祭りの夕べ
部屋に戻り、メモ帳の機能を呼び出す。
全く使ってなかったけど、システム的にはあったはずだ。
集中、集中。あ、出た。
とにかく無いと不便だと思った物を書き出していく。
・服
・石鹸類
・剃刀
・タオル
あとは・・・。これから必要になりそうなものを考えよう。
まだ切り替えができていないけど、これがゲームだと考えちゃ駄目だ。現実。つまり生活だ。外出もする。
町だけでは済まないだろう。アウトドア。サバイバル。連想する様々なシチュエーションに備えなければならない。
準備をしていたって、後から不測の事態は起こるものだ。それをどれだけ少なく済ませられるか。
自分の想像力にかかってる。・・・これに関しては自信が無いな。
・ペン・メモ帳
・水・食料
・桶
・防寒具
・ナイフ
・火をおこすもの
・調理道具
・調味料
・材料
・テント・寝具
・・・・・。こんなもんか。
メモ帳の機能を出したり消したりしながら、確かめる。
うん、文字が勝手に消えてたりしないな。
ちなみに、機能ではなく物理的にメモ帳が欲しいのは、このメモ帳、廃れる程度には不便だからだ。
文字数の制限があり、ウインドウが小さく、メモ帳とあるのに、1ページしか保存できないという仕様なのだ。
だったらリアルメモかパソコン付属のメモ機能を使うよと思ってしまうのは、仕方の無い話なのではないだろうか。
「んっ?」
そこにある“紙”を手に取る。“地図”だ。
そこで気付く。
これ、サーバー超えちゃう上に、キャラ間の荷物の受け渡し、楽過ぎるんじゃね?と。
・・・・・。
しばらくして1階に行くと、むせ返るほどの人口密度になっていた。
昼から飲んでるオッサンが当たり前のようにいつもの席に座っている。
向かいにはマリッサの爺さん。
あとは、クィーンフォレビー討伐の時に見たような面子と、その仲間達っぽい。
教会のお姉さんもいるし、よくわからない家族連れもいる。
思わず部屋に取って返そうとした時、マリッサに見つかった。
ちょいちょいと手招きされ、突っ立ってたらそのまま手を引かれた。
向かう先には・・・ドア?あ、出るの?
なんか、俺に気付いた面々が話しかけようとしてたけど、ちょっと暑苦し過ぎるので、そのまま外に連れ出される事にした。
宿の外にも椅子とテーブルが並び、明かりが点って明るくなっていた。
甘い良い香りがする。あ、さっそく蝋燭にしたのか。仕事、早くね?
広場に出ると、俺が斬り残した翅が、紐で板の上の方から吊り下げる感じで括りつけられていた。
板にはいくつかナイフが刺さっており、的当てでもやっているみたいだ。
興味深そうにナイフで突っついている若者や、羽を叩く子供達がいる。
その周辺には嫌な思い出のある釜が並んでいる。
そこにもたくさんの人が群がっていて、わいわいと楽しそうにしている。
楽しそうだな、と思って足を止めようとすると、無言で引っ張られた。
広場を通り過ぎると、何故か教会に連れて行かれた。
人の気配が、まるでない。
「・・・・・。」
どうしてこんなところに連れ出されたのか?
もしや、これがフラグというやつなんだろうか。
だとしたら何フラグというやつなんだろう。
そう思ってマリッサを窺い見るが、その表情は芳しくない。
何か、言いにくい事を言い出そうとしているみたいだ。
「・・・あ、昼は放置してすんませんでした。」
とりあえず謝ってみる。
「なによ、いきなり。」
いや、こういう呼び出しって、ボコられるか告られるかの2択なんじゃないかと思うんだけど、告られるには好感度がまだ足りてないかなって・・・。
とすればボコ回避の為の全力ですよ!
「表情が何かを一生懸命語ってるけど、何を言ってるのかさっぱりわからないわ。」
マジか。そんなに語っちゃってる?
俺の表情筋、やべぇな。
「どうしてここに連れられて来たんですかね、僕は。」
思い当たる節は・・・あるな。
身元不明だし。自分が何者かと問われても、答える術が無い。
ちょっと軽く色々やらかした気はするし。
「その喋り方をやめなさいよ。なんか気持ち悪いのよ。」
怒られた。
しかも気持ち悪いとか言われた。
切り口を変えてみよう。
「俺をどうするつもりだ?!」
「あんたをどうこうできる人なんてそういないわよ!」
・・・・・・・。
俺を何だと思ってるんだ。
沈黙。外の賑わいから切り離されたように、教会の中は静かである。
清潔な境界の青白い壁が神秘的で、薄暗ささえ趣に感じるのだから不思議だ。
派手すぎない優しいステンドグラスが月明かりを室内に招き入れる。
「昼間の作業は終えた?
えーっと、お爺さんのお酒はなんとかなりそう?」
たしか、蜂蜜はその材料だって言ってたな。
一度、飲んでみたい気もするが、この記憶が薄まってきたら聞いてみるとしよう。
「充分よ。あなたの分の樽もあるから、明日は残りの作業をやるわよ。
作業分の報酬はもらってあるんだから、遠慮はしないこと。いい?」
「お、おう。」
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
なんぞ、これ。
話題が続かない。
気まずい。
どうして俺はここに呼ばれたんだ?何故か言い難そうにしてたけど・・。
振れそうな話題はないし、静か過ぎるし、こうして2人っきりで突っ立ってたってなぁ。
ん?これって、もしかして良い雰囲気というやつなのか?
「あの、なんでここに連れて来たんだ?」
改めて聞いてみる。
マリッサの目をしっかり見ると、マリッサも真剣な表情で見返してきた。
・・・マリッサは少女に見えるが、立派な女性だ。
公式設定では24歳。俺はオッサンだけど、大剣キャラは28歳。
恋しちゃってもいい年齢なのかもしれない。
俺は・・俺の気持ちは・・・・・。
「あなた、虫苦手よね?」
・・・うん?
なんか思ってたのと違うぞ。
「そうだな、基本的には苦手だな。」
もうクィーンフォレビーの記憶に容量を取られて、俺の脳味噌から他の昆虫が消えてしまいそうな気がしたけど、今、ここに他の昆虫を持ってこられたら、やはり俺は悲鳴を上げるだろう。
「そうなると、気の毒だけど、今日のお祭りでは食べるものが無いのよ。」
えっ。
「気の毒だけど、今日のお祭りでは食べるものが無いの。」
大事な事なので2度言いました、ってか。
俺の顔に出てる疑問符を読むの、やめてもらえませんかね!
「ここにいれば、無理矢理引っ張り出されて食べさせられる事は無いと思うわ。
ただ、教会だからお酒を飲めないのが難点だけど。あ、宿の食事はここに持ってくるわね。
今回の功労者に対して心苦しいのだけど、酔っ払いだけはどうしようもないから。
イナゴを口に突っ込まれたくなかったら、ここに隠れている事ね。」
マリッサは、愕然とする俺を置いて、宿へと戻って行った。