商人達、海に出る
早朝。
ギルドの討伐隊に参加を表明したのは8名だった。
実際に希望者はもっといたのだが、流石に仕事を放っぽりだす訳にもいかなかったのだ。
ギルド前は、まだ通常営業の時間外であるにも関わらず、ものすごい人混みだ。
事前に受けておく事もできるのだが、キャンセルで文句を言われるのはだるい。
同じ考えの者は多く、こういう催しがあれば、当日に押し寄せるのは恒例と言える。
それでも、その内容から全員船に乗れるだろうと考えていただけに、その混雑には驚いた。
「だから、戦闘のみの参加は認めていない。雑用ができて、戦闘があっても無くても対応できる奴だけだ。
見学だぁ?したいなら自分で船を出せ!遊びじゃねーんだぞ!」
担当職員が声を荒げる。後から知ったが、あれはギルドマスターであったらしい。
内容が内容だから、冒険者が混乱するもの仕方がないが、「当日に聞けばいいか」って奴が多過ぎる。
そういう奴は「その日に予定が無かったら受ける」という消極的な理由で来ていたりして、説明をろくに読んでないんだ。
担当になってしまった者も大変だな、と哀れみの視線を送るしか無かった。
どうやら、中途半端な知名度がこの事態を招いているらしく、大道芸人のお遊び、お守り、護衛。それから“ショー”と勘違いしている者までいる始末だ。
もちろん、真面目に討伐に参加したい者もいるのだが、今回はそういう人員は募集していない。
現場は混乱し、納得して帰る者もいれば、雑用として仕事を受ける者もいたが、暴言・雑言の類を吐きたいが為に現場に残っている者もおり、邪魔でしか無かった。
「募集は終わりだ!どうしてもって奴は、現地で責任者に直接、話を付けるんだな!俺はもう知らん!」
これで、ただ文句を付けたいだけであった者達は去るか置いて行かれた。
現地に着いてきた者もいたが、
リフレには「募集の内容は読んでなかったんですか?あ、文字は読めます?内容はですね・・・」
嬢ちゃんには「今の説明を聞いても理解できないお頭の持ち主は要らないのよ。『役に立つ』の意味を調べて出直して来なさいな。」
ドワーフ達には「「「不合格 (だな)(じゃの)。」」」
とバッサリだった。
約一名、ものすごく天然なのがいる気がするが、気のせいだろう。
当然の事を確認してきた奴に、嫌味の1つでも衝けているんだろう。
「なので、雑用さえ厭わないんであれば、歓迎しますよ!」
だから、何故そんな熱心に説明をしてるんだ?
・・・あ、人員が1人増えた。
あいつ「自分が参戦できないなら行く価値が無い」とか言ってた奴じゃなかったっけ?
「へへ、まぁ見てろ。いざって時には俺の槍捌きを見せてやんよ。
雑用ってのもまぁ・・力仕事ならなんとかしてやらぁ。」
「お願いしますね。」
嫌味じゃなかったのかよ!
地味に仲間を増やして登録をしつつ、ギルドの職員から説明が入る。
だいたい、聞いていた通りだったが、
「今回、国境警備隊も同行する事になった。
船を動かす人員については確保されているので、特に移動などはない。」
ここでリフレが質問し、予定通りに動いて良いという言質を取っていた。
国境警備隊の同行は、本人も聞いておらず、予定外の事であるらしい。
「なるほど。では一緒に行く別のPTという扱いで良いんですね。」
間違っちゃいないが、それ「国境警備隊を仲間だとは思っていない」と宣言してるようなものだからな。
それはさておき、国境警備隊、か。あまり良い噂を聞かないんだよな。
元々、俺たちも国境警備隊の同行というのは予定に入っていなかったので、言質を得られて少し安心する。
一緒に行動するとなると、面倒臭そうだからな。
が、
「我々に同行するのだから、それなりの働きをする事を期待している。
また、ちゃんと使ってやるから指示をよく聞くんだな。邪魔にならぬよう、心がけよ。」
とか言ってる隊長格らしき男が言っているのを見て不安になる。
あれに付き合うとしたら、厄介だぞ。
さて、俺達の船の仲間に1人、周囲と空気の違う奴がいる。
俺の目から見て、装備はどちらかと言うと安っぽい。
良く言っても「使い込まれた」とか「年季の入った」防具と言えるが、そんなに大した防具ではない。
にも関わらず装備できていない。
その上、その者自身に貫禄が無いので、周囲から酷く浮いているのだ。
何しろ、周囲にいるのは全員「最低限の戦闘はできる」と自負し、ギルドにも認められている者ばかりなのだから。
一部の冒険者に嫌われているようなので、話を聞いてみた。
この者、ギルドの“人喰らい”腕の残骸を持ち込み、自分こそが討伐をしたと仄めかしているのだと言う。
そして、討伐を認めるには、命を奪ったという証明ができない部位である事。
損傷が激しく、・・具体的には小魚に食われたような跡や、消化中であったと思われる腐食などがあり、討伐後すぐに回収したとは考えにくい事。
つまり“賞金狙いの拾得者”でああると疑われた為、賞金の授与は保留となった。
今回、「それが事実であるならば証明せよ」とギルドに船に乗せられた、唯一の戦闘用人員である。
本当に戦闘ができるのかどうかは置いておいて、形式上は、だ。
そんな経緯があり、男が現れたときに現場にいた冒険者が話を広げ、「賞金の横取りを狙った不届き者」として爪弾きにされているようだ。
まぁ、討伐部位の損傷は仕方ない面もあるのだが、「小魚に食われてた」は無いだろう。
そりゃ睨まれもするわ。
で、男が討伐の報告をしてからしばらくして、・・数日後という噂もある。
リフレが討伐部位どころか、ほぼ丸ごと所持していた事が発覚した。
こっちが討伐したと考えた方が自然なのだが、報告が男より遅かった事でややこしい事態になっているらしい。
一部のエルフ族が「ヒューマン族ごときが討伐できる筈が無い、エルフ族の男に賞金を支給すべし」とか言い出し、揉めに揉めた・・というか、現在進行形で揉めているそうだ。
どうやら、ギルド側はこの件に関して、リフレには明かしていないようだ。
拗れるのを避けたかったのか、説明するのが面倒だったのか、それは知らない。
だが、“人喰い”の腕を持ち込んだという男は、噂に聞いたのか、それとも聞かされたのか、他の討伐部位を所有していたのが、今回の討伐隊リーダーのリフレだと知っているようだ。
男はかなり意識しているし、緊張もしているようだ。
対するリフレは・・全く気にしていないな。
相手にしていない、と言いたい所だが、事情も知らない訳だしな。
それにしても、頭に庭鳥も乗っていなければ、黒い装備も着けていない訳で、それだけでリフレという男が周囲に溶け込んでしまう。
威圧感とか、威厳とか、風格とか。そういうものを全く感じないのだ。
冒険者というよりは、通りすがりの町の人といった感じである。
おかげで一部の冒険者からは「こいつがリーダーで大丈夫か?」というような顔をしていたが・・・。
「スザクぅーーーー?!?!」
・・・・・本当に大丈夫か?




