商人達、討伐の噂を聞く
明日の休日を待ち遠しいと感じたのは、本当に久し振りであった。
面白い見世物の噂を聞いたのだ。海岸で、海の上を走る男達がいる、と。
その中に、派手な大道芸をする者がいて、そいつが主導で動いていると。
海の上を走る、という発想は面白い。
スキルに、水渡りなんてのがあるらしく、「水の上を走れるほど速い」という意味だが、実際にはそこまでの速度は出ない。
あくまでも「それくらい速い」という例えであって、そのスキルを覚えたからと言って、水の上を走れるようにはならないのだ。
仮に、そんな話があったとしても、吟遊詩人の戯言から生まれた、根も葉もない徒詩伝説である。
我々のうち数名はもう見学して来たというのだが、俺自身はまだこの目で見ていない。
午前中はあまり動きが無く、ドワーフ族達が“海の上を走る男”の為の道具をテストしたりしているのだそうだ。
それに、午後は露店が出ているらしいから、午後に行った方が面白いという話を聞いている。
大道芸人も、午後に行った方が見れる可能性が高いのだそうだ。
この町のドワーフとは知らない仲ではない。
何故、このような見世物に協力しているのか?非常に興味があった。
待ちに待った休み。
俺は、早速、噂の海岸へと出かけ、真剣に道具のテストをしているドワーフへと声を掛けた。
港が活気を失って深刻な影響を受けているのは、海を渡って来た商人だけではない。
海の向こうからの素材を頼っていたドワーフにも、材料の不足、ひいては商品の不足、資金の不足と、与えられた影響は計り知れない。
それでも何とかやっていけているのは、彼らが商売よりも「何かを作る」事が好きだから、多少の赤字など気にせずに貯金を切り崩していたからである。
それも、いつまで保つかといったところであった。
そして、そういった職人や、地元に定着している者、港を離れられない俺達みたいな船待ちの者以外は、既にこの町から撤退していた。
俺達だって、積荷の残りを売り、一部の仲間は普段の品とは違う、単なる日用品の行商みたいな事をやって凌いでいる。
積荷の残りだって、売れ行きは良くない。外国の珍しい調味料なんて物は嗜好品なのだ。
売れ行きが悪いからと言って、この町の人を責めるつもりはない。
みんな、自分の事で精一杯なのである。
緩やかな終わり。それを誰もが頭の隅で意識しているような状況であった。
この陰鬱とした閉塞感から抜け出す為の息抜きとしてやっているにしては真面目で、仕事としてやっているにしては楽しそうな彼らの様子に、声を掛けるのを躊躇した。
こんなに表情の彼らを見るのは、本当に久し振りであったからだ。
だが、俺が声を掛けると、本当に嬉しそうに「今やっている仕事」について語り出した。
なんと、成功報酬ではあるが、かなりの間放置されている、海中渓谷の討伐依頼を受ける男が現れたのだという。
まさか、その大道芸人か?と聞くと、そのまさかであった。
大道芸人が討伐?冗談だろう?と思ったが、彼らのあまりに真剣な様子に言葉を失う。
その者は本当に大道芸人なのか?詐欺師じゃないのか?
怪しい奴であったなら、ちょっと懲らしめてやらないといけないな。
そうして待ち構えていたところ、現れたのは滅茶苦茶怪しい男であった。
何しろ、頭にデカイ庭鳥が鎮座している。
あのリフレ、詐欺を働いて故郷を追い出されたんじゃなかろうな?
そして、後を追うように現れた奴らが露店を開く。
ぞろぞろと、見物客が集まりだす。
どうにも盛況じゃねーか。これ、乗っておくべきだろう?!
そう思ったが、ここでの活動は短期なんだそうで、庭鳥・・じゃない、ドワーフの女に「新たに店を出して混乱させないように」と釘を刺されてしまった。
あの若い女が取り仕切っているのか。だが、口を出すだけだな。
一応、仲間として認められちゃいるみたいだが、どうして・・と思ったが、頭の上に庭鳥を乗せている事で思い当たる。
案の定、あの大道芸人の仲間なのだそうだ。
利益を身内に留めているのか?いよいよ持って怪しい。
準備を終えたという事で、見物人の視線がその者に集中する。
今日は、新しい装備の初お披露目とやらで、全身に黒くて薄い装備を着けている。
なんだろう。あんな格好、普通ならしたくない。したくない筈なのだが・・胸が躍る?
おかしい。この胸に去来する気持ちがよく分からない。
大道芸人はドワーフ族よりもキレのある動きで海を翔け、跳ね、巨大な剣を振るった。
あんな飾りみたいな剣、実用性はあるのか?と思ったが、海の大きな生き物を相手するのには、あれくらいの武器が無ければ説得力が無いのであろう。
最初は「意外とやるな」とぼんやり見ていたが、気付く。
当たり前のように振られている剣。ありゃ、かなりの業物じゃねーか?
単なる飾りでは無い事だけは確かだ。腰を浮かせたが、この距離で立ち上がろうとも見えるものはそう変わらない。
俺が気付いた事に、ドワーフ族の男が気付く。
「・・・気付いたみたいだな。」
「・・ああ。使いこなしている、ように見えるな。」
装備というやつは、ただ持っているだけではその効力を発揮できない。
確かに、持つ攻撃力に応じた切れ味などを持ってはいるものの、振るう者のレベル次第では振り回されるだけだ。装備もできない。
装備品の格に応じたレベルが必要なのだ。
「あの者・・どれほどのレベルだろうな?」
「・・・・・。」
この男の反応、あの者のレベルを知っているな?
俺達商人もだが、職人も鑑定ができる。鑑定とは、色んなものの詳細を読み解く力だ。
スキルとは異なる。また、鑑定の結果は、その人物の経験などを元にしているののか、人によって異なる。
ドワーフは、装備品について特に詳しい種族と聞く。
何か防具でも借りて鑑定させてもらったのか?
「ここに、リフレのグローブがある。」
「ほう、あの者の・・・・。って、おい?!」
装備品ってのは、装備中の物を外しても他人のアイテムボックスには入らない。
が、逆を言えば、装備から外してしまえば、他人でもアイテムボックスに入れることができるという事だ。
そういえば、今、奴は別の装備を装着して海上にいる訳で・・・。
「ガメたのか?」
「馬鹿言え!そんな事をする訳が無いだろう!
こっちだって成功報酬なんだ、それまで役得があってもいいじゃないか!」
じっくり眺める為に借りているらしい。
っつっても、美術品的な意味じゃない。自分の技術向上の為であったりする。
おそらく、こいつもそれなりの物だ。
何故これを渡した?持ち去られたら・・とか考えないのか?無用心にも程があるだろう?
商人の視点ではそうなるが、職人には通じない。まぁ、それは分かる。
職人は、商人をある程度信用しないと食っていけないからな。
また、武器・防具に頼る者も、職人を信用できなければ修理も頼めない。
だが、詐欺師ならば、貴重品を他人に預けたりはすまいよ。
ならば、これを以って真を量るべし、か。
[クェイラグローブ(+9):適正レベル250。シンプルな外見に似合わず、驚くべき防御力と優れた魔力伝導性を持つグローブ。]
「250ぅう?!」
「あん?250?」
この辺の住人にとっては、レベル100さえ伝説級なのだったな。
なので、こんな装備を鑑定しても「100以上」とか適当な鑑定結果しか出ないのだろう。
それにしても、ヒューマン族で250とは。我々鬼族でも200超えは珍しいというのに、どうやってそこまでレベルを上げる事ができたのか。興味は尽きない。
そして、250装備。
確かに、我々の国には存在するが、鍛冶屋の技術向上の結果、生まれてくる代物であって、それを装備できる者など殆どいないと言っていい。
それでも、絶対にいない、とは言い切れないわけだが、その金額は如何程か。
しかも(+9)なんて、高度な技術を持った鍛冶師が、折角造った装備を溝に捨てるつもりで鍛えたとしか思えない。
1つ買うにも、デカイ商会が傾く、もしくは潰れるぐらいの金が動いていても不思議ではない。
一言で言えば、異常だ。
で、そのような装備を全部、ドワーフの職人達に預けてあるのだそうだ。
心を開いている、と演技をする為にしても、リスクが高過ぎる。
詐欺という訳では無さそうだな、と安心しつつ、俺は屋台で購入した鶏肉に噛り付いた。
おっ、何だこれ。美味っ。




