐甲斐しく面倒を見る様子には困惑しきりであった。
「下を向いたら駄目だ。顔を上げて前を見ろ。」
素晴らしい事を言っているように聞こえるが、内容はただの船酔い対策だ。
遠くを見てリラックスしてると船酔いしにくいんだとさ。リフレはリラックスし過ぎだと思うけどな。
風に当たって体を冷やすのもいいんだとか。
水が欲しいと言えば水を与え、泣き言を言ってる奴がいれば励ましに行く。
おい、その者、お前の・・・“人喰らい”の賞金を狙ってる者だぞ。
いくら知らないとはいえ、こう雰囲気で分かるだろう?関わらない方がいいって!
俺の心の声も空しく、最終的には秘策らしい酔い止めの薬まで出して来た。
ふむ。あ、俺?いや、俺は酔ってなんか・・・ああ、うん。ありがとう。
匂い無し。色も無い。水みたいな薬だな。
[希釈万能薬:意図的に水で希釈された万能薬。軽い体調不良には十分な効果が見込める。]
「・・・・・?!」
思わず噴き出しそうになったのは無理もないだろう。
いや、桶はいらねぇ!吐きそうになった訳じゃねーよ。
おい、これどういう事だ?これは一体何なんだ?
「酔い止めの薬ですよ。そこそこ効果がある筈ですから、よかったら。」
そうじゃない。
だいたい、酔い止めの薬が樽で売ってるなんて聞いた事がないぞ。
「たくさんありますから、遠慮しないでどうぞ。」
だから、そうじゃない。




